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武田君のモテモテ物語  作者: さらさら
一.野木久美
11/23

野木久美①・10

 はぁっ、と溜め息が聞こえた。

「見た目中々丁寧な設計図だったから、何かあるかと思ったんだけど……無かったわね。とんだガ設計図よ。この装置、後で同じ山に埋めておく事にするわ」

 閉じていた目を開く。眩しい光が、まだいまいちはっきりとしてこない脳に刺激を与えた。

 僕は、化学実験室に居る。皆も居る。見覚えのあるダンボールの装置が、目の前にある。

「今年分の予算使い切ったのに……腹立たしいわ」

 優さんが、怒りをあらわにしながら苦々しく言い捨てる。不思議とこれは、見た事がある光景だ。

「ねぇ、今日って何曜日だっけ?」

「あ? ……おい部長さんよぉ、この装置なんかヤバかったんじゃねぇか?」

「……こんな事もあるわよ、ええ。今日は金曜日よ」

「……金曜日かぁ」

 明らかに何かが、間違っている。間違っているが、何が間違っているのか分からない。

 記憶はかなりまだらで怪しかったが、徐々に明らかになるに連れ、久美が死んでしまった事だけは思い出した。涙が、また何粒も溢れ出てきた。止めようという気も起きない。

「……優嬢。こう言う場合の損害賠償がいくらになるか、知っているか」

「ど、同意の上だもの、私に責任はないわ、ええ」

 久美が、死んだ。それは確か、月曜日の事だ。それなのに、今は金曜日だと言う。そもそも、僕は家で寝たのではなかったか? 僕は、三日間の記憶をなくしてしまったのか? だが今目の前に繰り広げられているのは、一つ前の金曜日の情景のような気がする。

 そうして、朦朧とした記憶の中で、一番最後に聞いた言葉を思い出した。

「……誰か、朋絵さんの家、知らない?」

 まずはその言葉通りにしよう。少なくともその言葉は、今の状況を的確に表している。何もかもの答えは、そこで得られるに違いない。僕は涙を拭った。




 朋絵さんの家の場所は、明菜さんが知っていた。学校から十分ほど歩き、中々に大きな一軒家に辿り着く。表札には、津田、と書かれていて、朋絵さんの家である事をこの上なく示していた。

 ためらわずに、呼び鈴を鳴らす。しばらくして扉が開き、朋絵さんが出て来た。

「どうしたんです? 何か、連絡事項ですか?」

「誼絵ちゃんに会いたいんだ」

「はい? ……よく分からないですけど、ちょっと待ってて下さい」

 朋絵さんは不思議そうな顔をしつつも、何も言わず呼びにいってくれた。

 しばらくして、誼絵ちゃんが一人で出て来た。

「はい、私に何かご用ですか?」

「え……と」

 いつもの通りの誼絵さんに、言葉が詰まってしまう。もしかしたら、僕が聞いたあの最後の言葉こそ、ただの夢だったのではないだろうかという疑いに駆られる。

「不思議な事があったら、会いに来いって誼絵ちゃんに言われたから」

 現実を、得た現実をただそのまま伝える事しか出来なかった。だが僕はそれでも、言葉が返ってくるのを待った。

 誼絵ちゃんは最初きょとんとしていたが、段々と表情が硬くなり、やがて僕に、中に入るように言った。言われるがまま、僕は家の中に入り、誼絵ちゃんの先導に従って奥の誼絵ちゃんの部屋へと入った。

「ありのままに、話して下さい。何があったのか。今どんな状況なのか」

 どこから話すべきか迷ったが、僕は入学の時から今に至るまでの記憶を、覚えているだけ全部、つぶさに語った。久美のこと。重郎のこと。シャウト校長のこと。自然科学部のこと。変な装置のこと。カラオケのこと。久美の自殺のこと。誼絵ちゃんが深夜に僕の家に来たこと。そして今、不思議な事に曜日が戻ってしまっていること。全て話した。三十分ほどの間、誼絵ちゃんは顔色一つ変えずにそれを聞いていた。

