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夢の雫  作者: ハルハラ
1/2

一話

ジャンプ漫画みたいですが、そのうちラブコメになる予定です(笑)

一番窓際の一番後ろの席。僕、神山裕介は遮るもののない冬の青空を眺めていた。

今日は小春日和、僕を眠りに誘うには充分な陽気だった。

ごく自然にあくびが漏れる。特に隠そうともせず、僕は鞄の中へ入っている枕を取り出した。

愛用品だ。無人島に何持ってくと聞かれたら迷わず、この枕と答えるだろう。

それほどまでに思い入れがあり、何よりも寝心地が最高なのだ。

いつも通り枕を肘の下に敷き、寝る準備を整える。

それにしても退屈だ。

僕の毎日には張りと言うものがない、ただ時の流れに何もせず身をまかせているだけであった。

何か、胸踊るような出来事が起こりはしないか。

そんな馬鹿なことを考えながら、僕はまどろみの中へと沈んでいった。


「おい、神山!」

聞き慣れた声。

彼の友人、重田剛の声であった。

「おはよう」

神山はムクリと顔をあげ、重田へ目を向けた。

重田の筋骨隆々とした逞しい体が嫌が応でも飛び込んでくる。

彼は中学時代、全国大会でもその名前を知らない人はいないほどの剣道少年であった。

だからこそのこの体、辞めた今でもこれはあまり変わらないのだ。

「もう昼か、早いもんだね」

そう言って、神山はうーんと伸びをする。

よく寝たからか、とても体が軽く感じる。

「何を寝ぼけてんだ?もう放課後だぞ」

「何?」

そんな馬鹿な。自分は昼を抜いてしまっていたのか、そういえば腹が減っているなと

ぼんやりと神山は思った。

「どうして起こしてくれなかったのさ」

「起こしたぞ、でも死んだように眠ってたんだ」

「死んだようにね」

たしかにその間の記憶がまったくないのは事実だった。

それにしても昼時にも起きないとは異常だ。

僅かな恐怖を神山は感じた。

「どうする?今日もゲーセン行くか?」

そんな恐怖に浸る間もなく、重田が言った。

「どうせ僕らはそんなとこしか行くとこないよ」

「それもそうか」

重田はニッと笑うと鞄を肩に背負った。

いったい何がおかしいのか。神山にはわからなかった。



神山は重田と一緒に大通りを歩いていた。

すっかり暗くなってはいたが、まだ午後六時である。

雪の降らないこの町では、冬を感じるものと言ったら肌寒さとこの日の短さくらいのものだ。

だからだろうか、そんな些細なことを神山は敏感に感じてしまうのだった。

「今日未明、変死体が発見されました。身元のー」

「最近多いな」

家電用品店の店先に並ぶテレビに青いビニールシートに覆われる殺人現場が映ってい

る。

ここ何日か連続して同じような事件が起こっていた。しかも神山や重田の通う学校と同じ市内でだ。

「まったく物騒な世の中だね」

ついつい神山は立ち止まり、店先のテレビに見入ってしまう。

彼にとってその事件はなかなか興味深いものだった。

それは未知の者に対する好奇心は彼の退屈を少し和らげてくれるからだ。

「気になるね」

「でもよ、この事件」

そこで言葉を区切り、重田は眉をひそめた。

「今回の事件も過去5件の事件と同じように目立った外傷は無くーー」

画面の中のアナウンサーも重田と同じように眉をひそめる。

目立った外傷のない死体、これが今回の事件の恐ろしいところであった。

「おかしいと思わないか?」

重田のその言葉を聞き、神山は思わず吹き出した。

「何を今さら。まず無差別殺人の時点でおかしいし、死因がわからないのもおかしい。

だからそもそも殺人というかすらも怪しいわけで、これだけおかしな要素があるんだ

からさ、それを今さら…」

「わかったわかった」

重田がそこで話を止めさせた。彼にとっては長々と説明されるのが面倒でしょうがないのだ。

「巻き込まれたりしないかなぁ」

