第一章<22> 弱ってて
どうにも……最近休日何をして過ごしてるか思い出せない。どれだけ無為に過ごしてるんだろう。なんか泣けてくる。
でも小説は書いている。
そんで気付けば投稿している。
一体僕はこれをいつ書いてるんだろう。
なんか朧げ。
いやホント。
なんで意識をしっかり保つことをこれからの目標にします。
「……朝か」
頭痛い。軽い二日酔いだった。珍しいこともあったもんだ。本当に酔っていたらしい。
結局あの後もう二軒梯子して、シモン含め数名が道端に嘔吐したのを機にお開きとなった。ちなみにぶっ倒れた馬鹿どもを引っ張っていく羽目になったのだが、これに関しては《鬼火》の酔っていない面々に深々と礼をされたので相殺とした。
帰ってからシャワーを浴びることなくベッドに潜り込んだらしい。身体がギトギトだった。
「とりあえずシャワーだな」
気持ち悪くて敵わない。
服を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。酷い二日酔いというわけでもないが、あんまり熱い湯を浴びるのもどうかということでぬるま湯にしたが、それほど気にすることではなかったかもしれない。
さっぱりしたところで詮を締め、バスルームから出る。
身体を拭きながら、時間を確かめるためにボードを開いた。
「午前十時……と四十五分。ほとんど十一時っつーかもう昼寸前だな」
寝坊もいいところだ。
いろいろ準備もしないといけない身なのだが、まずは腹拵えか。
などと大まかに予定を考えていると、戸を叩く音がした。外の気配からして約二名。朝早いとは言わんが、こんな時間に押しかけて来る用事はさてはてなんだろうか。
「予想は付くが……」
頭を掻きつつげんなりとした声を漏らす。
再び戸を叩く音。
少しくらい待てないのか。せっかちな奴だ。こちとら服も着てないというのに。
しかし向こうは知ったことかとまたもやノック。早くしろということか。
溜め息を零しつつも戸に近付き、開ける。
「――疾ッ……!」
開け放った戸の先から漏れ出たのは殺気。狙いは一点。驚異的な速さの突き。強襲ではあるが何のことはない。ユキトにとってはハエも止まる。
身体を回転させつつ後退。剣の切っ先を上体を引くことで回避し、そのまま近くに立て掛けていた刀を手に取る。ここまでが一刹那。次の瞬間に回転に使った軸足と逆の足に重心を掛け回転を即座に停止、同時に軸足を切り替え、逆転する。
その勢いで抜き放つユキトの刀は一切の抵抗もなく風を斬り、切っ先は不埒な来訪者の喉元に突き付けられた。
「ご挨拶だな」
「ふん……」
いつも通りの態度で鼻を鳴らす蘇芳を睨みつつ、ユキトは刀を引く。蘇芳もまた刀を引き、鞘に納める。
本気でなかったにせよ、朝から不謹慎である。
「流石の腕前……か」
「んなこと確かめに来たのか? なら帰れ。不愉快だ」
「これはただの挨拶だ。それより……服を着たらどうだ」
蘇芳は呆れたようにユキトを見る。
「ドア何回も叩いて急かしたのあんただろ」
「返事がないのが悪いだろう」
「だからって刀出すんじゃねーよ」
「どこも傷付けてない」
「ハートが傷付いたっつーの」
「……総代。そろそろ本題に」
よく解らない押し問答をしていると、業を煮やしたか蘇芳の後ろから凛とした声がした。
蘇芳の片腕、蒼樹だ。
「そうだな……だがまず服を着ろ。女の前だ」
「へえ。あんたもそんなこと気にすんのな」
ユキトがそう驚いたような仕種をしたが、蒼樹は眉を顰めるに留めた。鉄仮面の連れだけあってこちらも鉄仮面だ。
「私は気にしません。生娘というわけでもありませんので」
「だって」
「貴様の体裁も考えてやって言っているのだ。仮にも《剣雄》ならそれらしくしておけ」
「説教臭いな……わーったよ」
面倒なので早めに折れることにする。こっちもさっさと帰って欲しいので、意地の張り合いは精神衛生上よろしくない。踵を返してクローゼットから服を取り出し、手早く着る。
「で、用件は。どうせ明日のことだろうが?」
「そうだ。貴様の処遇だが、甚だ遺憾だが参加を認めることとなった」
「腹立つ物言いだな……」
「私一人反対したところで継ぎ接ぎまでもが賛成するなら、それこそ不毛なんでな」
「へえ……それで?」
「条件としては貴様は単独行動となる」
「そいつは結構。もともとの要求だ」
「戦闘中の貴様の命は保証しない」
