第一章<5> 白夜峻烈
「――ふっ……!」
空中で捻りに捻った身体を、巨大な黒い塊が掠めた。ズガン、と荒々しく地面を破壊する音をたてて突き刺さる。それはまるで巨大な槍だ。いや、奴からすればただの針か。こちらにとっては弩砲級の威力たが。甚だ迷惑な話だ。
破れた服を見やり、ユキトは舌打ちをした。後で探索あんのに。つーか高いんだぞこれ。どうしてくれるんだバカ野郎。
ちなみに放たれる巨大な針は、鈍重そうなわりに速い。いや鈍重だから速いのか。どちらでもいい。とにかく速いのだ。
着地するやいなや、ユキトは再び迫りくる巨針を飛び上がりざまにすれすれで躱し、鎧殻蟲の前足に飛び乗った。でかくとも虫。足は三本だが、この前足は厄介だ。
カマキリみたいな鎌状のそれは、斬るというより砕くためにあるような代物だ。ぶんぶん振り回してくれてくる。非常に厄介だ。
「リーチ半端ねぇなぁ……オイ」
とはいえ、泣き言言っても仕方がない。ユキトは鎧殻蟲の前足を一気に駆け上がり、振り回す直前に飛び上がって背に乗った。着地と同時に首と腹の鎧の間に刀を叩き込む。いくらか弾かれたが構わない。ダメージを蓄積させていくことが重要だ。塵も積もればなんとやら。
Buuuooooooooooooon……!
地響きみたいな鳴き声を上げる鎧殻蟲。やべえ、キレやがった。鎧殻蟲に感情なんてあるのかは解らないから、本当にキレているのかは知らないが。まあ、単純に興奮状態だということでいいだろう。
全ッ然よくないがな!
鎧殻蟲は嘶くと、全身をぶるぶると震わせた。Bushaaaaaaah……! となんか嫌な音を垂れ流しながら、現われたのは――触手。
いや、触口か。あれは奴の口なんだから。
数にして六本。たくさんお口をお持ちのようだ。泣けてくる。
体液を撒き散らしながら、それぞれが意志を持つように迫りくる。単純な体当たりだが、人くらいなら容易く粉砕しそうだ。
ユキトは瞬きを止めた。体勢はいつでも動けるように少し腰を落とす。
見て、分析する。直線的な動き。ならコイツは避けれる。
触手の動きをよく見ながら、ユキトは前に出た。正確には、右斜め前。右足で踏み込み、左足を出しながら、右を向く。すぐさま抜刀。振り上げる。
二本の触手がユキトの前後を通り抜けた。
ユキトは目の前の触手に向かって刀を振り下ろした。
こんにゃくを切ったような感触。小さい反発があり、その後刃が食い込む。鍛えぬかれた白夜の刃は、立ち止まることなく触手を切り落とした。
緑色の体液が、勢い良く噴き出す。ちなみに臭い。超臭い。
斬られた、というか斬った部分はしばらくのたうち回って動くのを止めた。なんというか、生命力溢れる触手だ。何度も言うが手っつーか口なんだが。
Buaoooooooooooooooh……!
痛々しい叫び声。アレに痛覚があれば、の話だが。ぶっちゃけどうでもいい。僕は痛くないから関係ない。
ユキトはすぐに走りだした。
いくら攻撃に使ったとしても、あの触手型の口はあくまでも捕食用。食事中に動く奴はいない。だいたいの生物は立ち止まって食事する。動きながら食う生物など魚とかくらいだ。
鎧殻蟲は、確かに生物としては規格外の体躯と力を持っているが、どこまでいっても生き物に変わりはない。
つまり、触手が出ている間は奴は動けない。
急襲。
一気に鎧殻蟲の頭上まで駆け飛び、首と胴の間接部をひたすら斬る。緑色の体液が、噴水のように噴き出す中、ユキトは斬り刻み続けた。
「羅ァァァァァァァァァァァァァァッ……!」
斬撃の嵐は止むことなく鎧殻蟲を引っ掻き回した。
Bugyyyyyyyyyyyyyy……!
