第一章<19> 拭えない痛み
二作品同時進行してヒーヒー言ってる作者のこの無様な姿をご覧なさい。さながら産卵期のウミガメなみの号泣ですな。
まあ、自業自得なわけですが。
はは。目もあてらんねえ……。
とか言ってもう一作書いてヒャッハーとか叫んでる作者もいます。溜まってる分書けよ馬鹿と思ったらそれで正解です。
いいんだ。別に。アイアムマイペース!
こう開き直ったら人間終わりなんでしょうね……え。じゃあもう僕終わってんじゃん。詰みかよ。まあ罪だけど。
しかし物語より先に作者が終わるって。
まだ続いてるのに。この話。どうすんだ、蝉時雨。
時間というものがいかに残酷なものか、今回のことでよく解った。
二週間などあっという間だ。
まだ十四日もあると思いつつも、気付けば残り数日となっている。無為に過ごしたつもりはないが、なんとも虚無感に似た感覚が全身にのしかかっていた。
まあ裏を返せば四日前まで王立図書館に篭っていたわけだが、それもようやく終わったということでもある。図書館から出たときに、たまたまアルグに出くわしたのだが、「まるで半死人みたいだ」と言われた。否定も出来ず、その場は適当にいなしてフラフラと帰路に着いたのを未だに覚えている。
それからは昨日まで疲れをとるのもかねて、身体を動かしていた。日常的にストレッチや軽い運動はしているが、あそこまで飛燕流の型をなぞった剣舞をひたすらこなし続けたのも珍しい。凰州での修業時代でもそんなことしなかった。
溜まった鬱憤を晴らすが如く、馬鹿になるほど身体を動かしたので身体は軽かったが、どうしても未だに心は重い。
協会から『エンツェリア王国騎士団開拓地探索兵捜索任務』などという仰々しい依頼が発注されたのが昨日の正午。今日の午後六時までが受付で、明後日明朝に出立するスケジュールが組まれている。
要項によれば参加者に人数制限がないらしく、最低二十人いればいいということらしかった。参加資格もランク制限は一切なく、ギルド未加入者でも参加可能。報酬は一人百万。生存者を連れて帰った場合には追加報酬を与えるらしい。
昨日のうちに自分のボードに取り込んだ要項のデータを眺めながら溜め息を漏らした。他人事なら鼻で笑うが、関わるものとしては気が滅入る。
「かなり切羽詰まってんのな……」
開拓地でも、侵入禁止にまで指定された超危険地帯。参加者は多くても五十にも満たないと推測される。
こんなのに参加するのは、それこそ腕に自身がある奴か頭の悪い奴、それかアルグのように出ざる得ない奴らだけだろう。ちなみにユキトは頭の悪い奴の部類だ。ド阿呆だ。自覚しているあたりが。
とはいえ参加者数の少なさを懸念してのこの報酬。ホイホイと釣られるド阿呆以上の魚頭も少なからずいるだろう……行き先が《地獄》でも。いわゆる金の魔力ってやつだ。
どれだけ危険と言われても、《死薔薇の園》の危険性は口伝なのだ。その辺の能力が致命的な察しの悪い連中が調子に乗って意気がる可能性がないとは言えない。そうなればまず間違いなく死人は出る。《地獄》は生易しい場所じゃない。
これが騎士団の狙いなのだろう。連中も狡い真似をする。
あわよくば捜索隊も全滅すればいいとも思っているはずだ。
そうなれば騎士団が蔑まれることもないだろうと連中は考えるし、それ以上に報酬を払わないでいい。騎士団の権威が回復することはなくとも、ギルド連中の戦力低下は騎士団が優位に立つ重要な要因になるだろう。
そういった思惑を鑑みれば、四大ギルドは無視を決め込みたいだろうが、あの規模のギルドになれば貴族の支援がなければ成り立たない。資金を盾にとられれば、彼らは参加せざる得ないだろう。
ユキトは服を着替えて、刀を腰に吊った。他の装備は持たずにボードと荷物袋を片手に部屋を出た。ティエリッタからパンを一切れ貰い、くわえながら道に出る。
久々のパンを頬張りつつ思案する。
とはいえ騎士団の中で生き残っている人間がいるとは思えないし、参加者数はそれなりにいるかもしれない。要は生き残って外に出てくればいいのだ。あとは「尽力しましたが、騎士様の面々は全滅でした」とでも報告するだけで百万は手に入る。
それに伴う死の危険など、ダンジョンメイカーにとってはある意味日常茶飯事なわけだし、命知らずで甘い汁を吸いたい阿呆が沸いて来る可能性は捨て切れないどころか高い。それこそギルド側の圧力でもない限りは。
「つっても僕らみたいなフリーにとっちゃ、ギルドの圧力なんてあってないようなもんだし……」
となると四大ギルドのメンバーと中堅ギルドの主力。および寄生虫よろしくへばり付くフリーなどのその他の構成が一番妥当か。
寄生虫がどうなろうと知ったことではないが、奴らは時に足を引っ張る。時に、というかほぼ毎度。それは捜索隊の全滅の確率が高くなるわけでもあるのだが。
これもまた騎士団の狙いなのだろう。
「なんにしても、協会に行くのが先決だな……」
あわよくば帰ってきてくれればなどと、そう思っていた頃がやけに懐かしい。どう足掻いても現実はこれだ。覚悟はしていたし、避けられないだろうと思っていた。悲観的になる気はない。もとよりそんな希望的観測がまやかしであることなど解っていたのだ。
だから自分なりに準備をしてきた。
