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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
3/36

第一章<2> 慣れない優しさと出会い

 レイニーが教えてくれた開拓地は、純開拓地ではなかった。すでに“名持ち”のそこは、《メトス鉱山》という鉱山だった。

 開拓地には二種類ある。純開拓地と半開拓地だ。

 国が出来る前から様々な文明をもつアトラス大陸には、森林や山脈だけでなく遺跡なども多く点在している。そのため、森林や山脈など、ほとんど道もないようなものを純開拓地。遺跡など既に人か何かの手が加えられて創造されたものを半開拓地と呼ぶ。

 メトス鉱山は、明らかに手が加えられた坑道がある。半開拓地だ。今回はその坑道の続きを制作する。

 因みに“名持ち”とは命名された開拓地。誰でも付けられるわけではなく、協会の定めた一定ラインまで地図を制作したものがその権利を得る。ユキトが行った森は名無しだ。あともう少しで自分に命名権が与えられたが、暴風狼ゲイルハウンドの群に邪魔されたから既に水泡と化した。まあ取り立ててほしくもなかったのだが。

 以前は開拓地発見者に与えられていたらしいが、発見して名前だけ付けて帰ってくる“ネーミングカワード”と呼ばれる輩が現れたので規制がかかったらしい。どうだっていいと思う。

 とりあえずユキトは協会に赴いた。また絡んでくるネアをあしらい、メトス鉱山の地図作成を受注する。受注には契約金が必要で、協会の指定した金額を払わなくてはならない。これは開拓地ごとに値段が違う。危険区に新参者が入らないようにするための配慮らしい。そんなもの自業自得だと思う。

 幸い他に受注している人はいない。いたらどうだと言うわけでもないが、面倒だ。

 他に受注している人がいる場合に備え、ダンジョンメイカーとして協会に登録する際、とある契約書を書かされる。曰く「協会は双方で起こったトラブルには関与しません」というものだ。だから喧嘩になって殺し合いになっても協会は知らん顔する。斡旋してるわりにその対応はどうなんだろうかとユキトは常日頃思う。

 そんなわけで、基本的にダンジョンメイカーは先約がある場合は諦めて違う場所を選ぶ傾向にある。それを利用して相手の金品を奪う下衆もいるのだが。まあ大体そういう奴らは最終的にでかいギルドに手を出して、出る杭よろしく打たれる羽目になるが。

 なんにせよ、ユキトはメトス鉱山の地図作成を受注し終えた。まだ絡んでくるネアを引き剥がし、あとにする。ネアが最後に何か言っていたが、一切聞く耳を持たなかった。どうせくだらないことだ。


◇◆◇◆◇


 ユキトの住居は第二区にある。東大通り――Br(ブリリアント)ストリートに隣接する区画の一つだ。

 貸し宿〈芙蓉亭ふようてい〉。

 一月で二万エルという良心的価格の貸し宿だ。ただし食堂は別料金。家賃を払わないと何も言わずに放り出されるという素晴らしい宿屋だ。

 ユキトは探索を明日にしたため、今日のところはおとなしく休むことにした。どうせすぐに出ても、現地で夜を明かさなくてはならない。単独ゆえに眠れない夜を過ごす羽目になるだろう。ならゆっくり休んで、明朝に出発したほうがいい。

 一階は食堂になっているので、戸を開けるといい匂いが鼻をくすぐった。宿屋の主であるティエリッタは料理が上手い。数少ない美点だ。

 自室に向かうべく食堂を突っ切る。が、左側面から飛来物を感知し、体を引いた。目の前を包丁が通過し、ユキトの右側の壁に突き刺さった。

 包丁の飛んできたほうを見ると、投げ終わったモーションで停止しているティエリッタがいた。包丁は刺さらなかったが、視線はユキトに突き刺さっている。

「挨拶くらいしなさい」

「……うす。ただいまです」

 ユキトが素直に挨拶すると、ティエリッタは手で何かを寄越せ的な仕草をした。一瞬家賃かと思ったが、まだ大丈夫のはず。悩んでるとティエリッタの仕草が激しさを増した。そこで漸く気付く。――なるほど包丁か。

