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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
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第一章<6> 淡く輝く鉱山

 人生嫌なことの方が多いというが、まあ実際そうらしい。

 前途多難な旅路になるであろうと半ば予想していたし、覚悟もしていたが……正直これは何かの間違いであってほしいと切に思った。

「やっべ笑えねー……」

 目の前の現状に。

「ど……どうしようユキト君……」

「どうするったって……どうにかしないとダメだろ……」

 シエルの不安げな様子に気の利いた言葉でも投げかけてやれればとは思うが、今のユキトにそんな余裕は皆無だった。


◇◆◇◆◇


 ユキトたちがメトス鉱山に着いたのは、鎧殻蟲コロニービードルに遭遇してから四日目のお昼を大幅に過ぎた頃だった。これだけで心が折れそうだった。

 まず方向音痴のくせに前を歩こうとするリュカを何とかしなければならなかったし、いちいち文句を垂れるアニエの対応も面倒だった。やれ歩くのが速いだの、なんでこんな茂み入るんだだの。早く着きたいから速く歩いているに過ぎないし、堂々と歩いて敵に補足されるくらいなら茂みを移動したほうが早いからだ。文句言うんじゃねえ。

 果ては野宿は嫌だとか、風呂に入りたいとか。そんなもん知るか。

 シエルがいたのが幸いだった。三人の中じゃ一番マシだ。むしろ励ましたりフォローを入れたり、普通にいい子だ。

 鎧殻蟲のお陰か幸運にも敵にほとんど会うことはなかった。オークがちらほらいたり、鎧殻蟲よりは断然小さいが、そこそこ巨大な虫が襲って来る程度で済んだ。

 あれの相手などアニエの小言に比べたらまだマシだ。体液さえ我慢すれば、斬るだけで問題は解決する。

 そうしてやっとの思いでメトス鉱山に着いた。

 その後が問題だった。

 メトス鉱山はもともと土竜人ドワーフによって開拓された彼らの“国”だ。内部は大通りと思われるかなり広い道に、大人一人が通れるくらいの通路と小穴のような通路が多数。国というか迷宮である。

 土竜人は人に似ているため亜人種として分類されている。あまり好戦的ではないが、人との交流があるわけではなく、謎の種族である。好戦的ではないにしても、ダンジョンメイカーなど向こうからすれば節操のないこそ泥と同じだ。普通に攻撃してくる。

 彼らの攻撃は非常に陰湿極める。直接攻撃はほとんどない。毒を塗り付けた吹き矢などの飛び道具で攻撃してくる。基本的にヒットアンドアウェイの戦術をとってくる。複雑に入り組んだ穴の至るところから攻撃が来るから一切気が抜けない。

 ところがここ最近メトス鉱山内の土竜人が減った、というのがレイニーの情報だった。

「閑散としてるね」

 シエルがここまでの道程の感想を呟いた。

「そうだな。情報通りだけど怖いくらい静かだ……」

「情報って……?」

「ん? ああ。ダンジョンメイカー専門の情報屋だよ」

「そんなのがあるんだ」

「でもその情報ってどうやって仕入れるのよ?」

 感心するシエルに続いてアニエが口を挟んだ。

「んー。まあ、地図作るだけがダンジョンメイカーじゃないんだよ。要するに。単に傭兵として働く奴もいるし、化け物の討伐依頼しか受け入れない奴もいる。だから情報収集を専門にする奴もいるって、それだけの話さ」

 情報は金になる。生死を二分にする大きな要因だからだ。

 レイニーは情報収集専門のダンジョンメイカーから情報を買い、それを売る。こっちもただで教えてもらっている訳ではないのだ。最近は採算がとれていないのか、喫茶紛いのことも始めているが。

「でもそれだと嘘とか見分け付かないじゃないの?」

「まあたまにいるけどな。嘘だった時点でばれるし、情報売買は信用業だからな。僕らにもある程度の信用が数値化されてるだろ?」

「なにそれ?」

「ダンジョンメイカーのランクがあるだろ。あれは実力もあるが、そいつの信用度も含まれてるんだ」

「ふぅん。あたしたちっていくつくらいなんだろ?」

「最低がEだ。教会に登録するときカードみたいなの貰わなかったか?」

「あるわよ」

 えーっと、と呟きながらアニエが荷袋に手を突っ込みがさがさと物色を始める。結構豪快に掻き回している。整理しろよ。

「これじゃないかな?」

 シエルが自分のを取り出した。

「あーそれそれ。ちょっと借りていいか?」

「うん」

 ユキトはシエルのカードを拝借した。ちゃんとパスケースの中に入れている。なんというか、まめな子だ。ちなみにユキトは受け取って二時間後にはパスケースをなくした。

「もうちょっとで見付かったのに……」

「あん? なんか言ったか?」

「なんでもないわよ!」

 アニエは膨れっ面でそっぽ向いた。何を怒っているんだ?

