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武田君のモテモテ物語  作者: さらさら
一.野木久美
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はじめ

 ひゅっ、と矢のように勢いのある何かが、僕のすぐ右を通り過ぎていった。

 恐らく、それはタイムアップを告げる鐘だった。後は、後ろから無数に飛び来る、命を狙う何かに身をさらすだけだ。

 何が、足りなかったのか。それは明白だった。隣から消えていってしまった友人たちを想う。

 次があるかどうかは半々の勝負で、なければ二度と、こうして感じる事もないだろう。

 僕は何一つ、分かってはいなかった。何も知らず、知ろうともせず、虚の一致に甘えていたのだ。

 胸を貫く弾丸に、僕はただ、次を祈った。






 ◆

 僕が通っていた幼稚園は、通う園児達の中で、大体三つのグループに分かれていた。

 やたらと外で遊びたがる男の子グループ、おままごと好きな女の子グループ、そして男の子ながらにして、女の子グループと遊ぶ小グループ。僕は、一番最後の小グループに属し、毎日数人の『おかあさん』とままごとをして遊んでいた。

 本来、園長さんはこういった傾向を見過ごしてはならない。だが、僕の幼稚園の園長さんはその点一味違った。園長さんは、三つのグループに、それぞれ代表を立てたのだった。各グループを取り仕切るリーダー。突飛なアイデアであると、当時の僕も思った。

 男の子グループからは、圧倒的な推薦を得て一人の男の子が選出された。彼は他の子に比べて群を抜いて力持ちで、周りから慕われていた。

 女の子グループからは、積極的な立候補と自薦により、園児にしてロングポニーテールだった女の子が選ばれた。だが普段は、その行動力からは想像し得ないほどに、非常におとなしい子だった。

 そして残る、小グループからは、元々少人数な上に自主性の薄い男の子が集まっていた結果、いくらかの押し付け合いの後、先生指名によって僕が選ばれた。

 リーダーには、普通の子よりも優先して先生の手伝いなどがあてがわれるようになった。何度も何度も、そう言った手伝いの度に顔を合わせるのだから、僕と彼、彼女が言葉を交わし、仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。

 男の子の名前が、滋野重郎しげのじゅうろう。女の子の名前が、野木久美のぎくみ。ここに僕、武田昴たけだすばるを加えた三人は、最初こそ気まずい空気に巻かれていたが、気がつくとそれぞれの集団から抜け出して新たなグループを築いていた。

「すばるくんは、ろーかにたってなしゃい!」

 驚いたのは、女の子……久美が、女子グループに居る時の彼女とは違い、実際には気性の荒い子だったと言う事、そして男の子……重郎が、力持ちと言うだけではなく、かなり気さくな子だと言う事だった。僕は二日に一回ほどの頻度で、久美に引っ掛かれた傷を付けて家に帰っていた。不思議と、それは苦痛ではなかった。それは何も、僕に被虐嗜好があるという意味ではない。それは、友達付き合いだったからである。

 僕たち三人は、小学校も中学校も、家が近かったこともあって同じ所に上がった。

 長く一緒に過ごしていると互いに影響を及ぼし合うようで、久美は僕の消極性と重郎の気さくさを得て乱暴から陽気で気が利く子になった。僕も、彼女らからポシティブを得て、かなり外向的になったと思う。

「……っしゃー! 受かってやんの、俺!」

 乱暴そうに見えて、実は気さくな重郎。

「そりゃまぁ、そんな高い高校じゃないし……ってあれ、私の番号どこだろ」

 明るくて、おっちょこちょいな所もある久美。

「無いんじゃない?」

 後ろ向きだけど、二人に付いて行こうとする僕。

「ま、まっさかー……。……あ、あった、あったよ!」

 そうして三人は、言葉に出さずとも互いに意識しあって、同じ高校へと進学したのだった。




「……わぁ、もうこんな時間だぁ」

 目を覚ました僕は、鳴ったのか鳴らなかったのか分からない目覚まし時計を見て、ぽつっとそんな一言を漏らした。寝起きは頭がよく回らず、とりあえずそういう事を言うのが決まりのような気がしてしまう。とりあえず、ベッドから起き上がってみる。何となく、立ち上がる。

