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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
22/36

第一章<21> 腐れ縁でも

もう前回から二週間以上経つんですねェ……

はは、忘れてた。


……申し訳ない。

 暗く染まった空を見上げながら、ユキトはBrストリートの第二区側を歩いていた。ちなみに街の明かりで星など一つも見えはしない。

 あの頃の辰那弥と似ている。

 夜を彩る地上の光は、ここと同じように人々から空の輝きを忘却させていた。それは同時に大事なものを人々から忘れさせたのではないか。ふとそんなことを考える。

 僕自身もまたそれを忘れてしまったのだと。そんな喪失感があるからかもしれない。

 それがあれば、僕はこんな様になっていなかったのかもしれない。

「馬鹿げてるな……」

 たらればを言ったところで誰も救われない。自分の心を慰める行為に意味はないのだ。

 髪を掻き乱す。

「白蓮……か」

 もう捨てた名前。ユキトにとっては忘れたい過去の詰まった名前だ。でも、忘れることは出来ない。忘れてはいけないのだ。

 雪兎。

 エンツェリアから遠く離れたアトラス東方の砂浜に流れ着いた時、とある女に助けられた。その際名を聞かれ、考えあぐねいた結果そう名乗った。あまりに長いこと考えていたから偽名とすぐに看破されたが。

 産みの親の名を冠している皮肉な名前。

 白蓮の名で生きて行くことは出来ない。だけど名を捨てれば過去も捨ててしまいそうで。そんな皮肉な名前を自らにつけた。せめて自分の罪を忘れないようにするために。

 気付けばその名すら罪に塗れてしまっているものだから救いようがない。

 結局白蓮だろうが雪兎だろうが本質は同じだ。

「あーくそ……」

 頭を乱暴に掻き回す。

 蘇芳なんぞに出会うからこんなことを考えてしまった。あいつは本当に嫌な奴だ。昔から変わらん。

 そういえば近くに気配があったが、あれは多分蒼樹だろう。よくよく尽くす女だことで。あの鉄仮面のどこがいいんだろうか。人の好みなんざどうでもいいが。

 それより、今回で蘇芳がどこまで気付いたかだ。もともと勘がいい。仮面で顔を覆っていた頃しか知らないあいつが僕を白蓮と看破した。反応した僕も悪いのだが。

 蘇芳の問い。明らかになんらかの予測は出来ていたのだろう。だからあれは確認だ。

 凰州難民は毎年湧いて出てくる。多少の情報も自らで得ているだろうし、あいつも勝手に結論を出すだろう。

 果たして、光武帝は悪だったのか否か。

「お、ユキトじゃねーか」

 思考を遮られた。

「……はあ」

「第一声が溜め息とな……」

 向こうもげんなりとした口調でいたが、正直こっちの方が憂鬱だ。ユキトは半眼で振り返る。

「なんだシモンか……」

「なんだってなんだよ! んだよ、元気ねえな?」

「お前の面見たせいかな」

「俺の顔面ってそこまで強力なのかよ!」

「虫も殺せる」

「規模が小さすぎて凄みが足ンねえよ!?」

「で、なんか用か?」

「恐ろしいくらいにマイペースなお前……」

「今日はギルドで飲んでたのか」

 騒いだりしょげんだり忙しいシモンの後ろにはそれぞれ違う表情でこちらを見つめる集団がいた。

 ギルド《鬼火ジャック・オ・ランタン》のメンバーだ。丁度見知った顔もある。ぱっと数えて十四人。《鬼火》は確か総勢三十余名だったはずだ。どうやら全員というわけではないらしい。

 シモンの顔は若干赤い。もう軽く飲んでいるのだろう。会話が一応成り立つあたり、まだ酔いきってないらしい。

「おー。新人いたからな」

「ふぅん」

 全員を知っているわけではないし、誰が新人かなどは解らない。

「ま、しばらく戻ってこれねえし、今のうちにな」

「……縁起でもないな。らしくない」

 まるで死出の旅立ちかのような言い草に理解する。解っていたことだ。しかし、シモンがそんな言葉を吐くのはらしくない。

 ……違うか。こいつも人間だ。死ぬのは嫌だし怖い。いつも騒がしいほどに元気なシモンという人物像。それは単にギルドを率いる者の責務を果たしていただけなのだろう。

「ハハ。らしくねえか? かもな」

「……悪い。なんにせよ仲間内で飲んでるなら僕はじゃ」

「つーわけでオメーも参加な!」

 急にいつもの態度に変わり、意味の解らんことを吐かすシモン。

「いや僕は……」

「心配すンな。今日俺持ちだしな! オメーらもいいよなぁ?」

「聞けよ」

 こちらの言葉はガン無視で後ろ向いて呼び掛ける。こちとら遠慮してるってのに強引過ぎる。なんだこいつ。やっぱ酔ってんのか?