「何を物騒なこと言ってんだよ」

「ビビってんのか?剛」

「あのなぁ、相手が何かわからない以上ビビるのは当たり前だろ」

目の前には小さな交差点。

右に曲がれば、暗く人通りの少ない路地。ここからは閑静な住宅街が続きこの先に神山の住む家がある。

そしてこのまま真っ直ぐ行くところに重田の家がある。つまり二人はここでお別れというわけだ。

「おっと、ここでお別れか」

「そうだね。じゃあまた明日、剛」

「…」

重田は神山の後ろに広がる、暗闇を見た切り動かない。

何かの気配を彼は感じたのだ。それもあまり好ましくない気配を。

「剛。また明日」

「お、おうまた明日な」

やっと聞こえたらしく、重田はぎこちなく返事をした。

「気のせいか」

神山の背中を見送りながら、重田は小さく呟いた。



住宅の屋根の上、スーツ姿の男が暗い路地に目を向けている。

男の名は神柳浄、30越えたいい年したおっさんである。

とはいえ、見た目はまんま好青年で誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化しの利くほど端正な顔立ちをしており、一目見ただけでは実年齢はわからない。

「気づかれました」

神柳が少し残念そうに言った。

「お言葉ですが、浄様あの男が気づいてるように瑞穂にはとても見えませんが」

そう言って、制服姿の少女、瑞穂は神山を指差した。

彼女の年は13才。たしかに夜民家の屋根に登っている事と、背の小ささを除けばいたって普通の中学生である。

「瑞穂、その男ではありません。その後ろの男が我々に気づいているのです」

瑞穂は目を凝らして後ろの男、重田を見た。

その目はたしかにジッと神柳達の方を見ている。

それを見て瑞穂は僅かに、肩を震わせた。

「瑞穂、大丈夫です。彼はただの人間ですから我々の気配を察しているに過ぎません」

神柳が安心しろとばかりに瑞穂の頭を撫でる。

瑞穂は照れくさそうに俯いた。

「しかし浄様」

俯いた顔をふっとあげ、瑞穂は言った。

「ただの人間が気配だけでも気づくものでしょうか?」

「それではただの人間ではないのでしょう」

事も無げに神柳は言い放つ。

それが何の問題でもないように。

「じゃあ何なのです?」

「何であれ関係ありません。我々の目的は神山裕介の殺害ただ一つ、違いますか?」

「たしかにそうではありますが、あれをどうするのです?」

瑞穂は重田に目をやる。依然として彼はこちらを睨み付けている。

暗闇で見れていないとはいえ、あまりいい感じはしない。

「わかっています。異能者以外の殺害はしません」

「ではどうなさいますか?」

「我々と戦う気があるのなら、それなりの措置をとりましょう」

「御意」

神柳と瑞穂は屋根から飛び降りた。

そしてゆっくりと神山に向かい歩き出した。



「ん?」

黒い影が二つ、神山の少し前に降り立った気がした。

いや、確実に何かが降り立った。

(何だ、あれは)

重田は目を凝らすが、いかんせんこの暗闇のため、ぼんやりと人影が確認できる程度である。

ふと先ほどのニュースが頭によぎる。あの影が、連続殺人犯である確率は決して低くはないはずだ。

気づいたら走り出していた。神山のもとへ。


「神山裕介さん、ですね?」

神柳は神山に話しかけた。

無論、神山は神柳の事を知らない。

それに彼は見知らぬ男に話しかけられる義理もない。

「はい」

だが、彼はあえて正直に答えた。

日常から非日常へ、彼が望む世界がそこにある気がしたのだ。

「では、犠牲になってもらいます」

「へ?」

それは予想だにしない言葉だった。

犠牲?神山には何を言っているのか、理解できなかった。何のために?なぜ?

そんな神山をよそに神柳は懐に潜り込むと、神山の胸へと手を当てた。

「あなたの犠牲、無駄にはしません」

神山が気付いた時には宙に舞っていた。

そして


ドガアアアア!


