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武田君のモテモテ物語  作者: さらさら
一.野木久美
17/23

野木久美①・16

 ……。明らかに、昴はおかしかった。

 幼稚園の頃から一緒の仲だからではない。高校生になってから、ずっと昴を見続けてきたからこそ分かる事だ。

 最近の昴は間違いなくおかしい。一般的に見て異常という訳ではない。ただ、私の中の『昴』と今の昴が一致しないという一点において、最近の昴はおかしいのだ。

 例えばそう、四日前の立てこもりの時もおかしかった。これまで、私が病欠した時以外に、昴が私の家を訪ねて来た事は一度もなかった。それが珍しく尋ねてきたというだけでも十分おかしいと言うのに、あの鈍い昴が家の中の異常に気がついて、あの非行動的な昴が強引に中へと入って侵入者と戦いを繰り広げるまでした。こんな不思議な事があるだろうか。最近の昴はそういう点で、妙に重郎に似ている。

 何が、昴を変えたのだろう。部活だろうか。だけれど、それだけでは昴が鋭くなった理由を説明出来ない。昴が勇敢になった理由を物語るにも、あまりに薄弱としている。そもそも、部活動が始まってどれだけ経ったというのか。

 ただ、少なくとも、昴が変わったという事は間違いない。重郎にしか打ち明けていなかった事を、打ち明けるに足るようになったという事だ。

 そして、私が感じた昴への違和感が真か偽か、今日分かる。その為にこうやって小芝居を打つのは、私の好む所だ。嫌悪する人も居るが、全てが嘘だと告げる時の快感は極上で、他にはない。昴が、私の思うとおりに、お父さんに話がしたいと言ってくれればそれで良かった。

「一リットルしかないから、コップ一杯で我慢してね」

「うん、十分だよ」

 関係のないジュースの話をしながら、私の家への道を歩く。幼馴染だけあって、私と昴との間に、会話が途切れる事はない。他愛もない話。部活の話。テストの話。話題は余るほどある。

 その内に、マンションへと着いた。エレベータで五階まで上がって、二つも取り付けられた鍵穴に鍵を挿し入れ、両方とも捻って開け、扉を引く。

「ささ、どぞどぞー」

「あ、うん」

 相槌だけ打って、昴は扉をくぐった。私もそれに続いて、扉を閉めながら中へと入る。今度は私が前に立って、客室までを先導していく。

「…………」

 昴は廊下の壁を見ながら、何も言わないでいた。見なくても、昴の緊張が分かる。それもそうだ。私の両親は、正真正銘そういう道の人なのだから。

 客室の扉を開くと、中からお父さんがいらっしゃい、と昴を出迎えた。私がまた扉を押さえて昴を中へと入らせて、今度は私が入らずに扉を閉める。

「あ……」

 昴の声が聞こえた。多分昴は今、お父さんと昴を会わせる為に、私が仕組んだのだと思っているのだろう。その答えは、ずいぶんと惜しいが、残念ながら外れである。私が仕組んだのは、もっと大掛かりな事なのだ。

 扉に耳をくっ付けて、中の声を聞く。

『……昴くん、だったね。重ねてになるけど、先日は本当にありがとう』

『いえ……。その、それよりも、僕からもう一つ話があるんです』

 来た、来た。昴はどうやら、私が想像したとおりに、変わってくれていたらしい。これで、やっと、言えなかった事を言える。

『ほう。それは、何だい?』

『久美の……。あなたが銃を使ったら、久美の命が取られる、という話です』

『……どこで、そんな話を?』

 お父さんは、即座に否定はしなかった。それで良い。事前にお父さんにこの事を話していないから、もしかするとすぐに終わってしまうかもしれないと思っていたが、こうして少しでも湾曲して進んだ方が面白い。

『久美本人から聞きました』

『……あの子も、困った子だな。まさか友人に、言ってしまうなんて』

 ちょっとだけ驚いた。真面目なお父さんが、私の小さな企みに気付いてか、昴に話を合わせている。珍しい。とても珍しい。

『……単刀直入に言います。久美を解放するように、談判して貰えないでしょうか』

『…………。君の言いたい事はよく分かるよ。だが、私にはそれを覆すほどの力はない。そもそも、私から始まった話なのだからね』

 ……妙だ。お父さんが、まるで私の作り話を知っているかのような口ぶりをしている。昴に話を合わせるだけなら、「私から始まった話」なんて言葉は、出ない筈だ。

 おかしい。何か悪い兆しを感じる。

『だけど、このままじゃ久美が、あまりにも可哀想です!』

『……残念だけど、私には何も出来ないよ。君が想像しているよりずっと、こういう組織の縛りは厳しいんだ。たとえ私が上と直談判出来たとしても、久美を死の呪縛から解放する事は無理なんだ』

「ま、待って、お父さん!」

 私は思わず、扉を開けて中へ飛び入った。お父さんの話が、あまりにも具体性を帯びすぎている。昴とお父さんが二人で私を騙していて、二人に笑われるのも覚悟の上で……いや。二人に笑われるのは、まだマシな結果だ。

「……久美。どうしたんだい?」

「冗談がキツ過ぎだよ! スバが……本当に信じちゃう!」

「何を言っているんだい、久美。自分で話したんだろう?」

「だ、だから、それは……」

 二人とも、笑うような、そんな空気ではなかった。むしろお父さんは、その厳正な空気を壊した私を、責めるような目で私を見ている。

「……え、ええと……。嘘、なんでしょうか?」

 昴は困惑して、お父さんにその真偽を訊ねた。こんな展開は、想像だにしていなかった。これは、何だ?

 そして、お父さんは、静かに首を振った。もう、明かしても良いのに。その首は、横に振れていた。

「久美は、死の縛りに遭っている。これは、本当の事だよ」

「や、やだ何!?」

 自分でも、混乱しているのがよく分かった。私がそういう境遇にあるというのは、全て昴への嘘なのだ。冗談なのだ。それがどうして、お父さんに知られ、まるで当然の事のように話が進んでいるのか。

 おかしい。異変は、確実に起こっている。

「……すまないけれど、久美には辛い話なんだ。これ以上は、話させないでくれ」

「違う、違う、そうじゃない……そうじゃないよ、お父さん!」

 止めるなら、嘘だと告げれば良いじゃないか。どうして、そうしないのか。これではまるで……。

 それが事実のようではないか。

「わ、分かりました……。ええと、久美と少しだけ、外に出ても良いですか?」

「ああ、構わないよ。慰めてやってくれ」

「あ、あああ……ああ……」

 頭が真っ白になった私が次に感じたのは、私の腕を掴む昴の細い指の温かさだった。

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