悲鳴らしき声をあげる鎧殻蟲。頭が痛くなるくらいでかい声だ。だが刀を振るう手は休めない。
鎧殻蟲が身を捩らせた。バランスを崩される前に、ユキトは飛び降りる。もう少し斬りたかったが、まあ無理はすまい。
着地すると同時に、頭上から襲い掛かる触手を確認。すぐに回避する。触手は地面に食らい付き、陥没させた。マジであり得ないパワーだ。
ユキトは触手に接近し、横薙ぎにぶった斬る。鎧殻蟲は悲鳴をあげて触手を体内に戻した。
また興奮状態にでもなったか、雄叫びをあげる鎧殻蟲。とんだ化け物だ。つーか生命力が凄い。結構首根っ子を掻き斬ったので、深い傷になっているはずなのだ。普通なら致命傷。現に、緑色の体液を鯨みたく噴き散らしている。超汚い。
「もうくたばってもいいころだと思うんだがなぁ……」
少なくとも逃げてくれないだろうか。こっちとしてはこれ以上刀を汚したくないし。
果たして、鎧殻蟲は勇敢な奴だったようだ。
BuuuoooOOOOOOOOOooon……!
今日一番の雄叫びとともに、驀進してくる鎧殻蟲。あんなもんに挽かれたらミンチじゃすまない。土に混ざってしまう。
うわ、嫌だ。超嫌だ。
「……ま、その蛮勇に免じて最後までお相手つかまつるとしますか」
揺れ動く大地を駆け抜け、ユキトは跳躍。鎧殻蟲はユキトに向かって触手を伸ばしてきた。
身体を捻り躱しつつ――斬り落とす。
斬った触手を蹴飛ばし、反対側にあった触手に着地した。ヌメヌメだがあえて気にしない。駆け抜ける。阿呆な鎧殻蟲は、ユキトを狙って触手を伸ばすが、自分に食らい付く羽目になった。どんな味がするんだろう。気になったが、想像はしたくない。
触手の根元に到着するよりも早くに飛び上がる。鎧殻蟲は鎌状の腕を横薙ぎに振るった。風ごと巻き込むような一閃を、ユキトは躱してそのまま鎧殻蟲の頭上に再度飛び乗った。
傷から溢れる、少し勢いを失った緑色の噴水を見つめながら、ユキトは柄を握り直した。
「詰みだぞ、鎧殻蟲」
通じるわけでもないのにユキトは語り掛けるように呟き、刀を振り上げた。
「――白夜に染まりな」
そして振り下ろした。
◇◆◇◆◇
衝撃的だった。
シエルたちが到着した時、凄まじい悪臭とともに最初に見たものは、巨大な黒い塊だった。
あれが虫だと言われて信じることは、動いている姿を実際に見なければ出来そうにない。それくらいあり得ない大きさだったのだ。
平均的な民家くらいの大きさはありそうなくらいの巨体。ギロチンよりも強力そうな鎌状の腕などは見ただけで寒気すらする。
頭部らしき部分からはみ出ている長い管は、中にびっしりと生えた白い小ぶりの尖ったものを見るかぎり想像に堅くないが、あまりそれ以上は想像したくない。
――ユキト君はあんな怪物を……。
シエルは息を呑んだ。アニエも同じような反応をしている。だがリュカだけはきょろきょろとしていた。
「どうしたの?」
「そういえばユキト君は?」
「あ……」
そういえば。
目の前の巨大な生物を、ただの黒い塊にした張本人が見当たらない。一体何処に。
「あれじゃない?」
アニエが指を差した。シエルとリュカが同時に追う。木の下に、座り込んでいる白い髪の男性の姿。間違いなくユキトだ。
「あ……本当だ」
「いたね〜」
「でも、あれって……」
あんな化け物を倒したのだ。無傷で、とは考えにくい。
まさか、怪我をしたのだろうか。
そう思うと、身体が勝手に動いた。
「シエルちゃん?」
リュカが呼び掛けてきた。走り出しながら、「怪我してるのかも!」とだけ叫ぶように言った。本当に怪我なら悠長にはしていられない。
シエルがユキトのもとに駆け寄ると、暫くして二人も到着した。そして少し顔を見合わせて、シエルは恐る恐る近づいた。