何かにぶつかり、骨の砕ける音がそれに続く。その頃にはもう神山の意識は飛んでいた。

「…浄様、ズレましたね」

「最後の最後でヘマをしました。ですが、大丈夫でしょう。警察には何が起きたか、理解できません」

瑞穂は淡々と破壊された壁に触り、破壊の具合を確かめる。

「しかしどちらにせよ壁を破壊したのは問題でしょう」

「そうですね。早く引き揚げるに越したことはありませんね」

瑞穂は壁から手を離し、神山の首元に手を当てる。

「…浄様、生きています」

神柳はその言葉に少し驚いたが、とは言っても、水たまりが出来るほどの出血だ。

神山が助かる可能性はほぼなかった。

「その怪我では時を待たずして死ぬでしょう。瑞穂、苦しませる必要はありません、楽にさせなさい」

「はい」

瑞穂は返事をし、小刀を取り出し神山の胸に突き刺そうとした。

「なっ!」

その手を屈強な男が止めた。重田だ。

「は、離してください!」

必死に瑞穂は手を離そうとするが、無駄な抵抗であった。

掴まれた手は文字通りビクともせず、それどころか強く握られ過ぎて痺れるほどだった。

「離して!」

「何をした」

「離して!離して!」

「何をしたか聞いてるんだ」

凄みの利いた声で、重田は言った。

その姿は怒りに震えていた。

「離してやってください。その子は関係ありません」

「あんたがやったのか?」

瑞穂の手は離さず、重田は言った。

「はい、私がやりました。見ていたのでしょう?」

「…けっ」

突き飛ばすように重田は瑞穂の手を離した。

その瞬間、瑞穂の目が獣のような血に飢えた目に変わった。

「瑞穂、止めなさい」

「…はい」

瑞穂はキッと重田を睨み付けると、目を元に戻した。

「それで何の用です?」

「何の用か。わかってるんだろ?」

「ええ。引いてはくれませんか?」

「生憎、ダチをやられて我慢できるほど人間出来てないんでな!」

そう言って、重田はちょうど捨てられていた鉄パイプを拾い。

それを手に殴りかかった。重田の鋭い一閃が神柳に直撃する。

「その程度ですか」

神柳はそれを片手で受け止めると、もう片方の手を重田に向ける。

すると重田は紙のように宙に舞い、壁に叩きつけられた。

「かはっ!」

手が直接触れていないため叩きつけられる力は弱いが、人一人動けなくさせるには十分であった。

神柳は重田がうずくまるのを確認すると、瑞穂に目を向けた。

「神山さんを楽にしてあげなさい」

「はい」

瑞穂は再び神山に近づき小刀を取り出す。

そしてその小刀を神山の胸に当てた。

「待て」

重田がよろよろと立ち上がりそれを制した。

声をかけられただけであったが、瑞穂はその手を止めてしまった。

瑞穂は正直驚いた。ただの人間が不完全とはいえ神柳の攻撃を受けまだ立ち上がれるのだから。

重田の鉄パイプを握る手に力が入る。

「ッ!」

その瞬間、電気が流れるような刺激が腕に走った。

さっきの攻撃で体の節々が悲鳴を上げているのだ。

だが、彼は尚強く鉄パイプを握りしめた。

まるですべての怒りを鉄パイプに託すように。

「裕介にそれ以上近づいたら、殺すぞ」

ピリピリと空気が張り詰める。重田は本気だった。


重田は高校入学後すぐに大きな怪我をした。

その結果部を追い出され、剣道を失った。

その時点で彼はすでに両親にも見捨てられていた。

それは猛反対を押し切り、進学はスポーツ推薦で取った男の当然の末路であったが、少しでも支えの欲しい当時の彼に取ってはその仕打ちはあまりに残酷だった。

だからといって、部活の人間も入学当時だったので、親しくはなく、友人と呼ぶには程遠い存在だった。

つまり彼はすべてを失ったのだ、友人、両親、そして剣道と言うアイデンティティまでも。

そんな時でも、幼なじみである神山が重田に声を掛けて続けてくれていた。

それは何の変哲も無いいつも通りの世間話だったり、時には人生相談だったり。

神山は重田が剣道と出会う前からの友人、だから剣道部員としての重田でなく、ただの友人として重田を見てくれるたった一人の人物だった。

そんな昔の彼を知っている神山は重田にとって唯一心を許せる相手になっていった。

結果、神山に重田は救ってもらった。

そんな事もあって、彼にとって神山は親友以上の存在であった。

いや命の恩人と言っても過言ではない。

だからこうして神山が傷つけられているのが、重田は我慢できないのだ。


「まだ、わかりませんか」

「ああ、わからないな。お前が強かろうが弱かろうが、関係ない。ただダチをやられ

た怒りが収まらないんだよ!」

「退きませんか?」

「退かねぇよ」

重田は言い放った。

堂々と覚悟を決め、その言葉に一点の曇りもなく。

そんな重田を見て神柳は肩をすくめた。

この男は気絶でもしない限り、どんなにボロボロになっても自分に襲いかかってくるつもりなのだろう。

ならば軽くあしらってなどいられない。少しばかり本気にならねばならないようだ。

「若き日の至りとしてこの日を胸に刻んでおくといいでしょう」

刺すような空気が辺りを包む。神柳の殺気であった。

普通の人間ならばそれを受けただけで尻尾を捲いて逃げていくに違いない。

しかし重田は違った。依然として鉄パイプを握りしめ神柳を睨み付けている。

神柳の殺気など何処吹く風といった様子だ。

(ただ者ではない、ようですね)