 酔っても腐ってもマスターなわけで、誰も反対はしなかった。

 それとも色々解っているから反対しないのかもしれない。なんにせよギルドの運営は上手くいっているらしい。

「ほい、じゃあ参加なー」

 ……などと考えている場合か。完全に参加決定してるぞ。

「待て。当人の意思をまず聞けよ」

「あー……それもそうだな。おーいソアラ」

「あ、はいっ」

 再度後ろを見遣るなり、メンバーの一人に声をかける。

 歳は十代半ばか。少なくとも年下のようだ。夜の明かりで正確な色は解らないが、顔立ちは端正だ。エンツェリアに多い顔立ちをしている。

「こいつも参加でいい?」

「え、わたしは構いませんけど……」

「だって。よかったなユキト」

「待て違う。その娘が新人か? 僕は新人に僕の参加の是非を聞けと言ったんじゃ」

「んじゃ二軒目行きますかァ!」

「だから聞け!」

 シモンの掛け声に《鬼火》のメンバーも呼応して歩き出す。まるで聞く耳持たない。シモンにソアラと呼ばれた新人らしき少女はおろおろしていたが、どうやらもう手遅れなようだ。

 内輪ノリに流されるユキトは、シモンに引きずられながら、溜め息を漏らす。仕方ない。諦めることにした。


◆◇◆◇◆


 第二区に展開する酒場、《月下美人》は上品な内装をしている。かといって落ち着いた雰囲気とかそういうものではない。あくまで小綺麗、という意味でだ。

 新人が女であることへの配慮なのだろう。ユキトはあまり足を運んだことはないが、意外に悪くはない。女将も酒も上品だ。

 徳利を傾けつつそんなことを考える。

「オリュエちゃん、も一杯!」

「ちっ……はいよ」

 ……。ああうん上品だ。

 シモンの伸びきった鼻を見ているだけで、女将のオリュエールが美人であることは一目瞭然だ。どっちかというとこれが目的なんじゃないだろうか。

「――あの」

「うん?」

 声をかけられ、顔を上げると新人の少女がいた。

 軽く他を見渡すと皆思い思いに飲んでいる。新人ほったらかしでいいのか。

「隣いいですか?」

「ああ。どうぞ」

「えと、失礼します」

 ぺこりと頭を下げる。律儀な娘だ。

「えっと……すいません。なんか強引に……」

「いや、あんたが気にすることじゃないさ。むしろ水差したみたいで僕の方が申し訳ない」

「そんなことないです。えと、ユキトさん、ですよね?」

「ああ、うん。名乗ったっけ?」

「いえ、シモンさんからよく話を聞いていたので」

「あいつがねぇ……」

 ろくなこと言ってない。絶対に。

「まあ、いいけどさ。とりあえず、そのユキトだ。好きに呼んでくれたらいい」

「えと、ソアラ・アンシャスです。農興都市アーベス出身です」

「へえ……農興都市の」

 農興都市アーベスはエンツェリア王国の擁する都市の一つだ。大規模農園があり、新鮮な作物を王都や他国に向けて輸出する。そうやって成り立ってきた都市だ。

 エンツェリアは集落が点在しているため、農村がないわけではない。が、それは単純に村民が生きる糧を自ら生成しているだけだ。それに野党も多い。王都が安定して食物を受給するためには必要な都市である。

「珍しいな。なんたってこっちに?」

 聞いてすぐに後悔する。社交辞令みたいなもんだが、過去を詮索するべきではない。

「……あーいや、すまん。忘れてくれ」

「いえ。いいんです。実はわたし、騎士を目指そうと思って上京したんですよ」

「騎士を?」

「はい。おじい……アーベスの駐屯騎士さんたちと縁があって」

「ああ、なるほど」

 農興都市には左遷された騎士が集う。そもそもあそこは武装自警団が組織されているし、その個人の技術は差こそあれかなりのものだという。無闇に騎士を投入して要らぬ諍いを起こさないようにという考えなのだろう。