万端とは言えないが、やれるだけのことはした。
あとは邁進するだけだ。
今は、そう思っていた。
◇◆◇◆◇
協会の扉を潜ると、まるでイベント会場にでもなったのかと思うほど人だかりが出来ていた。特別に受付のコーナーを設けたらしい。やけに大々的だ。向こうもなりふり構っていないようだ。
報酬百万は大きい。実際、破格だ。だからこそのこの人数なのだろう。
「よう、ユキ坊。四日ぶりだな」
「アルグか。そうだな」
「血色は前よりよくなったか。安心したぜィ」
「お蔭さまでな」
にっと歯茎が見えんばかりに笑むアルグに釣られてユキトも苦笑する。しかしひとしきり笑い合ったあと、アルグは急に笑顔を止め、神妙な表情になった。
「ユキ坊……その、すまんな」
「謝るなよ。いずれは僕も行かなきゃいけない場所だったんだ、あそこはさ」
「そうかィ」
「それよりだ。参加状況、どうなってる?」
「おう。人だかり見りゃ解るがそこそこ多い。けど様子見やただの野次馬も結構いるかンな、五十いくか、いかねえか……」
「ギルドで規制とかは……」
「掛けてねえ。あちらさんから……な」
「……そうか」
助からないならより多くを道ずれに、か。どこまで卑劣なんだろうな。反吐が出る。
「それに、規制を掛けても意味がねえ。報酬百万。無理に押さえ込めば反発が起こるだろィ」
仕方ねえよ、とアルグは笑顔で言うが、すこし辛そうだった。
これは茶番だ。それを誰よりも解る立場にいるから、ギルドのトップとしては精鋭かつ迅速に終わらせたいと思っているのだろう。無為に犠牲者を出したくないのだ。
身内以外にまで気を掛けてる余裕なんてないくせに……。
「ま、僕が謗られていれば収まることだ」
「おい、俺ァそんなつもりで呼んだんじゃ……!」
「解ってるよ。そんなこと」
どこまでもお人好しな男だ。
自然と苦笑が漏れる。
「変な顔すんなって。僕は気にしないし、お前も気にしなくていいよ」
そんな嘘で自分を塗り固める自分よりはよっぽど。
「じゃ、参加登録してくる」
「……ああ。でもユキ坊よ」
「なんだよ」
「お前さんにも味方はいるんだ。そいつは忘れないでくれよ?」
「……気が向いたらな」
ホント、お人好しだ。
◇◆◇◆◇
「……おい、あれって」
「うっそマジかよ。死神じゃねぇか」
「縁起悪すぎだろ……俺今回やめとこうかな」
列に並ぶ間、視線という針の筵だった。
ヒソヒソと陰口を叩く者たちの視線。明らかに悪意が篭っている分、気分のいいものでは決してなかったが、これで何人か減ってくれれば御の字だろう。
アルグにそのつもりがないのは解っているし、だからこそ僕は自分に出来ることをするべきだ。
謗られるのには慣れている。
……なんてな。
自嘲の笑みが漏れそうになった。
色々理由付けしないといけない時点で、僕はきっと悲しいとか寂しいと思っているんだろう。それとも、冷静に自己を分析してしまう程に感覚は麻痺しているのだろうか。どっちでも同じな気がする。だからどうでもいい。
なんにせよ、殻に閉じこもるのは得意だ。ずっと仮面を付けてきた。
ぼーっと視線をどことなくさ迷わせ、前の誰とも知らない背中の後を付いていると、それが消えて視界が急に掃けた。
どうやら今は先頭にいるらしい。
「あらユッキー」
「……ネア」
見覚えのある端正な顔を認識し、のそりと殻から出る。どうにも今日は反応が鈍い。
「え……どしたの? そんな切ない瞳で呼ばれたら……わたし感じちゃう!」
ネアはなぜか悶えていた。気持ち悪かった。
「何言ってんスか」
「あら、ジト目に変わっちゃった。残念。も一回『ネア』って甘く呼んでみて?」
「嫌です。というか後つっかえますし、登録してください」
「ヘイカモン。わたしは愛のゴールキーパー」
「はよせー」
「ちえー。面白くなーい」
「そりゃ仕事でしょうに」
「そっちじゃないわーい」
舌をちろっと出して文句を言うネア。年齢を考えろ年齢。っても年齢知らないけど。とはいえ少なくとも年上であることは解る。
背後の視線がそろそろ憎悪やら怒気に変わってきているのをひしひしと感じ、世の中の理不尽さを嘆く。
「はい、登録したわ。これ詳しい要項ね」
「どうも」
「ユッキー」
「はい?」
「死んじゃダメよ」
「……はい。それは、もちろん」
ネアから背を向け、列を離れる。
一度振り返ると、ネアはすでに忙しそうに列を捌いていた。
「死んじゃダメ……か」
釘を刺された。
正直心のどこかで思っていた。
このままこの世界から消えてもいいと。
背負いつづけると、あの時誓ったはずだったのに。気付けばそれからすらも僕は逃げようとしていたのだ。
拳を握る。それを側頭部にぶつけた。
頭に響き渡る衝撃。
衝撃は不意に記憶を掘り起こす。
――もーっ! ゲンコツ一回だっ。
それはもう戻らない過去の記憶。
崩れた記憶のパズル。忘れたくて、でもピースはそこらに散らばっていて、どうしても拾い上げてしまう。忘れたくないから。
はめ直すことが出来たらどれほどよかったのだろう。
そんな見果てぬ夢を未だに見れる自分は愚かで幸せなのかもしれない。
この気持ちも時が経つと風化するのだろうか。この痛みと同じように。
だとしたら、時間はやはりとても残酷なものだ。
殴った部分を軽くさする。
「……まだ、いてぇ」