素直な感想を神柳は心の中で呟いた。

自分のような異能者であれ、ここまでの者はなかなかいない。

神柳は素直に感心した。

そんな時、神柳に一瞬の隙ができた。針に糸を通すような、ほんの僅かな隙が。

その隙を重田は見逃さなかった。彼は地面を蹴り、神柳の左腹に渾身の力で一撃を加えた。

それを神柳は両手で難なく止めた、はずだった。

しかし、彼の両手は何に触れることもなかった。

重田が鉄パイプを切り返し、今度は神柳の右腹に一撃を加えたのだ。


コンッ


金属と金属のぶつかるような鈍い音が辺りに響いた。

「!」

それは明らかに重田の予想していた音とは違った。

人間じゃない。そう思わずにはいられなかった。

「お見事です」

神柳は瞬時に、重田の体に手を向けるが、重田はすぐさま間合いをとった。

しかし間合いをとったとはいえ、神柳の攻撃のすべてを防げるわけではなく、重田は軽く吹き飛び、なんとか着地をした。

「何者だ、あんた」

「浄様、人が」

神柳が口を開く前に、瑞穂がそれを遮った。

たしかに遠くの方に二つばかり人影が見える。

「ここまで、ですか」

すうっと刺すような空気が無くなる。

そして神柳は住宅の屋根へと跳躍した。

「おい!」

「あなたも有らぬ疑いをかけられる前にここから逃げた方が良いですよ」

「待て!おい」

「では」

そう言って神柳と瑞穂は、夜の闇に消えていった。

一方重田はそれと逆の方向に走り出していた。

疑われたっていい、今自分の見たこと、神柳のことをすべて警察に話すつもりだ。

そして救急車を呼び、神山を助けるのだ。無駄かもしれないが、そうせずにはいられなかった。



今日汚れた革靴を磨く。それが神柳の楽しみだった。

いつもほとんど汚れていない革靴を磨くのだが、今日の物は磨きがいがあった。

とは言っても、新品にほんの少し血がついた程度の汚れであったが。

「浄様、大丈夫ですか?」

瑞穂が心配そうに神柳に声をかけた。

風呂に入ったため、頬がほんのり赤く、髪が少し濡れている。

これだけ見れば、13歳とはいえなかなか色っぽいのだが、あまりに子供っぽい黄色のパジャマがそれを台無しにしていた。

「わたしは大丈夫です。瑞穂は大丈夫ですか?」

「み、瑞穂は…大丈夫ですよ」

瑞穂はパッと右手を隠す。それはさっき重田に握られていた方の手だった。

内出血でもおこしているのだろう、握られていた場所が変色していた。

「内出血ですか?」

「してませんよ」

瑞穂は右手を隠したまま、左手を左右に振り否定をする。

「右手を見せてもらえますか?」

瑞穂の肩がビクッと上がる。

瑞穂は渋々、右手を神柳に差し出した。

「約束覚えてますか?」

神柳はギロリと瑞穂を睨む。

瑞穂はその目をなるべく見ないように、瞳を天井に向けた。

「な、何の事でしょう?」

「怪我をしたらもう来ない、と言いましたよね?」

「そんなこと言いました?」

相変わらず瞳を天井に向けたまま、瑞穂は答えた。

「言いました。次から来ないでください」

手際良く差し出された瑞穂の手に神柳は包帯を巻いていく。

それはとても手慣れた動作だった。

「こんなの怪我のうちに入りません」

「何回目ですか、それを言うのは」

「…」

「次から来ては駄目です」

そう言って神柳はポンと軽く瑞穂の手を叩いた。手当てが終わったという動作だ。

「瑞穂はですね。浄様の役に立ちたいんだけなんですよ」