 壁に刺さった包丁を抜き、ティエリッタのもとまで持っていく。「――遅い」……すいませんね。つか投げるほうが悪い。人がほとんどいなかったからよかったものを。一歩間違えれば死人が出ていた。法治国家なんだから殺人未遂はやめてほしい。

「ああ、僕、明日また出かけますんで」

「そ。家賃さえ払えば問題ないわ。それで、明日は何時に出るの?」

「五時に出立します。近くを通る隊商キャラバンがあるんで」

「なら朝食は四時ね。ただし別料金よ」

「あ……どうも……」

 ユキトの返事を聞くなりすぐに俎板に視線を落とし、ティエリッタは無表情で、用が済んだらさっさと行けと言った。ユキトは軽く会釈をして、階段に向かった。

 ――ありがとう。

 その一言がなぜ言えない。そんな自分自身の腑甲斐なさに呆れた。


 部屋はワンルームとなっている。装備品と上着を脱ぎ捨て、インナー姿になってベッドに腰掛ける。必要以上のものは置かれていない部屋を見渡し、寝転がった。今日は疲れた。そう思うと微睡みそうになる。

 駄目だ。明日の用意をしないと。ユキトは眠りたい気持ちを堪えて、起き上がる。

 上着と一緒に置かれた刀を取り出す。《白夜びゃくや》の名を持つ刀。遥か東方のアトラス大陸から少し離れた小さな島――凰州の刀の聖地、瑠璃天竺で生まれた刀だ。

 『斬る』というその一点に置かれた刀は、アトラス大陸でも数多の剣士を魅了した。刀剣を一から作る鍛冶士が少ない現在、瑠璃天竺の名を世界に知らしめるのにはさして時間は掛からなかった。実際に買おうと思えばそれこそユキトの三年間分は払わないといけないだろう。

 白夜は買ったものではない。奪ったものであり、託されたものだ。形見というには重すぎて、罪の証と言ってしまえば軽すぎる。

 そんな代物だ。

 いっそ捨ててしまえば楽かもしれない。だけど、捨てることさえ苦しくなる。こいつを振るたびに、心のどこかで折れろと願う自分がいる。だがこいつが折れるとき、それは自分が死ぬときだ。だから折れない。こいつはずっと自分とともにいるのだろう。

 そんな腐れ縁みたいな刀の刀身を軽く研磨して、油を薄く染み込ませた布で拭く。真っ直ぐ立てて、簡単に点検し、二、三度振って鞘に収める。

 ホルスターのような革ケースに挟まれた投剣も確認。“もしも”の時の短剣も点検した。細々したことは適当に済ませる。時間を見ればもう夕飯時だった。先に食べておけばよかった。ティエリッタの食堂は基本的に宿泊者以外でも利用出来る。階下はもう人が結構いるだろう。同業者もいる。あまりいい顔はされないだろう。

「仕方ない……先にシャワーを浴びよう……」

 ユキトは溜め息を吐きながら立ち上がった。お腹がぐーっと鳴った。

「腹減ったなぁ……」

 お腹を押さえて、ユキトはポツリと呟いた。実は昼飯も食べていないのだ。真剣倒れそうだ。

 限界が近いことを示すが如く、またぐーっとお腹が鳴った。


◇◆◇◆◇


 明朝四時過ぎに目を覚ましたユキトは、軽い柔軟をしてから服を着替えた。黒いインナーに、薄っぺらい防具を付け、ボロい黄色のラインが入った黒の外套を羽織る。ズボンも外套と似たようなもので、まあ全身黒ずくめだ。白い髪だけが浮いていて、ちょっとしたモノクロになっている。

 黒は隠れるときに便利な色だ。単独ゆえに開拓地内では目立った行動が出来ない。そのための装備だ――が髪だけはどうしようもない。いっそ黒く染めようかとネアにポツリと漏らしたら、猛反対された。曰く「その髪と目と顔を取ったらユッキーには何も残らない」らしい。失礼な奴である。まあ、面倒臭くもあったからユキトも放置している。今のところ問題はないから大丈夫だろう。