「……そう。友人を亡くしたのね」

 誼絵ちゃんの口調と雰囲気は、記憶の最後にある誼絵ちゃんのそれと、全く同じだった。明らかに、子供のそれではない。

 全て聞き終わった後、誼絵ちゃんは大きく溜め息を吐いた。

「状況は分かったわ。原因も明らか。聞く?」

「え……うん」

「その装置、いわゆる禁忌の技術によるもの。具体的な原理はともかく、世界の時間軸がループしている」

「ループ?」

「そう。よく漫画とかアニメであるじゃない。ある時間からある時間までを、永遠に繰り返す」

 一笑に付す事は出来なかった。今経験しているのは、確かにそういう現象だ。

「その装置、まだ学校にあるなら、ループは改善出来るかも知れない」

「……ゴメン、全然分かんないや」

「縦線を一本想像してみて。それが時間軸。人や生物、物質はそこにあって、時間軸が手前に引かれ続ける限り未来方向へと進んでいく。ここまでは良い?」

「……まぁ」

 分かったような分からなかったような……誼絵ちゃんの年齢も相まって、質の悪いアニメの設定にしか聞こえない。だが、妙な説得力もある。

「今私達は、その装置によって生み出された、別の縦軸、二つ目の縦軸に居るのよ。この二つ目の縦軸が不完全だから、ループする」

「うん……うん」

 言っている事は分かるが、それが実際に起こっていると言われると途端に分からなくなる。起こる筈がない、と思ってしまう。だが確かに、この金曜日を経験するのは二度目なのだ。

「……やっぱり納得は行かないけど、一応分かった事にする」

「仕方ないわ。実際、絵空事のようだから」

 誼絵ちゃんは、上品に笑った。決して、子供らしくはない。

「とにかく、その装置を何とかするのが最優先」

「何とかなるの? そんな、無茶苦茶な装置……」

「私ならね。……私は、特別な人だから」

「え?」

 少し言いよどんだのが気になって、僕はその意味を訊ねた。

「……一分が七分に感ぜられる。一日が、一週間に感ぜられる。この十三年間で、私は九十一年分の知識を得た」

「ええと。え?」

「パソコンで言えば、七倍の速度を持つCPUが搭載されているのよ。メモリは据え置きだけれど」

 頭の回転が良いとは聞いていたが、七倍ともなると相当である。今あるパソコンのCPUが七倍働くようになれば、素晴らしいソフトウェアが増えてくるに違いない。

「証拠は?」

「私は世界のあり方を知っている。それは、ループする前にあなたに忠告した、という所で証明されている。私にはその記憶、ないのだけれど」

「……確かに」

 普通の中学生が……いや、普通の人であっても、世界がどのように存在しているかなど、知る由もない筈だ。それが正しいかどうかは分からないが、少なくともループしている事に気付いていたらしいのは、誼絵ちゃんしか居ない。何らか、特殊なのだ。

「でもどうして、そんな事が?」

「それは分からない。私も、知りたくて仕方ないのだけれど」

 理由は無く、ただ誼絵ちゃんが人よりも数倍頭が回るという事実だけが存在している。それは実際の所、かなり不可解な事だった。

 だがどちらにせよ、彼女を信じない事には話が始まらない。

「じゃあ、誼絵さんで」

「受容力があるわね。……ループは取り消す事が出来るけど、それでも二つ目の縦軸と言う事に変わりはないわ。とても不安定。壊れたら、どうなるかは分からない」

「んー……難しい話は良いや」

 複雑に過ぎる。と言うか、聞けば聞くほどに、漫画の話としか思えなくなって来る。

「そう?……ああ、その久美って子、まだ救えるわね。折角ループしたのだし」

「……おお!」

 突然見えた光明に、思わず声が上がった。

 久美を、救う事が出来る。他ならぬ、僕の手で。手から零れ落ちていってしまった大切な物を、もう一度掴むチャンスがあるのだ。それがもう掴みどころのない雲のような物だったとしても、絶対に捕まえてみせる。

「優さんに感謝しないと」

「禁忌、だけどね。マッドなサイエンティストには違いないわ」

「そうかなぁ……」

 混乱したので、御歳九十一歳の誼絵さんに簡単にまとめて貰った。

 曰く、優さんの作った装置によってループするパラレルワールドに入っちゃった。誼絵さんが良い感じに修復してループしなくするけど、それでも不安定で壊れたらどうなるか分かんないや。でもまぁ気にしても仕方ないので、この際ループをありがたがって久美を助けちゃえば良いんじゃないか。だそうだ。

「凄くよく分かりました」

「……なら、お行き」

 追い立てられるようにして、僕は朋絵さんの家を後にした。その時には、もう僕の表情に涙はなくなっていた。


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