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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
2/36

第一章<1> 金欠身体に悪し

 ぶっちゃけた話、かなり後悔していた。

 金に困っていたからというなんとも情けない理由から安請け合いしたこの仕事は、どう考えても一人で遂行するのは不可能だった。不可能でなくても困難と言えよう。

 こんなことならケチらずに誰か連れてくるんだった。切実にそう思う。まあ、土台無理な話なんだが。

 砂埃で少し汚れた地毛の白い髪を掻きながら、ユキトは腰を屈めた。草場からユキトがじっと見つめる視線の先には、緑色の毒々しい肌をした凶悪な人相の――豚。

 いや、豚じゃない。二足歩行の豚なんていて堪るものか。そんなものがいるならさっさとこの稼業から足洗って見世物小屋でもやっている。あれはオークだ。

 森の妖精ニンフ、ドライアッドの成れの果てだと言われているオーク。誰が提唱した説か知らないが、どうやったら妖精が豚に変わるんだ。過食か?

 別にそんなことはどうだっていい。豚だろうが妖精だろうが何であろうとも、オークは敵でしかないのだから。

 オークの社会では身分制度があり、支配者である戦士オークたちは、武芸に長ける。つまり相手によっては非常に危険である。かといって支配される側の奴隷オークは安全なわけでもなく、常時飢えてて見境がないから危険なのだが。

 とりあえず目の前にいるのは武装しているので戦士階級のオークだ。しかも二体。地面に座り込んで石を転がしている。多分、オークの遊びだろう。一喜一憂しているところを見ると、博打か。だとしたら意外に考えることが人に似ている。豚と同列に語られても、嬉しくもなんともない。

 因みに最初からそこにいたわけではなく、先ほどこちらが仕事をしているときに現われた。そのせいで仕方なく草陰の裏に隠れる羽目になった。

「それにしても多すぎだろう……」

 ぼそりと呟く。

 そう呟きたくなるのも道理であって、オークを見たのは森に入ってからこれで五度目なのだ。いくら何でも多すぎだ。

 予想だが、おそらく近くにオークの集落があるのだろう。奴らが巡回兵と考えれば説明がつく。そうなると目の前の奴らはサボっているというわけだ。働けよ、豚。

 だとすれば長居しないほうがいいかもしれない。一人でオークを倒すなど無理だ。いや、無理じゃないけど。やっぱり面倒臭い。退くときは退く。大事なことだ。ここ(・・)は既に自分に優先権がある。一旦王都に戻ってもなんら問題はない。