「わざとじゃなければ構わねーよ。ま、わざと狙うってなら殺すだけだ」
殺す、という言葉に反応し、蒼樹の顔が強張る。しかし蘇芳は気にした様子もな溜め息だけ漏らした。
「落ち着け蒼樹。白蓮、貴様も言葉には気をつけろ。そして自覚しろ、貴様の言葉は重いのだ」
「白蓮と呼ぶな。僕はユキトだ」
「ふざけた名だ」
「うるせぇ」
本当にふざけた名前なだけ、吐き捨てるしかなかった。
「ふん。まあ、用件はそれだけだ。邪魔したな」
「全くだ」
「減らない口だ」
「もともと一つだ」
「いっそ削りたいものだな」
「出来んことを口にするな」
「やろうと思えば出来るぞ?」
「あんたが四肢を捨てる気で来たら出来るかもな」
「その驕り……いつか掬われるぞ」
「負け惜しみか?」
「いいや、忠告だ。ではな」
蒼樹が一歩引き、踵を返した蘇芳が扉の向こうへ消える。
「失礼しました。それでは」
蒼樹も軽く会釈し、立ち去るかと思うと、じっとこちらを見てきた。
「何か?」
「いえ、お粗末ですね」
口許が吊り上がっている。なんというか、鉄仮面ではない。微笑みでもない。ムカつく嘲笑だ。あれは。
ユキトは言っている意味を理解したが、その頃には蒼樹は今度こそ去って行った。
「勝ち逃げかよ……つーか腹立つなオイ。臨戦態勢じゃねーだけだっつーに……」
心なしか、傷付いた。
言い訳すると余計だ。
溜め息を漏らす。
まあ、それはいい。よくないけど。
「どいつもこいつも……」
蘇芳の言葉が反芻する。
忠告。
ふざけたことだ。
「もうとっくに掬わてんだよボケ」
誰もいない扉に向かって吐き捨てる。
ボケは自分だ。
愚か過ぎて涙が出そうだ。
◆◇◆◇◆
コディアは似たような服二着を手にとってこちらを向いた。
「ねえ、どっちがいいと思う?」
「どっちでも同じだと思うが……」
「せめてどっちも似合うくらい言ってほしいわ」
「どっちも似合う」
「はあ……」
「なんだよ」
「……はあ……」
「なんだよっ」
つーかなんでこうなってんだっけ。
少し記憶を遡る。
煮えた腸も冷め止んできたということで、昼になってから外に出た。どこ行く宛があったわけでもないので、レイニーのところでも行こうかと第三区に足を向けていた。
北大通りをのこのこ歩いていると、バッタリとコディアに出会った。知っている顔だし、知らんぷりを決め込める相手でもない。諦めて挨拶をしたら、気付けば買い物をしていた。
今日はなんでもオフな日らしい。理由は簡単で、明日ギルドのマスターがとある協会発行の依頼に出るためだという。
ユフィンリーも参加するということだ。理由は知らない。彼女にも事情があるんだろう。あえて追及することもない。
誰も彼もがこの茶番劇に躍らされている。クソッタレ。
苦虫を噛んだような表情になっていたようで、コディアが覗き込んできたので、表情をもとに戻す。
コディアもそれをあまり気に留めず、これからの予定を聞いてきた。ユキトとしては暇潰しに出回っただけなのだが、一応レイニーのとこに行くとだけ返した。
「じゃあ、暇なのね?」
どうしてそうなると言いたかったが、否定出来ないので首肯するだけに留めた。
まあ、それで問屋を卸すことはなく、「じゃあ付き合って」というコディアの一言で暇な身体に体のいい荷物持ちという素晴らしい役割が与えられた。なにこれ泣けてくる。
こちらとしてもむさい男と喋るよりは女の子の方がよっぽどマシだ。多少の代償だと思えばいいだろう。そんなことを自分に言い聞かせてコディアの買い物に付き合うことになったわけだ。
服飾の専門店は多くある。ユキトは娯楽としての服をあまり持っていないが、有名なブランドなら大体解る。
現在いるのは<VOLCE>。カジュアル系といったところか。
今し方服のジャッジを委ねてきて、勝手に呆れらて次のものに目を向けているコディア嬢の後ろ姿を眺めながら小さく嘆息。
今日の予算との勝負をしているんだろうが、そこまで吟味するものなのか。あまり服にこだわりのないユキトにとっては理解に苦しむ。
「ま……そんなもんなのかもな」
「うん? なんか言った?」
「なんでもない。ゆっくり見なよ」
どうせ僕は荷物持ちだ。
ユキトが再び漁りだしたコディアを見つめ苦笑していると、横から近付いてくる気配があった。目を向けると、にこっと微笑む女性の姿があった。店員だろう。
