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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
29/36

第一章<28> 今はただ

「右翼の態勢を整えろ! 総崩れになる!」

「総長、後方から新手です」

「ち……うじゃうじゃと……蒼樹、お前に任せる。雅呂鵜ガリョウを連れていけ」

「了解しました。雅呂鵜」

「……応」

 後方に向かう部下を一瞥し、前の敵に視線を戻す。

 しかし煩わしい。

 所詮は寄せ集めか。

 手足の如く動く部下たちに比べれば、今いる者など烏合の衆だ。ちらほら優秀な者もいるが、実力のない無能が足を引っ張る。

 下手をすれば全滅の可能性すらある。

 三名が死んだ。

 敵は悪魔ではなく奴らの玩具。ヒトガタで人間サイズだが、あれは決して人ではない。卵のような形の胴体から四肢が生えている。意味が解らない。ひどく醜悪だ。不気味なほどに剥き出しの双眸が嗤う。

「あれが《庭師ガーデナー》か……?」

 だとすればおかしい。いや虚しい。

 あんなものに過去最強と呼ばれた男は散ったのか?

 手応えとしては雑魚の部類だ。固体数が多く連携を組んでくるとはいえ、Aランク以上のダンジョンメイカーが苦戦するほどの敵ではない。

 とはいえそんな奴らに追い詰められつつあるのだから、蘇芳も肩を竦めるしかない。

 だが当時最高峰の技量を持つ騎士ならば苦戦はするまい。今蘇芳の隊が攻め立てられている原因は抱えた無能のせいなのだ。

「煩わしい……」

 こんなところで手をこまねくわけにはいかんというのに。

「――苦戦中ですか?」

 どこか飄々とした声。

 前方の卵形の人形の身体が割れた。中から黄身がでるわけではない。臓物が出て来ただけだ。

 それを見下ろす男。手には見るからによく斬れそうな朱い刀身の長剣。珍しい、妖精鉱ローレライを鍛えて造られた剣のようだ。

「ふむ……最低限の構造ということですか。脳と心臓と肺しかありませんね」

「継ぎ接ぎか」

「出来ればドミニクとお呼びいただきたいですが」

「ふん……それで、何の用だ。解剖実験なら他所でやれ」

「救援に来たのにこれはひどい」

 クックッと嗤うドミニクを名乗る男に、蘇芳はただ眉をひそめる。

 ドミニク・ベイルドット。

 もともと名のある名家の人間らしく、多くの貴族や権力者と繋がりを持つ《継ぎ接ぎおばけフリッケライガイスト》の頭。ベイルドットなどという家名は聞いたこともないし、おそらくは偽名だろう。白蓮とはまた別の意味で嫌いな男だ。一言で表せば掴み所がない。そのくせ実力はSランクと折り紙付きだ。資金も豊富で、四大ギルドでは中心的立ち位置にいる。

 だが犬猿というわけでもない。折り合いを付けて接しているし、関係としてはさほど悪くはない。ただ信用ならない相手だ。

 まさに幽霊ガイストのような存在といえよう。

「もし生き残りがいたら、貴方たちに死なれていては困りますしね」

「この程度で死ぬものか」

「しかし人間は脆いものですよ。どれだけ鍛えていてもその肉体は鋼よりは劣るでしょう?」

「だが意思は違う。用はそこだ」

「盤石の意思ですか。それでまかり通る世界ではありませんよ?」

「甚だ遺憾なことにそれを体言している男を知っているのでな」

「ふむ……? ああ、なるほど」

 含みのある笑みに苛立ちを覚えるが抑えた。

「手助けには感謝する。借りは何らかの形で返そう。とっとと先に進め」

「ふむ……ではそうしましょうか。ランヴォル、先導を」

「アイサー」

 手斧トマホークを腰に提げた大男がいた。これだけに大きさを誇っておきながら気配を消していた。何かがいるとは思っていたが、少しばかり油断が過ぎた。やはり奴は危険だ。その手駒も。