「…………」

 トイレに行き、顔を洗う。

「…………」

 両親におはよう、と告げてから、用意してある食パンを頬張る。

「…………」

 食べ終えて立ち上がる。

「…………」

 ベッドに腰掛ける。

「……ま、間に合わない……!」

 時計は、既に八時十二分を指していた。八時三十分に始まる学校までは、徒歩二十分。普通に歩いていると遅刻してしまう。自転車通学は認められていないから、苦手分野ながら走るしかなさそうだ。というか、いくら来ないにしても、母親が僕を起こしてくれれば良かったのに。

「行って来まーす!」

 入学式から遅刻しないようにねー、と言う母親の姿を後ろに、僕は家を飛び出し駆け出した。

 最初は一人として同じ制服の人を見掛けなかったが、二,三分ほど走ると、早足で急いで歩いている何人かに追い付いた。僕も同じぐらいの速さに戻して、歩いていく。

(……一番最初に入学式があって……)

 ちょうど良いので、学校説明会で貰ったプリントを出して、今日の予定を再確認することにした。

 まずは入学式。既にこの時点で他の学校とは一味違う。入学式では指定された座席に座って、それからクラス発表があるのだ。これは入学式にも遊び心が必要だという学校運営の人々の考えによるものらしい。入学式ではクラス発表のほかにも、入学のお祝いと教職員の紹介が行われる。それから各ホームルームに移動して、自己紹介などをし、後は帰宅。

(素っ気ないなぁ……)

 とは思ってみたが、一日目なら大抵の高校はこんなものなのかも知れない。

 もう一枚貰っている、入学式での席順のプリントを取り出して、確認してみる。五十音順で並んでいるから、『武田昴』である僕は、大体真ん中ぐらいに位置する事になる。左隣が『竹頭明菜たけずあきな』、右隣が『田中萌たなかもえ』……。

 よく見れば、左右に加えて前後、更には斜めに至るまで、八方全員が女子っぽい名前をしていた。

(……神様は実在した……)

 そんな事に熱中したせいか途中で足が止まっていたらしく、気付いた時にはもう誰も周りには居なかった。




 学校に着いた時、手持ちの腕時計は三十七分を示していた。アウトかセーフかで言えば、かなりアウトである。

 気まずい中、そっと校門をくぐり、音を立てないように体育館を覗くと、中では粛々としたムードの中、今まさに教頭の先生が新入生に起立を命じている所だった。非常に入りにくい空気に足踏みしていると、近くに居た先生が僕に気付いて、話しかけてきた。

「あなた、新一年生の子?」

「はい。遅れちゃいましたけど」

「毎年一人か二人居るのよねぇ……。これも恒例なんだけど、入学式遅刻者は、式中に校長先生か教頭先生から戒めの言葉を受ける、みたいなしきたりがあってね」

「はぁ」

 その女先生の言葉を聞いて分かったのは、何やら、思っていたよりも更にまずい状況らしいという事だ。全新入生の前で、大恥を掻く羽目になるとは思いもしなかった。

「何か訊かれても、黙っていると良いわ。最近は、言えば言う程酷くなる傾向だし」

 そう言いつつ先生は、僕を座っている生徒の右端より更に右の外れへと連れて行った。ここで待機せよ、という事らしい。その動きだけで既にかなりの注目を集めてしまっていて、しかもその視線一つ一つが突き刺さるように鋭かった。とても、怖い。逃げ出せるものなら逃げ出したいが、逃げ出す方が尚の事恥ずかしいので、逃げ出すことも出来ない。

「次は、学校長からの言葉です」

 これまでも相当だったが、更にたたずまいを直して、教頭の先生が宣言した。スキンヘッドの男がサッ、と立ち上がり、壇へと向かっていく。

「えー……ゴホン」

 礼を済ませた校長が、荘厳に咳払いをした。僕は、目を閉じる。少しでも、少しでも優しさがあるような人でありますように……。そう僕は、願いを込めた。

「……入学、おめでっ…おめでとう。えーと……今日から君達も、ほん、本校の生徒であります」

 僕の願いが届いたのか、校長は思い切りどもっていた。ついでに、メモをちらちらと見てもいる。強面な外見の割に、声は少し弱々しい。有体に言って、僕から見ても明らかに口下手だ。髪の無い頭には、滝のような汗が見て取れた。