「そうと決まれば善は急げだ」

 あっさりと決断したユキトは身を翻した。目の前の歩いてきた道はオークがいるので、面倒だが木々を掻き分けてどこか安全そうな場所に出るしかないのだ。

 そういうわけで歩きだそうとして、

「いて」

 ぶつかった。

 なんだ木か。前方不注意とは情けない。間抜けな声が漏れた。幸いオークは気付いていないようだが。

「……あれ?」

 でもこんなとこに木なんてあったか? つかこんな黒くてフサフサしてて脈打ってる木なんて……ねえだろ普通。

 ユキトは恐る恐る顔を上げた。

「グルルルル…………」

 そいつはくっさい涎を垂らして、ぎらついた目でユキトを見ていた。ノコギリのように鋭い歯は噛み付かれたら一溜まりもないだろう。

 それは暴風狼《ゲイルハウンド》と呼ばれる。

 長い尻尾が特徴の、狂暴な犬だ。非常に獰猛でオークをも捕食する。つまり人間ユキトも簡単に捕食する。

 そしてそいつが七体いた。ぶつかったのは、真ん中のリーダー格であろう暴風狼ゲイルハウンド。体格も一際でかい。

「あ……あはは……」

 愛想笑いしてみた。

「グルオオオォォォォォォォォ……!」

 無理だった。

「う……うわああああああああああああああああああああああっ……!」

 逃げた。

 もう脱兎の如く。

 まさに兎だ。


◇◆◇◆◇


「あっはっはっはっはっ!」

「はっ……腹いてー!」

「……笑い事じゃねえよ。死にかけたんだぞ、僕は」

 ユキトは不機嫌な面持ちでジュースのストローに口を付けた。ぢうぅぅ……、と吸い込むように飲んでから、目の前のカウンターに肘を突いてニヤニヤ笑う青年を睨み付ける。

「……大体、お前のせいだぞレイニー」

「あ? なんでよ」

「しらばっくれんなよ? 誰かさんが『あの森は安全』とか言ったからだろうが」

「阿呆。安全な未開拓地なんてあるわけないじゃん。バカじゃねーの? オレは『比較的安全』って言ったんだよ」

「比較的安全な場所に暴風狼は生息してねーんだよ」

「つか一人で行くからだろユキト?」

 ユキトの隣の椅子に座っている男が言った。その言葉にレイニーなる青年も頷いた。

「もっともだ。報酬独り占めしたいとかセコいこと考えた罰だよ。いいこと言うねシモン」

「俺ァ人生の先輩だかんな」

 シモンと呼ばれた男はワハハハと笑った。レイニーも合わせて笑う。正直イラっときた。

「るせーお前らマジで死んじまえ」

 不貞腐れた表情でユキトは呟いた。まったく。こいつらは僕がソロで活動している理由を知っているくせに。


◇◆◇◆◇


 ダンジョンメイカーという職業がある。いや、職業といって正しいのかユキト自身よくわからない。

 なんせなりたかったら誰でもなれるのだ。

 特別な免許などいらない。強いて言えば健康な身体くらいだ。

 彼ら――といってもユキト自身も含むが――の目的は、端的に言えば『地図を作る』ことにある。

 たったそれだけの仕事。そのたったそれだけにダンジョンメイカーは命を懸ける。懸けない奴もいるが。まあ、そこはノータッチだ。

 地図を作る程度いくら何でも数年あれば出来るように思える。が、無理なのだ。この国が出来て数百年経っても未だ完成する気配はない。

 なんせこの国は広い。

 東西に長いいびつなジャガイモか卵みたいな形の大陸。つまりユキトが立っているこの大地は、国こそあれど、掌握出来ている土地はその領内の十数パーセント程度という馬鹿ほど広いものだ。

 人々がアトラス大陸と呼んでいるこの大陸のうち西側のほぼ全てを掌握しているエンツェリア王国。単純にその国土は大陸最大規模を誇るが、建設されている都市は五つ。不特定多数の村民を数として入れたとしても、国土のうちのおおよそ数パーセントしか掌握出来ない。理由としては単純明快で、人が住めるような環境ではないからだ。

 エンツェリア王国には多くの山脈が聳え、鬱蒼とした森林が各地に生息している。そこには魑魅魍魎が腐るほど住み着いているのだ。いわゆるオークや暴風狼といった化け物の類だ。

 エンツェリア王国が建国されて百年以上の歳月が流れるが、しかし国内の地図は完成する気配がない。

 その要因は多々あるものの、一番はやはりそういった環境であることが大きいのだろう。

 ダンジョンメイカーはそんな危険な場所の地図を作る。最早阿呆の極みである。自覚しているあたり、ユキト自身救いがたい。

 何故か。理由を問われれば、もとは周辺の都市と都市との間にある山脈や森林の地図を商人の通商ルートのために作ったのが始まりだといわれている。とある男の手記を纏めたものがあり、現在はそれが通説となっているが、実際のところ詳しくはわかっていない。今ではそんなことを研究するものもおらず、国民は皆、何の疑問も抱かずに受け入れている。そして今では国まで介入して、気付けば国民の半数の就職先と化していた。

 そもそも、ユキトは厳密にはこの大陸出身ではないし、本格的にダンジョンメイカーになってまだ三年かそこらだ。多少の知識としては持っていても、さすがに詳しい歴史までは知らないで当然なのだ。そもそも生活に必要なわけでもないし、特別知りたくもない。

 それより明日どうやって生きていけばいいのかのほうが教えてほしい。誰か仕事をくれ。切にそう願う。

 取り敢えず、ユキトは「協会」に向かうことにした。

 協会は確か《エンツェリア王国開拓者統括協会》とかいうクソ長い正式名称があったが、誰がいちいちそんな長い名前で呼ぶかということで短縮されて協会と呼ばれている。

 国というか現国王というか女王の意向でダンジョンメイカーの支援と統制――ありたいていに言えば仕事の斡旋を行うために創設された。全ダンジョンメイカーを統括している巨大な組織だ。