 大男は先に進む。それに続いてドミニクの隊も進んで行った。

「総代……」

「なんともない。進むぞ。じっとしていたらまた囲まれる」

「……了解」

 蒼樹が隊を整えに向かう。

 死亡者は放置。弱者は死ぬだけだ。

 全ては意思だ。

 今の奴は弱々しかった。だがただ一つ、意思があった。

 奴はどこまでも生を渇望していた。

 どれだけ忌まれようと。どれだけ傷付こうと。どれだけ失おうと。

 奴は生きている。

 その一点において、蘇芳は白蓮を認めていた。

 今も昔もいけ好かない餓鬼だが、今は昔より人に見えるのだ。必死に泥にまみれ醜くもがき生きようとする人間に。

 ただ人を刻むだけだった男にどういう心境の変化だろうか。

 それがあるいは凰州での出来事なのかもしれない。

 かの地で何があったのか。詳しいことは解らない。閉鎖したあの国に、そのような情報を得る機会はなかなかない。凰州からの難民は往々にして下級民だ。王と貴族が情報を独占し、民はごく僅かな情報しか得られない。

 解っているのは三つ。

 光武帝は《剣雄》白蓮によって殺された。

 息子の黒耀は次期国王として天鷲帝の名を授かった。

 そして白蓮は。

 黒耀の手によって討たれた。


◆◇◆◇◆


「――ほっほぅ?」

 庭は敷地だ。面積にして四千三百エレクタール。鮮血と情熱の麗しき女王陛下から賜った庭と邸宅。彼は意外に満足な生活をしていた。

 ここは比較的穏やかな気候で、夏は涼しく冬はクソ寒い。それでも同期のファルデモット・ベル・ドンドラコン・ブリオーネ・シトドリエール・ブランキエル男爵の賜ったあの一秒立ち尽くすと全身が凍るあのクソのような雪山よりは遥かに暖かい。

 女王陛下の避暑地としても使われるここを維持するのが彼の役目だ。

 最近途絶えがちだった裸虫の侵入が気付けばこれで二度目だ。よくもまあ汚い足でここに入ったものだと関心すらしてしまう。自室の窓からそれを眺め、彼は顎をさすった。

「フムフムフムフム……なるほど。妙に騒がしい朝かと思えば……なーるほどなるほど。ハイハイそういうこと。吾輩、麗しき女王陛下の庭を任されている身としてはなんとも……許せねぇよクソ虫どもが。まあいいでしょう。あの不躾なクソ虫が何度この庭を踏み荒らそうともこの吾輩の忠実な下僕どもがぶち殺してくれるでしょう。アーヤダヤダ殺虫剤撒いたほうがいいかな散布式の。でもなー枯れちゃったら怒られるもんナー。あ、虫食い植物がいいカモね。でもあれ女王陛下嫌いとか言ってた記憶が二百十五億七百五十五万二千秒くらい前に聞いたような気がするんだよネー。うんと可愛い系選んだら喜ぶカナー。今度聞いてみるカナー。とゆーか次の謁見ていつだろ? あー女王陛下に抱かれてー。あのプリップリのケツやべーもんなー。揉みしだきてーよ……はっ、ダメダメそんなよこしまなこと考えちゃ……めっ! 心頭滅却煩悩退散! 女王陛下はみんなのアイドルなんだから! ……じゃあよくね? アイドルをエロい目で見たってよくね? ファンの自由じゃね? いやダメダメ。あの執事気取りのクソ優男がいらんことしてくるもん。……とゆーかうるせーよ外! 外! 外がよ! もー腹立つなー! 何? 嫌がらせ!? 近所迷惑もいいとこだよ! 不眠症とかになったらどうする気だよマジでさありえねーって下等生物の分際でよぉ。ちょっとエリオ君! セーラちゃん! 外うるさいよ! どうにかしてくれない! 返事しろよ! あーじゃないよ! 解りましたご主人様でしょ! ……ああいけね。そういやこの前ムカついて声帯引きずり出してから直してねーんだ。いいや別にいいよね? あーじゃねえよ! いいから外の虫退治してこいよ! ペスとペロ連れてっていいからさ! 散歩がてら行ってきて! 吾輩これから二度寝するから! オーライ? だからあーじゃねえっつってんだろーがぶっ殺すぞ! 早く行けって! ってはや。窓から飛び出さないでよガラス掃除あとでちゃんとしてねー?」