ひどい臭いがする。あの鎧殻蟲の体液の臭いだろうか。これでは怪我をしているか解りにくい。外傷は見たところないが、やっぱり直接確認するしかないかな。
……いや、いやらしい意味じゃないけどっ。
「どしたの?」
「あ、な、なんでもないよ! えへへ……」
「ふぅん?」
リュカが首をかしげていたが、追及される前にしゃがみ込んで、手を伸ばしたところで、
「……すぅ」
と聞こえた。
「……もしかして」
「寝てんじゃないの、こいつ?」アニエがばっさりと言った。
「ぐっすりだね〜」
「……」
規則正しい寝息。明らかに寝ている。気持ち良さそうですらある。あ、睫毛長い……じゃなくて。
「本当に寝てるね……」
起こすのも憚れるくらい。それくらい熟睡していた。
もうちょっとこうして見ていたいような――。
「ん……?」
「はぅわっ!?」
ユキトの瞼が開いた。目の前いたシエルは驚いて尻餅を突く。
「お……なんだあんたらか」尻を叩きながら、ユキトは起き上がって言った。「――つか、シエル大丈夫か?」
「う、うん」
ユキトが手を伸ばしてきたので、それに捕まって立ち上がる。手が汗ばんだりしていなかっただろうか、などと思ったがユキトに気にした様子はない。杞憂だったみたいだ。
そういや、と白い髪の毛を右手で掻きながら、ユキトはアニエの方を向いた。
「馬車はどうしたんだよ」
「降りてきたのよ。感謝しなさい。あ……い、言っとくけどシエルがどうしてもって言うから仕方なくだからね!」
そこまで力説しなくても。
「感謝っつーか……いや、乗っとけよ。アホか」
「あ、アホですって!」
はあ、と溜め息をつくユキト。確かに、結果的にシエルたちはいらなかったが、ちょっと胸がちくんとした。
ユキトがこちらに目を向けた。視線が交差する。また小さく嘆息して、
「……ま、ありがと」
そう呟くように言った。ほんの少し、胸の辺りが暖かくなった。
「怪我とかはなかったか?」
「あ、うん」
怪我についてはこちらが聞くべきことのような気がするけれど、この分だと大丈夫なのだろうか。
「ユキト君は……」
「僕は大丈夫だ。まあ、強いて言うなら体液で超臭い」
ユキトは少し口の端を釣り上げた。釣られて笑う。
「とゆか、超臭いわよアンタ」
アニエが遠慮もなく言った。なんだか少し機嫌が悪い気がする。
「解ってんよ」
「だからあたしたちに近寄らないで」
「なんでそうなる。近付いたのはお前らだろ……」
「言い訳すんじゃないわよ臭男」
「臭男言うな」
そんなやり取りに堪え切れずにシエルはくす、と笑いを漏らした。ユキトはこちらを一瞥して、大きな溜め息を吐いた。ちょっと失礼だっただろうか。
そう不安になっていると、ユキトはシエルたちに背を向けて歩きだした。
「どこ行くの〜?」
リュカのそんな質問に、ユキトは顔を半分こちらに向けて返した。
「近くに川があるからな。洗うんだよ、身体を」
だから付いてくんなよ。
そう言ってユキトは森の中に入っていった。結構臭いを気にしていたらしい。少し失礼かもしれないけど、可愛いと思ってしまい、小さく微笑んでしまった。
◇◆◇◆◇
――らしくない。
ユキトは森の中を少し行ったところにある川で身体を洗いながらそう思った。
普段なら臭いなど気にはしない。そもそも一人だし、鎧殻蟲の血の匂いをさせておけば大概の敵は払える。
そいつを洗い流すなど、普段ならなかったことだ。
「……いや、一度だけあったか……」
あの頃も、僕は臭いと言われて必死で川で身体を洗った。まあ、どうかしている。開拓地のど真ん中で洗濯など。本気で笑われたし、それで慌てふためく僕はただの道化だった。
今もまた――。
「どうかしているな……本当に」
自嘲の笑みが漏れる。
嫌な笑みだ。反吐が出る。
まあ、そんなものは今に始まったことではない。悔いたところで、過去は過去でしかないのだ。