 剣帯とウェストポーチ、ホルスターを腰に引っ提げる。ボードなどの入ったANBEL-FORN製の荷袋を肩から下げて、ユキトは階下に向かった。


 食堂にはティエリッタがいた。いい香りが漂ってきた。朝食を作っているのだろう。結局昨日食いっぱぐれたユキトの本能は耐え切れず鳴きまくった。空腹は臨界点を突破するとなぜか消えるもので、ユキトは昨日耐え切ったのだが。やはり鼻を擽るこの誘惑には勝てないらしい。

 ティエリッタもその腹の音に気付きユキトを見やった。どんだけでかい音なんだと思いつつ、苦笑しながら挨拶した。

「おはようございます」

「五百エル」

「はい?」

「朝食代よ」

「安くないですか?」

「高いほうがいいの?」

「いえ、安いほうがいいです」

 ユキトは財布から五百エル金貨一枚を取り出した。ティエリッタにそれを渡すと、代わりに朝食のライスとスープとサラダをくれた。パンではなくライスを出してくれたのには少し驚いた。

 エンツェリア王国は米価が高い。だからライスを頼めば千エルは越える。それを五百エルにしてくれた真意はユキトには推し量ることは出来ないが、貧乏人にはありがたい。

 ユキトは盆に載せたそれを持って、適当に円テーブルの席に付く。この宿に住まう同業者たちは今日はオフか、昼からの遠征なのか、降りてくる気配はない。ありがたいことだ。ユキトは手を合わせてから食べ始めた。

 スープを一口飲む。おいしい。あとは一心不乱に食べた。昨日は一日まともな食事を摂っていなかったから、素晴らしくおいしく感じられた。

 ティエリッタがユキトの方にやってきた。向かいに座る。ふう、と息を吐いた。なんだろうかとサラダを口一杯に含みながら上目遣いで見やる。ティエリッタはその視線を理解したかのように、

「休憩中よ」

 と言った。

 合点いったユキトは再び食事に取り掛かる。ティエリッタはそんなユキトを見て溜め息を吐いた。

「……アンタさ、昨日夕飯はどうしたの?」

「はふぇふぇはへふ」

「飲み込みなさい」

 高速で噛み砕いて飲み込む。

「……食べてません」

「なんで」

「なんでって……うーん……」

「あたしの飯が不味いから?」

「いやいや。それだったら今食べてませんよ。ティエリッタさんの料理は最高です。……そうですね。強いて言えば空気を壊したくないから、かな」

「……」

「ティエリッタさんには感謝してます。僕をここに置いてくれてますから。だから、迷惑は掛けたくないんですよ」

 嘘偽らざる本心。

 ユキトは何度も宿を変えている。大体は追い出されてだ。同業者と暴力、果ては刃傷沙汰になったことが原因だ。抜いたのは向こうが先だったとしても、悪いのはユキト。迷惑だと追い出された。極力ユキトが同業者と顔を合わせないようにするのはそのためだ。

 ティエリッタの主義は喧嘩両成敗。それに、家賃を払えば追い出したりはしない。フルボッコにはされるのだが。

 ユキトはティエリッタに本当に感謝している。ここはユキトにとっての帰る『家』だ。

 料理を平らげ、時間を見る。四時半過ぎ。もう出たほうがいいだろう。というかもうでなければまずい。

「ごちそうさまです」

 立ち上がり、盆を運ぼうとすると、ティエリッタに制止された。

「置いときなさい。やっとくから」

「え? あ、ありがとう……ございます」

 すんなりと出た礼の言葉にユキトは内心驚いた。が、顔には出さなかった。

「いいからさっさと行きなさい。……ああ、これは餞別」

「餞別?」

「昼飯」

 目をしばたかせた。目の前の包みを見る。昼飯。お昼ご飯。誰の。僕の?