 彼が作り上げた人形は芸術的とよく言われる。

 当然だ。

 ありとあらゆる面で秀でた彼が作り上げた傑作だ。

 毎日が傑作だ。

 しかしそろそろ冬も近づいて来たのだろうか。ここ最近ちょっと寒い。上着を羽織る。最近仕入れた革製のジャケットが彼のお気に入りだ。銀のアクセサリーまで付いている。超いい感じ。

 まあ原材料は裸虫なんだけど。

 鞣すと結構いい感じなんだよね。

 しかし裸虫は服の材料にはいいがペットにはあまり向かないようだ。彼は肩を竦めてやれやれといって溜め息を漏らした。

 血まみれの寝台。

 手加減したつもりだったんだが、どうやらじゃれているうちに死んでしまった。やっちゃった。まあ、仕方ない。こういうこともある。彼はそう思うことにした。どうせあとはうちの下僕が処理してくれるだろうし。

 彼は再度窓の外を見やる。

 そういえば最近運動不足だ。

 どうせだから裸虫を使った運動をしてみるのもいいかもしれない。どっかで流行ってるらしいし。裸虫食べるんだって。ムリムリ。絶対マズイ。

 ご飯のことを考えたらお腹が鳴った。

 ジュキューン。わお銃声みたい。

 とりあえず腹ごしらえをすることにした。


◆◇◆◇◆


 血と汗が混ざる。

 悪臭が鼻を刺す。

 懐かしいとさえ感じるこの高揚はなんだろうか。

「剣戟……近いな」

 一歩進めばプチプチと肉片を潰す音がする。

 血と肉で出来た道は長く、それはユキトの軌跡でもあった。

 歩みは止めない。

 ただ進みつづける。

 そして行き止まりだった。

 正確には違う。太い茎が絡み合った壁は、入り口のそれと同じ。これが僕らの世界に帰るための出口だ。

 僕にとっての《地獄》に。

「座標はあってるな」

 端末ボードの自動トレースは完了している。これなら問題はないだろう。あとはアルグたちを追うだけだ。

 無事でいてくれればいいのだが。

 やけに嫌な予感がする。

 こういう時の勘は悲しいことによく当たる。急いだほうがいいかもしれない。ユキトは端末を仕舞い、立て掛けていた刀を拾う。柄も血に塗れている。殺しの剣だ。しかしそれを望んだのは僕自身なのだ。

 《白夜》。

 本当ならお前は人を活かす剣だったはずなのに。

 鴫浪の剣なら、お前は本当の意味で誰かを救うことも出来たはずだ。

 だけどこいつは僕を生かす。一番僕を怨んでいるのは紛れも無い、こいつなのに。こいつはただただ一本の刀として在りつづける。

 それに救われてきた。今日まで。そしてこれからも。

「生きろ、か……」

 ――白蓮、君は生きろ。

 何故鴫波が僕を生かしたのかは解らない。自らの命を捨ててまで、救う価値が僕にあったとでもいうのだろうか。

 結局、僕は全てを失ったっていうのに。

 あの頃の僕は、あの子がいればそれだけでよかったのに。この世はどうしてままならない。解っていても、やるせない。

 だけど、まだだ。

 鴫浪だけじゃない。あいつとの約束を守るためにも。

 もうこれ以上無くさないためにも。

 僕はきっと走り続けなくてはならない。

 どれだけ醜く転んでも。

 どれだけ無様でも。

 今は走るんだ。


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