若干臭いは残るが、こんなものだろうか。ユキトは外套を軽く絞り、羽ばたかせた。身体は……どうせ汚れるのだ。こんなもので十分だろう。そう言い聞かせることにした。
刀と外套を脇に抱えて来た道を戻ると、三人が待っていた。何か話していたが、女の子同士の話だろう。
「あ、お帰りユキト君」シエルがこちらに気付いた。
「ああ。こんなとこでずっと待ってたのか?」
「え? あ、うん」
「臭くなかったか?」
「臭かったわよ」アニエが口を挟む。「鼻がひん曲がりそうだったわ」
「いや……場所変えればよかったんじゃね?」
何もこんな場所で待つことはない。臭いのに。ひん曲がって当然だ。まあ、安全面で言えばおそらくここ以上の場所はないだろうが。死してもなお王者である鎧殻蟲が横たわっているのだから。
「動くとアンタが迷うかもと思って……言っとくけど、リュカが言うからだからね!」
「シエルが言ったからとかリュカのが言ったからとか忙しい奴だな、お前」
「なんですって!」
アニエは顔を真っ赤にして激昂した。なんだ。逆鱗に触れたか?
「怒るなよ」
両手を上げて降参のポーズ。この状況に即しているのかは解らないが。
まあまあ、と割って入るようにリュカが口を挟んできた。
「アニエちゃんはアニエちゃんなりにユキト君を心配してるんだよ〜」
「な……」
「そうだったのか?」
仕方なく、だの言ってるあたり嫌々感があるんだが。
「照れ隠し、ってやつだよっ」
親指をビッと立てて、リュカはウィンクした。無駄に決まっている。
「違うわよ!」
「違うって言ってるぞ」
「照れ隠し照れ隠し♪」
「違うってば! もう!」
茹で上がったみたいな赤面のアニエ。リュカは何やら大爆笑していたが、何なんだろうか。アニエはこちらを見て、すぐにふん、と顔を背けた。何を怒ってるんだ。からかったのは僕じゃないぞ。
アニエの不当な恨みに首をかしげていると、別の視線に気付きそちらに顔を向ける。見るとシエルがじっとこちらを見つめて、難しい顔をしていた。
「シエル、どうした?」
「え……? あ、いや、なんでもないよ?」
はっとしたシエルは取り繕うようにえへへ、とはにかんだ笑みを作る。なんだか無理矢理な感じがしてならないが、深入りすまい。自分もまた踏み込まれたくはないから。だからユキトは気にしないことにした。
「そう。ならいいさ」
頷いて、ユキトは刀を腰に差した。さて、と三人を見回す。
「んじゃまあ、ここからは徒歩でメトス鉱山に向かうことになるわけだが、あんたらはどうする?」
「どうするって……行くに決まってるじゃない」
アニエがふん、と鼻を鳴らした。
「生活かかってるしね〜」
「そいつは切実だな。実は僕も家賃がヤバイ。今更ながら帰ることは出来ないわけだ」
「それがなんだってのよ」
腕を組みながら、アニエはイライラした様子で言った。ビタミン足りてないんじゃないのかこいつ。
「まあ、なんだ。とりあえず……死ぬな。絶対に」
開拓者という存在は常に死と隣り合わせだ。だからこそみな生き残ろうと藻掻く。
ユキトもまた藻掻き続けてきた。そして溺れていった奴らを大勢見てきた。
生きて。
あの時そう約束してから思い続けていた。
生きることほど難しいことはない。
ああ、それでも僕は生き続けるだろう。それが彼女と僕を繋ぐ唯一の絆だから。
そしてこの娘たちを守ろう。それはただのエゴで、罪滅ぼしにさえならないけれど。拾える命をも零せば、今まで助けられなかった者たちにも申し訳立たない。
「何言ってんのよ」ややあって、アニエが腕を組みながら言った。「あたしたちが死ぬわけないじゃない」
「だよね〜。飢え死にはするかもだけど」
「リュカ……でも、うん。大丈夫だよユキト君」
シエルは柔和な笑みを作ってみせた。少しだけど、見惚れてしまった。浅はかな奴だ、僕は。