「何度も言いますが、瑞穂は学校に通い、勉強をして普通に生活を送っていれば良いのです。少なくともわたしはそれで満足です」

「でも」

「でももだってもありません。次からついて来たら」

そこで神柳は言葉を切った。その先が思いつかないのだ。

「ついて来たら、なんですか?」

不安そうに神柳の顔を覗く瑞穂。その目は透かして見えそうなほど美しい目であった。

そんな目を見ると神柳はいつもたじろいでしまう。

自分がこの年まで瑞穂を育ててきた賜物ではあったが、それが何だか申し訳無くなってしまうのだ。

「罰を与えます」

頭を捻り何とか繰り出した言葉がそれだった。

「罰、ですか」

罰、瑞穂は想像を巡らせた。

しかしなかなか彼女の頭にピンとした物が浮かんでこない。

それは神柳も同じだった。瑞穂にとってどんな罰が一番堪えて、ついて来ることの抑制になるか、彼にはよくわからない。

「さて、ではわたしはこれで」

靴を下駄箱に仕舞い、神柳は立ち上がった。

瑞穂が罰についての質問をぶつける前に失礼するつもりである。

「浄様」

「…罰についてのことですか?」

「いえ、違います。最近浄様は一人で寝ていますが、どうして瑞穂と寝てはくれないのですか?」

瑞穂は寂しそうに言った。

「浄様は瑞穂に愛想をつかせてしまったのですか?」

そう言って、泣きそうな目で神柳を見つめる。

神柳が最近瑞穂と一緒に寝ない理由、それは彼女が大きくなったからだ。

中学に上がって一年近くになると言うのに、一緒に寝ていると言うのは世間とあまりにズレている。

そう思い、何日か前から実行に至ったのだ。

「何を言ってるんですか、わたしは瑞穂の事大好きですよ」

安心させるように、神柳は瑞穂の髪を撫でる。

長くしなやかな母親譲りの美しい髪が彼は大好きだった。

「で、でも。最近お風呂にも一緒に入ってくれませんよ?」

そういえば、今月に入ってから一緒に風呂に入るのも止めたのだった。

彼女が不安がるのも無理が無いのかもしれない。

「はっ」

瑞穂は何かに気づいたように目を見開いた。

「わかりました。浄様は瑞穂が言うこと聞かないから嫌ってしまわれたのですね」

瑞穂の目がみるみる絶望の色に染まっていく。

神柳に嫌われた、勝手にそう思い込んでいるのだ。

「それは違…」

とそこで神柳は考えた。

瑞穂の一番堪えること、どうやらそれはとても簡単なことのようだ。

「よくわかりましたね。その通りです」

やっぱりそうなのですね、と顔に書かれているんじゃないかというほど彼女の表情はわかりやすく変化した。

そのまま彼女はショックを隠せず固まってしまった。

「じゃあこれならどうです?もうついて来ないと誓うなら、今日からまた一緒に寝ることにしましょう。でも、もし来たら…」

「本当ですかっ!」

瑞穂は音がするほどの勢いで顔を上げると、満面の笑みで喜びを表現した。

そんなに30過ぎた男と一緒に寝ることが楽しいのだろうか、神柳には到底理解できなかった。

「はい、約束を守りさえしてくれれば」

「ありがとうございます!」

それを聞いた途端、瑞穂は枕を取りに二階へ走り出した。

神柳はそれを呆れた様子で眺めていた。

「子育てとはわからないものですね、姉さん」

神柳はしみじみと呟くと後を追うように階段を上っていった。

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