 そのため主に年老いた騎士の隠居生活のための場所にされているのが現状だという。

 ちなみにユキトは訪れたことはないが、ダンジョンメイカーの評判は悪いらしい。一体何をしたのやら。

 おそらく農興都市アーベスは唯一騎士やダンジョンメイカーに頼らずに成り立っている都市だろう。

「でも、こっちではあんまり評判がよくなかったんですね」

 肩を揺らすソアラを見ていると、彼女が夢半ばで騎士を諦めたことが伺える。ある意味正しい判断ともいえる。

「自己の利益をまず頭に置く連中だからな。今回もそのとばっちりだし」

「ユキトさんも参加されるんですよね?」

「ん……まあ、な」

 歯切れが悪くなった。それを隠すように矢継ぎ早に切り出す。

「あんたんとこはシモンだけか?」

「えっと、シモンさんとソレストさんとキルシュさんです」

「あー……あいつらか」

 苦笑気味に『あいつら』に視線を向ける。未だ女将を口説きつづける浅薄なシモンの隣で高笑いしている金髪を短く整えたバカと、そのさらに隣で涼しげな笑顔で飲んでいるアホ

 馬鹿な方がソレストで涼しげなアホな方がキルシュだ。

 実力はある。両名ともにランクはA。ギルド結成時からの古株で、三人の連携もいい。

 だが馬鹿である。

「お? なんだユキト。さっそくうちの新人に粉ァかけてんの?」

 視線に気付いたシモンがひゅうと口笛を吹く。殺したろか。

「テメーが女将さんに夢中でほったらかしなんだろーが」

「おお? そりゃオリュエちゃんは美人なんだから口説かなきゃ損だろ」

 女将はと言えば後ろ向いて仕事していた。多分毎度すぎて面倒なんだろう。舌打ちもしてたし。

「だっはっはっ! 振り向いて貰えるわけねーのにバッカだよなー!」

 ソレストが手を叩きながら爆笑をする。酔っ払いの馬鹿に同調するのは癪だが、同感である。

「ソレスト、本当のことでも言ってはならないこともありますよ」

 誰に向かって喋ってんだあいつは。

 キルシュの視線の先には誰もいない。誰も座っていない席の方向を向いているのだから当然だ。幻覚でも見てるのか知らんが……。

「貴方もそう思いますよね?」

 本当に誰もいないよな?

 少々不安を覚える。

「誰に話してんだよお前!」

 笑いながらソレストがキルシュの頭を叩こうとした。が、キルシュは見もせずにガシとその手首をつかみ取る。そしてそのまま捻り上げた。

「あいだだだだだだだだ! ギブ! ギブアーップ!」

 机を叩きながら叫ぶソレスト。

 本気で痛そうだ。

「人の頭を叩くのは感心しませんね」

 まるで逆を向いて話しているのだが、今回ばかりはそれが怖い。

「大体、ユキト君に話しかけたに決まってるでしょう」

 憮然と言い放つキルシュだが、解るわけがない。真横の席に向けて喋ってるんだぞ。当然だ。

「ねえ?」(こっちを向いていない。)

 ……当然だ。

「それにしても、ユキト君と話すのも久しぶりですね」

「……頼むからこっち向いて話してくれ。怖い」

「おや、そっちだったんですか。これはこれは」

 わざとか? ぜひそうであってほしい。

「それにしても、ユキト君とお喋りなんていつぶりですかね」

「言い方変えただけで、さっきも言ったぞそれは」

「おや、そうでしたか。これはこれは」

 激しく腹立つ会話だ。会話と呼びたくない。

「つーかそろそろソレストの手、離してやれば? 喋んないぞさっきから」

「ん? おや、マジ泣きしてますね」

「……離してやれ」

 それもそうですね、とキルシュは握った手を放すと、再び誰とも知らん相手に話しかけ始めた。

 突っ伏したままくすんというソレストの鼻をすする音が、妙に哀愁漂うものだった。

「……これが参加するのか」

 不安しか覚えない。げんなりしていると、ソアラが小さく笑う。

「あ、ごめんなさい。ユキトさんはシモンさんたちと親しいんですね」

「まあ、腐れ縁だな」

「でも、そういうの羨ましいです」

「そうか?」

「そうです」

「そっか」

 腐れ縁も縁のうちだ。繋がりがあるということはとても幸せなことなのかもしれない。実際、そうなんだろう。

 僕はその繋がりに救われてきたのだから。

 なら、こんな縁でも大事にしないといけない。

「お? なんだよユキト」

 軽く眺めていたつもりだったが、シモンがこちらに気付いた。

「いや、なんでもねえよ。ゆっくり女将でも口説いてろ」

「おう? おう!」

 女将が余計なこと言うな的にジロリと睨むように一瞥くれてきたが、ユキトはそれをのらりくらりと躱し、徳利を口に近付けた。

 やはり今日のは美酒だ。

 どうやら少し、ほんの少しだが酔ったみたいだ。顔が少しばかり熱い。

 決してソアラの笑んだ視線に照れたとかではない。

 断じて違う。


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