 まあ、よく解らんのでアニエは放っておく。シエルのカードに視線を戻した。がっちがちに緊張しいている写真があった。笑いそうなのを堪える。写真を見るのが悪いのだ。さっさと視線を移す。写真の横にはエンツェリアの紋章と、簡単な個人情報が書かれている。

 とはいえそれ自体に意味はない。カードの色が問題なのだ。

 シエルのカードの色は白だ。

「これがランクEのカードだ。最下級だな」

「最下級かあ……」

 カードを返すと、シエルは少ししょんぼりと俯いた。むぅ……ハッキリと言い過ぎたか? まあ、シビアな世界だからな……。オブラートに包むことは避けた方がいい。そういうのは慢心に繋がる。そして慢心は死に直結している。

 だっていうのに、

「まあ、依頼とかこなしていけばすぐにあがるさ」

 そんな慰めじみた台詞を言う僕は阿呆だ。

「うん、そうだよね」

「まだなってそこらだもんね〜」

 シエルの淡い微笑みに少し遅れてリュカがナハハと笑った。これくらいなら構わないだろう。

 この冷えきった現実でダンジョンメイカーとして生きていくのは、とても大変なことなのだから。

「ま、そういう感じでランクによって報酬も違うし、そもそも請けられる依頼も違ってくるんだ。情報も同じ」

「信用がないと情報も買ってもらえないんだね?」

「そういうことだ」

「なるほど〜。シエルちゃん賢〜い」

 ユキトがシエルの言葉に頷くと、リュカがシエルに抱き着いた。髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫で回している。

「ちょ……リュカぁ」

 シエルも本気で嫌がっている様子はなく、じゃれ合っていた。

 仲睦まじいことだ。かつては僕にもそんな友がいた。過去の話だ。多くはもう取り戻せない、記憶の中だけのもの。気付けばとうとう独りきりだ。

 レイニーもシモン、それにネアも仕事での付き合いだ。気さくでいい奴らだけど、極力プライベートでは関わらないようにしている。

 結局のところ避けているのは自分のほうなのだ。最初から何も持たなければ、何も落とさない。零さない。失わない。だからそうやって独りでいて。

 いつまでたっても独りに慣れないでいる。

 独りは寂しいものだと知っているから。だけど、失うのも怖くて。そうやって板挟みになって。

 ――本当に、臆病者だ。

「ユキト君……?」

「うん? どうした?」

 シエルに呼び掛けられて、振り向く。端正な顔立ち。美少女といって間違いはない。他の二人だってそうだ。三人が並んで王都の大通りを歩けば男は皆振り向くだろう。

 ああ。この子たちの仲間として生きていけたら、きっと自分は幸福だろう。道行く野郎どもに自慢できる。どうだ、いいだろう、羨ましいいだろうと。

 馬鹿な妄想だ。そんなことに意味はない。

 解っている。戯言だ。

「顔色悪いけど……大丈夫?」

「ああ、平気だ」

 彼女らとの関係はこの探索だけだ。これが終わればもう関わることもない。それが彼女らのためであり、僕のためでもある。

「さあ、とっとと終わらせて王都に戻ろう」

 臆病な自分が全てを投げ出さないうちに。


◇◆◇◆◇


 レイニーの情報は今回は正しかったらしい。土竜人に出会うことなく、丁度中間らへんと思われる広い空間まで出た。

 メトス鉱山は珍しくあまり磁場を作らない。そもそも、採れる鉱物があまり磁気を帯びていないものなのだ。おかげでボードもトレース機能を十分に使えた。編集が楽でいい。

「そういえばさ……気になってるんだけど、なんでこの洞窟こんなに明るいわけ?」

 アニエが誰に言うでもなくそんな言葉を漏らした。シエルがそれに頷いて言った。

「そうだね……当然のように松明とかも持たずに入ってきたけど」

「ここは光虫石の採掘場だからな」

「光虫石?」ユキト以外の三人の声がハモった。

「ここら一帯の光っている石だけどな、よく見てみなよ」

 ユキトがそう言うと、三人は三者三様にその辺の石を覗き込む。

「あ、虫だ!」

「ほんとだ。ちっこい虫がいる」

「蛍みた〜い」

 それほど待たずして三人とも同じものを見付けたようで、声を上げた。しかし蛍か。懐かしい。リュカはやはり東洋出身なんだろう。じゃあ偽名か? いや、詮索することじゃないな。

「それが光虫。ここの光源だ」

 光虫は蛍とは違う。形状だけでいえば天道虫だ。体長は雄が平均一センチ。雌は二センチ。硬めの外羽を発光させるが、光るのは雄だけだ。たぶん求愛に使うのだろう。

 虫にしては珍しく鉱石や土を主食とする。口から薄い酸を吐いて、溶かして養分を吸収するらしい。見たことはないが。そしてこれまた理由は解らないが、雄は死ぬと身体の周りを硬い透明な鉱石で包むのだ。光ったままで。