「……そうか」
その微笑みを信用したわけではない。
大丈夫ということなど、この稼業においてはあり得ない。楽観的と言える。普段ならこんな甘い考えの者とは組まない。まあ、あくまで仮に組むとしたら、の話だが。
僕には何も言えないのだ。
誘ったのはユキトで、誘いを受ける権利は彼女らにあった。受けようが断ろうが彼女らは責められる言われはなく、ただ残るは僕への義務だけだ。
そう。義務だ。
果たしてどの口が言うのか。思い上がりも甚だしい。だけどやっぱり義務なんだろう。どれだけ傲慢であろうとも。それでも、この娘たちを守るのは、僕の役目なのだ。
何も正義の味方になろうなんて思ってはいない。ただ、一時の気の迷いだったとしても、彼女らを誘った時点で僕にはその義務が生まれていたのだ。
正直こんなのは罪滅ぼしにもならないただのエゴだ。レイニーあたりならまず間違いなくそう言って嗤うだろう。不様な負け犬の気迷った遠吠えだな、とか。馬鹿じゃねぇのと斬って捨てる可能性も高い。だったらなんだ。負け犬にも意地はあるんだ。今度こそ、僕は守ってみせる。これ以上何かを失うのは御免だ。
「――……くん……ユキト君……?」
「え? あ、ああ、何?」
唐突に、シエルの声に顔を上げた。どうやら大分俯いていたらしい。
「いや、下向いてたから……大丈夫?」
「実はアンタの方がブルってんじゃないの?」
アニエの茶化した言い方は妙に腹立ったが、なるほど言い得て妙だ。確かに一番臆病になっているのはユキトだろう。
「うるせー」
絶対に口には出さないが。
「怪我とかじゃない……よね?」
そう言って上目遣いでこちらを見てくるシエル。まったく。僕も男なんだがな。あんまりよろしくない。まあ、どぎまぎするわけじゃないから問題ないが。
「大丈夫さ」
そう言って微笑んでみせる。それでも不安げなシエルを見るあたり、自分の笑みの下手くそさを痛感せざる得ない。今に始まったことではないから、気には――なるけどもう遅い。
シエルは疑った表情を少し緩めて、「無理はしないでね」と言った。
「ああ」そう短く返事する。
「それじゃあ、れっつらご〜だね〜」
見計らったかのように、リュカが声高らかに拳を突き上げた。鼻歌まで唄っている。なんというか、気ままな娘だ。見ていていっそ清々しい。
「遊びに行くんじゃないのよ?」
などというアニエの溜め息混じりの言葉に、「解ってるよ〜」とまた緊張感のない返事をしていた。まったくもう、と嘆息するアニエ。
「でも、やっぱ元気は出してかないとね〜」
「そりゃあ、そうだけど……」
なんか違う気がするのか、いまいち釈然としない表情のアニエ。まあ、同感を禁じ得ない。
「というわけで、頑張ろ〜」
にはは、と笑うリュカは軽やかに先導を切って歩きだした。三度目の溜め息を発進の合図に、アニエも後に続いた。
鼻歌混じりに揚々と歩くリュカと、そのテンションについていけていないアニエの後ろ姿を眺めながら、ユキトは頬を掻いた。
「ねえ……ユキト君」
そう遠慮がちに言うシエルはよく解っている。まあ、それが普通なんだが。ユキトは言いたいことを重々承知していたが、
「何さ」一応、聞き返す。
「あれって……」
「ああ、そうだな。逆方向だ」
どうしたら一本道で道を間違えられるのか。リュカはどうやら致命的なくらいの方向音痴みたいだ。大丈夫なのか。というか、ダンジョンメイカーとしてどうなんだろうか。
「よ、呼んでこなきゃ!」
そう言ってシエルは慌てて二人を追って行った。そんなに慌てる必要もないんだが。
「なんつーか……前途多難だな」
出来ればこの程度のことで済んでほしいものだ。鎧殻蟲しかり、リュカの方向音痴しかり。
とりあえず、いるかどうかも知れない神様とやらに願っておくとしよう。