「特別にただであげるわ」

「あ……ありがとう……ございます」

 ユキトはそれを手に取り暫く見つめた。暖かい。中はおにぎりだろうか。なんとなく形と匂いでそんな気がした。実際少し包みを開けて覗いたら、三つおにぎりが入っていた。

 でも、なんで。

「時間はいいの?」

 そう言われてはっとする。そうだ、集合場所の北門まで行かなくては。第三区の端の端だ。ここからは時間も掛かる。

「や、やべ……い、行ってきます」

「はいはい」

 ユキトは手に持ったそれを物入れに入れることも忘れ、芙蓉亭を出た。

 閉まった扉を暫く見つめ、ティエリッタは呟いた。

「気の使いどころが違うでしょうに……だからあんなにぎこちない礼になるのよ」


◇◆◇◆◇


 かなりギリギリだった。つか舐めてた。芙蓉亭から北門までの道程を舐めてた。中の路地を通って、ガラ・ド・アークから北大通りであるLK(ロイヤルキング)ストリートに出た。

 二十分あれば着けると思っていたが、いや、普通に考えれば無理だ。ユキトの考えが無謀だっただけだ。お陰で朝から全力で走る羽目になった。

 途中、ティエリッタの作ってくれた昼食を手に持ったままなことに気付き、荷袋に入れた。走って揺れたから中身は無事だろうか。いやそんなことより、

「ぜぇ……ぜぇ……」

「朝から死にかけだな兄ちゃん。急がんでも、濃霧で三十分出発がずれたぞ」

「ま……マジかよ」

 昨日、道中の護衛という条件付きで格安で乗車許可をしてくれた隊商のリーダー、モーノフの言葉にユキトは脱力した。汗まで掻いて走ってきていきなりこの落ちはないだろう。

「大丈夫か?」

「大丈夫……じゃないです」

「荷台で休むか? 着いたら起こしてやるぞ。確かメトス鉱山だろう?」

「あ、はい。じゃあお言葉に甘えます」

 ユキトはよろよろと荷馬車の荷台に乗り込んだ。隅っこに座る。汗が引いて寒くなってきた。まだ季節的には暖かい時期だが、朝は寒い。冷えそうだったので、荷袋から丸めた毛布を取り出し羽織った。

 そこまでした時に、ユキトは荷馬車に他の人がいることに気付いた。くたくただったので、視線を感じるまで気が付かなかった。薄暗い、というのも原因のひとつだろう。

 目も慣れてきて、ユキトが見やると、映ったのは三人の少女だった。同い年か下くらいの少女だ。

「………」

 無言で見つめられているものだからユキトは対応に困った。どうすればいいんだ。向こうの目には若干警戒の色が浮かんでいる。半ば不審者みたいにみられているのか。それはそれで失礼な話だと思うが。

 それはさて置き真剣にどうすればいいんだろうか。視線を外すのもわざとらしい。かといって膠着状態ってのも辛い。何か話すべきか。でも何を。

「あの……」

 ユキトが懊悩おうのうしている時に三人のうちの一人が口を開いた。綺麗なきめ細かい、実は絹と言われても信じてしまいそうなくらいの美しい亜麻色の髪を、おそらく肩甲骨辺りまで伸ばしている少女だ。宝石かなにかを思わせるような碧眼が印象的である。薄暗さの中でもそれが解るほどだ。思わず息を呑んでしまった。

 にしても、今のは呼び掛けたのか。多分そうだろう。

「何?」

 長い間顔見知りとしか話さなかったユキトの答え方はかなりドライなものになった。向こうはびくっとして「--いえ……すいません」と黙ってしまった。やってしまったようだ。ま、もうどうにでもなれ。小さく嘆息する。

