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武田君のモテモテ物語  作者: さらさら
一.野木久美
14/23

野木久美①・13

「……ヤクザ者が家に乱入、娘を人質に取っておいて何の要求もせず。しかも、その娘の父親は地域の組の幹部で、ヤクザ者はそれを知らなかった。……奇怪な話ね。辻褄が合わなすぎる」

 僕の部屋のベッドに座り心地悪そうに腰掛けて、誼絵さんは言った。本当なら前に訪ねた誼絵さんの部屋で話すのが一番だったのだが、今日は何かと都合が悪いらしく、仕方なく少しだけ掃除をした僕の部屋に招待したのだった。寝室としても利用しているから、臭ったりしなければ良いなと思う。

「まず、この辺を仕切っている組の幹部の家だと言う事ぐらい、調べずとも分かるはず。それから、家に立てこもった目的も不明。謎だらけ」

「八方上手く収まったんだし、良いんじゃない?」

「……とてつもない能天気ね」

 幼い少女を、ただ一人だけ部屋に上げるに当たって、まず両親からかなり白い目で見られた。自分でも、かなりよろしくない事をしているように見えるのは、よく分かる。だが、目の前に居る少女の声は、幼いそれとは全く似通ってはいないのだ。多分、精神的な年齢も、比べれば僕よりも誼絵さんの方が数倍高いだろう。

 そんな非日常ながら平和な会話に、僕は全ての決着がついたような感触を得てホッとする。だがその様子を見て、誼絵さんは溜め息を吐いて言った。

「あえて言わなくても良いのだけど……。本当に、何の疑問も感じないの?」

「えー。うん」

「……人質に取られたその子が、何故自殺したのか。あなたには、見当がつく?」

 ……ああ、そう言えば、それは今もって謎だ。人質になった状態から、何をどうすれば自殺と言う事態に陥るのだろう。

「色々あったんじゃない?」

「……短慮ね。私も、簡単に虐待だと決め付けたのだから、言えないけれど」

 予想が外れたのは久しぶりだと、誼絵さんは笑って見せた。実は、今日の今日……日曜日に至るまで、誼絵さんの話は六割ぐらいしか信じていなかったのだが、今日様々な事を試してみて、信じざるを得なくなった。

 まず、高校数学は理解しているだけでなく、解くのも非常に早かった。僕がまだ存在しか知らないような微分積分なども、すらすらと解いていく。英語も上手い。そして、カードゲームも恐ろしく強かった。今日初めて知ったはずのルールを、巧みに利用してきたのだ。お陰で僕は、相当自信を失った。

「はぁ……凄く疲れたのに、明日から授業と思うと心が萎むなぁ……」

「一時間目は眠れるんでしょう?」

「あー……まぁね」

 あの授業をまた受けるのか。化学の先生の顔を思い出して、ちょっとだけ憂鬱になった。

「あ、そう言えば。飲む?」

 手提げのかばんから、赤いプリントが特徴的なルーラ・コーラ・ジュースを取り出して、誼絵さんに手渡した。少しぬるくなってしまったが、まぁ飲めなくはないだろう。

 だが、誼絵さんはコーラに手をつけることなく、床においた。

「ごめんなさい、コーラは苦手」

「そっか。美味しいんだけどなぁ」

 僕は缶を捕まえてプルタブを引き、口を一杯にコーラで満たした。




 月曜日、最初の昼食は、学食で思ったほどの苦難もなく手に入れたカツサンドを持って、一組へと走った。金曜日に会った以来、電話やメールで連絡し合ったりはしたものの、直接会っては居なかった。今日は、久しぶりに久美に会える日なのだった。

 同時に、誼絵さんが感じた違和感、そして僕があの時に感じた、今では何なのかよく分からない違和感が、心にずっと引っ掛かってもいた。つまり、他に何か自殺する理由があったとしたなら……。今日は朝から、そんな悪夢を見た。

 とは言え、そんな事は万に一つもあり得ないと分かってもいた。今日の朝も、電話まで掛けて来たのだ。

「久美ー?」

 名前を呼びながら、一組の部屋中を見回す。かなり恥ずかしい行為だとは分かっていたが、早く久美の顔が見たい僕にとっては、些細な事だった。

「ありゃ。スバちゃんじゃん。何々、どうしたの?」

 前と同じように、先に春花さんに話し掛けられた。フラッシュバックしかかる嫌なイメージを頭から振り払って、久美の居場所を尋ねる。

「さっき、スバスバと重郎に会いに行くんだーとか言って、七組に行ったよ?」

「すれ違っちゃったのかぁ……。ありがと、七組戻るね」

「きひひ、恋患いですなぁ。うっし、面白そうだし、あたしも行く行くぅ♪」

 うるさいお供が出来てしまった。でもとりあえず、今日は学校に来ているらしい。まずはとりあえず、安心した。

 階段でも廊下でも所構わず、恋患いですなぁ、青春ですなぁ、と繰り返す春花さんを何とか落ち着かせながら、七組へと向かった。今日見た悪夢のせいでいくらか寝不足だったが、進む足は勢いがある。

 あと少しで七組の教室、という最後の曲がり角で、今度は優さんに出会った。

「……科学的に、何か一人だけハブられそうな流れを感じたわ。私も誘いなさい」

「超能力者? テレパシー持ち? 優ちゃん凄いなぁー」

「科学の力よ、いえす!」

 まだ盗聴器疑惑は解けていないが、久美救出の陰の立役者である。心の中で、深くお辞儀をしておいた。

(……でも、優さんも、やっぱり変人だよね)

 冷静なのか、一匹狼なのか、お茶目なのか、さっぱり分からない。色々混在しているという感じがする。ただ、総合して、余裕があって有事には頼りにはなりそうだ。平時に頼りにするには頼りないけれど。敵に回したくはないが、味方に置くのも怖いような、そんな感じである。

 教室の扉を開ける。中に人は少ない。だがしかし、僕の求める姿は、その中にあった。

「……ほほふ、ふははん。ほほひひふほはほほほっは」

「おおう、スバちゃん。どこに居るのかと思った。と言っている」

 口いっぱいにご飯を詰め込んだ久美が、生き生きと笑いながら、七組五班の皆に囲まれていた。通訳には、明菜さんが起用されている。

「ひんはいひはんはよ?」

「心配したんだよ? と言っている」

「ははふひひひははっ……げふ、がふ。……ひははっははは」

「七組に居なかっ……げふがふ。居なかったから。と言っている」

 そう言うムードなら抱きしめるまではしようと思っていたが、全くそう言う感じではなかった。と言うか、明菜さんの翻訳能力が素直に凄い。

 これで良い。こうして、日常に溶け込めるのなら、これが一番良いのだ。なかった事になった自殺の原因など、もう良いではないか。

「……早く食べないと、お昼休憩が終わってしまいますよ?」

 多香子さんに急かされて、僕はカツサンドの封を勢い良く開けた。

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