「いらっしゃいませ、今日はデートか何かですか?」
「いや、ただの荷物持ちですよ」
「彼女さんの服をお選びですか?」
なるほど、この店員話を聞かんな。
「選んでるのは彼女ですが」
「こちらなんて如何でしょう?」
聞けや。
仕事熱心で素晴らしいとは思うが、とりあえず話を聞くことも覚えるべきだ。コミュニケーションとても大事。
嘆息したいのを堪え、店員が取り出してきた服を受け取ってコディアを呼ぶ。
「これなんてどうよ」
「これ……? 趣味じゃないけど……ユキトは似合うと思うの?」
「ん……まあ、似合うと思うぞ」
店員が勧めてきたのはカットソーのヒラヒラなドレスみたいな服だった。キャミドレ、とか言うんだったか。流行りなのかは知らないが薄桃色のそれは、純粋にコディアに似合うと思った。
「ふぅん……」
値踏みするようにそれを見る。
暫くして手を出してきたのでユキトは服を明け渡した。
「試着……してみるわ」
そう言って、試着室に入って行った。立ち尽くすユキトに店員が近付く。
「可愛い彼女さんですね〜」
「彼女じゃないけど」
「きっと似合うと思いますよぉ」
話聞けよ。
服のセンスはきっといいんだろうけど、話聞かないのはいかなもんか。
「彼氏さんはダンジョンメイカーさんですよね?」
「ああ、うん」
「私の彼氏もダンジョンメイカーやってるんですよ」
「へえ……」
ホントどうでもいい情報。
「ランクAに上がったってこの前言ってて――」
話を聞かんというよりは空気を読まん店員だな。つくづく思うわ。
店員の彼氏自慢を聞き流していると、試着室のカーテンが開けられた。
花が咲いたように錯覚した。
「どう?」
「あ……ああ。似合う、とても。うん」
何を吃っているんだか。自分でも滑稽に思えた。
だけど、コディアは嬉しそうに。本当に嬉しそうに微笑んだ。
胸が、痛かった。
「あの、これ幾らですか?」
「はい、こちらは――」
もう正直二人の会話は耳に入っていなかった。
ただただ呆然と、その場に立ち尽くしていた。
あんな笑顔を向けられたら、どうやっても思い出してしまう。
いや、止めろ。
コディアはあいつじゃない。
それは弱さだ。
言い聞かせる。
そうまでしないといけないほどに脆い自分に笑う。
酷い有様だ。
会計をしているコディアを背に、ユキトは先に外に出た。外に出るなり、入口の隣にもたれる。小さく息を吐きだし、空を見上げた。
「馬鹿だな……」
ドアが開く。
「あ、ここにいた」
「おう。買ったのか?」
「うん」
「そっか」
「退屈だった?」
「いや? そんなことないけど」
「けど?」
「まあ、少し、揺らぎそうだった。それだけ」
「それって、明日のこと?」
「それ込み……かな」
「ユキト」
コディアが目の前に立って、ユキトの手を取った。少し暖かい手が、ユキトの右手を包む。
「どうした……?」
「死なないでね」
まるで壊れ物に触れるかのような言葉に、ユキトは笑いさえ込み上げてきた。
そんなにも弱って見えるのだ。今の自分は。
「心配するな。僕は死なない」
否、死ねない。
死ぬことは許されない。
生きることが罪滅ぼしならば。
「《白い死神》のあだ名は伊達じゃないさ」
「でも、死神は似合ってないよ」
「なら……剣だな」
「剣?」
「ユキトという一本の剣だ」
何かを守りたいと足掻く、剣だ。
それのみが存在意義だと信じて止まない、剣だ。
「白い剣……格好付けすぎだね」
「死神だってそうだろ。つーか別にそんなの要らねえだろ。僕は……僕がユキトだ」
「そうだね。ねえ、ユキト。前も言ったけど、あたしは貴方の味方だから」
「それは……」
「周りから疎まれたって、それは変わらない。だって」
「それ以上は辞めてくれ……本当に」
「……迷惑?」
上目遣いにそう聞くコディアに、ユキトは逡巡しつつも口を開いた。
「……そうだな。迷惑だ」
重過ぎる。
そいつの重さを知ってしまった今、もう一度それを背負う勇気は……ない。それだけは。生きるだけで精一杯の僕には。
「そっか……でも、またこうやってデートしてくれる?」
「デートって……いや……ああ。また」
「なら、今はいいよ。ユキトが、もう少し強くなるまで待ってるよ」
「……強くなれるか?」
「なれるよ」
「そっか……」
強く、高く。
なれる自信は今はない。
でも、強くなりたい。
そうすればこの苦しみも少しはマシになるはずだから。