 五分ほど、何度も詰まりながら話があった後、ついに僕にとっての本番が始まった。

「……えー、さて。入学式から遅刻して来た生徒が、えー、二人、居ます。前に出なさい」

 後ろから、その担当らしい先生に背中を押されて、僕は壇の前に立った。もう一人遅刻したらしい女子生徒が、僕と反対側の端から歩いて来て同じように立つ。

 女子生徒は、どこか猫っぽい雰囲気を持っていた。

「ゴホン。……何故に遅れて来たあぁぁぁ!」

 突然、校長がシャウトした。僕と隣の子は、眼前で起こった突然の事故のような出来事に、目を点にして校長を見上げた。

「何か言わぬ……かぁぁぁぁぁ!」

 今度は溜めて来た。在校生見学席から拍手が上がる。傍から見れば良い見せ物だろうが、受ける僕たちにとっては恐ろしい事この上ない。

 校長による叱責シャウトは、この後三分以上も続いたが、その間中一度も拍手が消える事はなかった。




 シャウト校長が下がると、僕たちもまたさっきの位置へ戻され、後はクラス分けの発表と、事務連絡が行われたのみだった。

 八クラス編成の、僕は七組に当たった。ある意味自分のクラスよりも幼馴染二人のクラスを気にしていたのだが、残念な事に久美だけは別のクラスになってしまったようだ。それも一組。かなり遠い。

「さーみしーなぁーねー」

 入学式が終わって各教室に移動する時、久美は僕に寄って来て、そう言った。僕は黙り込んだまま、小さく頷いた。

「ま、来年に期待だぁーねー」

 そう言って、久美はそそくさと去っていった。

 果たして一年後、僕や重郎と久美との絆は、ちゃんと残っているのだろうか。これまで、小学校も中学校もずっと同じクラスで来た分、その不安は大きかった。新しい生活の幕開けだと言うのに、どこか寂しい。

 そんな憂悶に駆られている間も、遅刻して壇の前で叱られた僕の知名度は高いらしく、同じクラスと思しき何人かの生徒に話し掛けられた。中には、免許部を創設しようとしている男子生徒も居て、僕にしつこく入部を勧めて来た。何が悲しくて、青春真っ只中に第一種危険物取扱免許の取得に向けた勉強などしなければならないのだろう。いや、寂しいのは確かだが。

 七組はありがたい事に、北校舎の一階に存在しており、全く階段を使わずに済んだ。中に入ると、もう殆どの生徒は着席しており、僕も、机に置かれた名札を見て、真ん中一番前の席に座った。

「よっしゃ、全員座ったかいな?」

 担任の男性教師は、一瞬でそれと分かる関西人だった。生徒を見渡して人数を確認し、黒板に大きな文字で『倉口 友朋』と書く。

「これが僕の名前なんやけど、読めるか? そやな……漢字が共通しとるさかい、津田朋絵さん、読んでみ」

「え? えーと、くらこーともとも先生です?」

 僕のすぐ後ろの女の子の答えに、クラス中から笑い声が上がる。僕も振り返って、その子を見た。見覚えがある。猫の子だ。

「さすが、入学式から遅れて来るだけあるなぁ。名字を読み間違えられたんは初めてかも知れん。あと、名前を最初に当てられたのも、初めてやわ」

 今度は歓声が上がる。女の子は自分が何をしたのか自覚がないらしく、とりあえず称賛されていると受け取って、照れるように頭を掻いていた。

「僕の名前は、くらぐちともとも、や。変な名前やけど、まぁ、仲良くしたってぇな」

 クラスの雰囲気は、倉口先生の気さくさのお陰か、かなり良さそうだった。自己紹介でも、面倒くさそうにしている生徒は一人として居なかったし、それを聞いていない者もやはり居なかった。

 そんなちょっとした満足感に浸っている間に、順番は僕に回って来ていた。そつなくこなそう、と思うが、入学式遅刻の実績は意外と大きいようで、僕に向けられる視線は熱い。

「えーと……神月中学校から来た、武田昴です」

 とりあえずテンプレート自己紹介をしてみたが、まだこちらを見るその目に期待が残っている。きっと彼らの中では、僕はかなりのお調子者に見えているのだろう。困った話だが、イメージチェンジの良いチャンスかも知れない。ちょっと考えて、僕は言った。

「校長先生の物真似やります」

 クラス中が湧き上がった。ただしその後、僕の拙い演技力で、その後すぐに場が冷め切ったのは言うまでもない。

 僕の次は、さっき先生に褒められ、貶された津田朋絵つだともえだった。僕と同じく遅刻組だと言う事と、さっきの名ボケからも、期待と共にまた場の熱が上がっていく。

「ええっと……津田朋絵です、かぁぁぁー!」

 ……。

 一瞬の沈黙の後、クラス中が爆笑の渦に飲み込まれていった。

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