「ちょっとあんた」

「……何?」

 今度は違う少女が立ち上がって凄むように口を開いた。赤毛の少女だ。まあ見た目からして気の強そうなタイプである。

「じろじろ見てたくせにその態度はないんじゃないの?」

「は……? いやいや、じろじろ見てたのはあんたらだろう」

「言い訳すんじゃないわよ見苦しい。変態ってのは概してそーゆーのよ」

「変態……はひどくないか?」

「変態以外に何があるってのよ」

「ちょっとアニエ……言い過ぎだよ」

「そだよー。アニエちゃんお口チャックだよー」

 アニエと呼ばれた赤毛の少女はしかし、二人の少女らの制止を聞かず、反論した。

「こいつは変態なのよ? 下手に出たら絶対付け上がってくるんだから!」

「取り敢えず言いたいことは多々あるが……まず変態言うな」

「ご、ごめんなさい。口は悪いけど悪い子じゃないんです」

 亜麻色の髪の少女が頭を下げた。ユキトはどう答えればいいのかよく解らなかった。一応何か返事すべきかと口を開こうとしたら、アニエなる少女が亜麻色の髪の少女を叱咤した。

「シエル! こんな奴に謝る必要ないって言ってるじゃない!」

 何を判断基準としてこんな奴呼ばわりされているのだろうか。たとえどんな基準だったとしても失礼極まりない。

 もう一人の少女――黒髪に琥珀色の瞳という珍しい組み合わせの少女は、「どうどう」とアニエを押さえていた。馬か。馬なのか。それとも鹿か。馬鹿うましかか。

「放しなさいよリュカ! その変態をぶん殴れないじゃない!」

 リュカと呼ばれた黒髪の少女は、だめだよー、とちっとも駄目そうじゃない間延びした制止を掛けた。もっと必死に止めてくれないだろうか。そいつ僕を殴ろうとしてるんだよ。悪いことなんにもしてないのに。

 ユキトは溜め息を吐いて、ティエリッタに貰ったおにぎりをアニエに放った。ぽす、とその手に納まる。

「何よこれ」

「おにぎり。あげるからおとなしくしてくれ」

「ふざけんじゃないわよ!」

「おっと」

 投げ返された。どうやらおにぎりはお嫌いなようだ。

 まあ、もともと自分のおにぎりだ。突っ返されたならお昼に自分で食べればいい。

 ユキトがおにぎりを物入れに仕舞おうとしたあたりで、じーっとこちらを見る亜麻色の髪の少女――シエルだったか――の視線に気付いた。

「……どうした?」

「あ、いえ……なんでもないです……」

 シエルは慌てて俯いたが、上目遣いでこちらをまだ見ている。僕になにかあるのか。

 ふと考え、もしかしてと思い尋ねてみた。

「これ、食べるか?」

 シエルが顔をばっと上げた。「――いいんですか!?」

「別にいいよ」

 どうやら当たりだったらしい。ユキトはおにぎりを放り投げた。シエルは飛び付くような勢いでキャッチした。いそいそと包みを開き始める。しかし途中でピタリとその手を止めた。

「本当に……いいんですか? あの……返せるものとかないんですけど……」

「別にいいって」

 ユキトは肩を竦めてみせた。シエルの顔がぱあっと明るくなるのが薄暗い荷台の中でも解った。「――いただきます」おにぎりにぱくつき始める。

「そんなにお腹空いてたのか?」

「ふぁい」

「食べてからでいいよ」

 ユキトの言葉を聞くやいなや、再び食べ始めた。ユキトは可笑しくて笑ってしまいそうになって、必死に堪えた。

「ねー」

 笑いを堪えているところに、リュカが声を掛けてきた。危うく吹き出すところだった。

「……なにさ?」

「なんで笑ってるの? まあいーや、おにぎり三つあるけど、わたしも貰っていい? もーお腹空いちゃってさ〜」

「ああ……うん、いいよ」

 本当はユキトの昼食だったが、あんなに空腹を顕にする少女たちを見て見ぬ振りするのも後味が悪い。ティエリッタもきっと許してくれるだろう。多分。シエルとリュカのおにぎりを一心不乱に食べる姿を見てそう思った。