 石というよりは琥珀といえるが、その成分はあくまで鉱物なのだという。

 それがメトス鉱山の内部を淡く照らしているのだ。

「ここは光虫の天敵もいないからな。繁殖してはこうやって身体を光る石にしていってるんだよ」

「じゃあ雌はどうなるのよ?」アニエが言った。

「雌は子どもに食われる。子ども産んだら雌は死ぬだけだからな」

「そう……」

「今も光虫はいるのかな?」

 シエルがほんの少し悲しげなアニエの言葉に被せるように言った。シエルのフォローよりもまず、アニエにそんな一面があることに驚きだが。言ったら怒られるだろうが。

「そりゃあいるだろ。土竜人と共存してるだろうし」

 目が退化して日光に弱い土竜人だが、完全に目が見えない訳ではないようで、個体差はあるだろうが、それでも光虫石なしでは暗闇で生活出来ないのだという。人間と土竜人との関係とは大違いだ。

「ん……ていうか、上」

 ユキトが気付いて、上を指差す。それを追うように三人が上を向く。

「わあ……」

 誰かの小さな感嘆の声が聞こえた。

 その気持ちはユキトも解らなくはなかった。

 空一面に飛び交う光虫。決して太陽ほど明るくはないけれど、それは星のようにキラキラと光っていた。

「命の営みってやつだな」

 こんな自分でも感動するのだ、そりゃ誰でも綺麗だと思うだろう。空を見上げて、魅入っている三人娘を見やり、小さく笑みを浮かべる。自分で自分の顔を触った。まだこんな表情が出来るとは。この情景に感謝だ。

 にしても、光虫はこうやって活発にしてるのに、土竜人が一世に姿を消すとはどういうことだろうか。ボードの画面を見つめながら思案する。

 人が入れない小穴は印だけつけているが、中の確認は些か難しい。が、他の大まかな通路は完成している。そもそも名前がある以上、ある程度の図面は出来ているのだ。それを元にユキトも地図を作っている。

 ボードを操作して、今回の仕事に際して協会から譲り受けた、その図面のデータをもう一度開いた。こういう時のために上書きせずにとっておくのはユキトが師から教わったことだ。過去の記憶も悪いことばかりではない。こういうことを通してまだそう思えるのは、ユキトにとっては救いなのかもしれない。

 編集前の地図と今の地図を見比べた。

 不意にあることに気付く。

「小穴が増えてる……?」

 小穴の印が明らかに多い。前の製作者がサボっていたと考えるには、増えた数が多すぎる。五十近くある。さすがに見落とす訳がない。そりゃあ、このメトス鉱山は土竜人によって日々開拓されているが……いくらなんでも小穴が多すぎる。

 小穴は本当に小さい。直径一メートルもないのだ。せいぜい七十センチかそこら。平均的体型の土竜人が潜れるギリギリの大きさなのだ。正直、彼らの技術が如何ほどかは知らないが、

「掘りにくいだろ、絶対」

 出来た後も、そんな通路使いにくくて仕方ない。一方通行だし、つっかえたら最悪だ。

 そりゃ個人の価値観ではあるが。わざわざ普通にこんな通りを作るだけの技量があって、小穴を多く作るなんて、そんなの考えられることはあまりない。もう一度光虫を見る。自分の言葉を思い出した。

「天敵……?」

 そういうことか?

 天敵の出現。それが原因か?

 いや、断定するのは早計か。可能性は大きいが。少なくとも何かしらの異変が起きていると考えて間違いはない。

 そうなるとこちらの選択肢は限られる。荷袋から懐中時計を出した。午後八時。五時間近くぶっ続けで歩いている。引き返すのは無理だ。ユキト一人ならともかく、三人が保たない。これは野営するしかない。

 もともとそういう算段だったし、別にそれはそれでいいのだが、場所の確保が難しくなった。下手に狭い場所に入れば、土竜人に出くわすかもしれないし、広ければ天敵がいた場合そっちに遭遇しかねない。

「困ったな……」

「何がよ?」アニエが上空から視線を外し、ユキトを見た。

「いや、野営場所をどうするかと思ってな……」

「ああ……もうそんな時間なのね」

「とりあえず、安全そうな場所を探そう」

「なんだか急にお腹空いてきちゃったよ〜」

 リュカのお腹がぐうと鳴った。のほほんとしているリュカもさすがに赤面した。ニャハハとはにかんだ。

「あたしもお腹空いたわ。さっさと場所見付けて休憩しましょう」

 アニエの言葉にユキトたちは頷いた。

 しかし四人が休める場所か。一人の時はそれほど苦労しなかったが、これは結構厳しい。最悪、僕は寝ずの番だな。本当に困った。

 なんにせよレイニーの情報はもう少し吟味する必要がある。帰還したらとりあえず一発ぶん殴ろう。

 ユキトはそう心に誓った。


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