「……っと……ちょっと!」

「え、あ、なんだ?」

 少し上の空だったようだ。アニエの声に慌てて返事する。

「……も」

「はい?」

「あたしも貰っていいかって聞いてんの! 察しなさいよ変態!」

「なんで変態呼ばわりするような奴にやらないといけないんだよ」

「だってあんたの名前知らないもん」

「ああ……」

 そういえば名乗ってない。会話の流れで三人とも名前が解ってしまったから名乗った気になっていた。しかし、こいつは初対面の名前が解らない人間に対して変態と呼ぶのか。街の外じゃ殺されても文句言えないぞ。

 ユキトは深い、それはもう海よりも深い溜め息を漏らした。

「――僕の名前はユキトだ」


◇◆◇◆◇


「じゃあ、やっぱあんたら同業者ダンジョンメイカーか」

 馬車が発車して十数分ほど経った頃だ。

 荷台の中、互いに自己紹介も終わり、ちょっとした会話をしていた。装備などからある程度予想していたが、目の前の三人はダンジョンメイカーらしい。

「はい。まだネイルに来て浅いんですけど」

「まだ一ヶ月くらいだよねー」

「へえ……生まれは一緒なのか?」

「なんであんたに言わないといけないのよ」

「お前には聞いてない」

「なんですって!」アニエがなにかを投げてきた。

「おっと」

 首を捻って避ける。それは後ろで弾けて転がった。どうやら梅干しの種のようだ。おにぎりの中身は梅干しだったのか。しかし投げるな。恩を仇で返す気か。

「わたしたちはネイルに来る途中で知り合ったんです。年も近かったので」

「そうなのか」

 髪や瞳の色などが三人とも違ったのはそのせいか。土地柄にはそこまで詳しくはないが、リュカなどは東洋系の顔立ちをしている。シエルも若干東洋系寄りだ。多分、大陸東方の国から来たのだろう。確かあそこには楼帝国やクノーベン独立自治領があったはずだ。

 反してアニエは見た感じは西洋系の顔立ちに見える。国内の生まれかもしれない。エンツェリアは小さい集落なども多い。それが嫌で王都に来るものだって少なくないのだ。だからなんら不思議ではない。

 まあ、彼女らの生まれなんて実際のところどうでもよかった。ただ、新参者ニュービーかとは思った。胸がズキンと痛んだ。ああ、嫌だ。本当に。嫌でも思い出してしまう。

「ユキトさん……?」

「え……あ、なんだい?」

「大丈夫ですか? 胸を押さえてますけど……」

 シエルに言われてはっと気付いた。ユキトは右手で胸を押さえていた。無意識とはいえ……女々しいな。

「なんでもないよ。気にしないで」

 下手くそな笑顔で笑いかけた。さっさと話題を変える。

「それより……あんたらはどこに行くつもりなんだ?」

「えと、メトス鉱山ていう場所に」

「へえ……え? 今、なんて?」

「メトス鉱山です」

「……嘘だろ?」


 考えてみれば仕方ないのかもしれない。こちらに来て一ヶ月ということは初心者だ。ダンジョンメイカーとしてはまだ一ヶ月も経っていないだろう。ルールだってある程度頭で解っていても、失念することはある。ベテランの間でもこういうことはよくあるのだから。

「本当にごめんなさい……! わたしたち、気付かなくて……」

「いや、いいって。向こうの手違いだったのかもしれないし」

 平身低頭で謝るシエルを見ていると、自分のほうが悪い気がしてくる。

「でも、どうしようかー。やっぱユキト君が先に登録してたなら、譲ったほうがいいよね?」

「あたしは嫌よ! リュカだって今の状況解ってるでしょ!」

「うーん……だよね〜……」

「状況……?」

 思わず尋ねると、リュカは照れたように頬を掻あた。

「実は恥ずかしながら、わたしたちめちゃ貧乏なんだよ〜」

「朝ごはんもまともに食べてきてなくて……」

「ああ……」

 だからおにぎりにあんな食い付いていたのか。

 しかし年頃の少女が極貧生活とは。ユキトも決して裕福なわけではないが、なんだか不憫に思えてきた。

 だからだろうか。

 それとも別の理由からきたものか。

 それは自分では解らないが、気づけばユキトは、

「なら……一緒に行くか?」

 そんなことを口走っていた。


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