 本家大元であるここ、王都ネイルの協会は約十数階となかなかに大きいものになっている。

 一体そんなに階層作ってどうするつもりだろうとも思うが、一応宿泊施設などもあるらしいからそのためだろう。費用は高いから一生縁がないと思うが。

 ユキトはガラス張りの扉を押し開け、広いエントランスを進み、受付窓口に行った。小綺麗な受付嬢が恭しく礼をする。

「ようこそ協会へ。今日はどのようなご用件でしょう」

 営業スマイル全開だ。目には気だるそうなものが見て取れる。基本二十四時間開放しているのだ、遅番なんかは大変だろう。まあ、仕方がないとそう割り切る。もともと愛想なんか求めていない。正味、どうでもいい。

「あー、報告」

「かしこまりました。奥の右側エレベーターで五階へお上がりください」

「どうも」

 説明通りに窓口を抜けて、奥のエレベーターに乗り込む。五階のボタンを押して、扉を閉める。

 機械音とともに上昇。一、二、三と点滅していくライトを見つめ、五のランプに光が点ったあたりで扉に向き直る。

 扉が開くと、エントランス以上の喧騒が耳に飛び込んでくる。

 様々な人々が動き回っている。ほとんどが同業者ダンジョンメイカーだ。当然である。

 ここでは制作した地図を提出したり、依頼の達成を報告する。

 ダンジョンメイカーの個人データなどもここで登録することが出来る。報酬受け取りは、場合によっては階下に向かう必要があるが、大抵はここで済ませられる。要するに幅広く取り扱われているわけだ。

 ユキトは窓口に向かった。受付嬢と同じような女性がユキトの姿を視認すると、にこやかに笑って手を振ってきた。これがここの接客マナーというわけはなく、単にユキトの数少ない顔見知りだからだ。

「ネアさん、ひさしぶり」

「ひさしぶりーユキト君。最近全然来なかったけど」

「お陰で金欠」

「あはは。今日は報告かしら?」

「ええ」

「んじゃーちょっと待ってね……えっとユキト君はと……はい。登録番号FOR20355、無名開拓地。いちお確認。これで間違いない?」

「ないです」

「じゃ、地図のデータを」

 ユキトは地図を取り出した。地図、といっても電子チップだ。黒い小さな、赤子でも潰せるような代物。昔は物差しやら使っていたが――いや今も少しは使われているが――最近は技術革新やらで専用の道具ツールも開発された。

 半自動地図作成装置《Semiautomatic Mapping Device》。

 長いから「ボード」と呼ばれている。理由としては単純に形状が板状だからだ。

 半自動というのは自動記録方式トレースシステムで歩いた道の記録を行ってくれるからで、これにより地図製作はかなり楽になった。が、人の立ち入らない山や森では道もクソもない。結局自分で補正しないといけないし、磁気に弱いようで不具合も起きやすいのが難点といえる。

 お陰で元来の計測器具や紙の地図も必要になる。ユキトもその手のものは一式持っているが、そもそも一人で計測出来ない代物なのでお蔵入りとなっている。地図製作は基本複数人による仕事なのだ。

「じゃ、鑑定するから待っててね」

 大人の色気全開のスマイルをこちらに向けて奥に行くネア。一瞬、周囲から猛烈な殺気を色んな方向から感じた。まあ、ネアはあの容姿だ。モテるから仕方ない。甘んじて受けよう。どうせ向こうから手を出してくることもそうない。

 意味もなく足を鳴らして半ば無意識にリズムを刻む。一番退屈なのはこの時間だ。データの鑑定はそれ専用の部署がある。ネアはそこにユキトの渡したデータを送り、鑑定を受け取る。そういう過程があるため多少の時間は掛かる。だから愚痴を言っても意味はない。むしろこれでも従来よりはかなり早くなったのだ。ユキトはおとなしく待った。

 十分くらい経ったころに、ネアが戻ってきた。

「お待たせー」

「いえ」

「でも退屈だったでしょ?」

「多少は」

「あはは。正直な男の子は好きよわたし」

「そいつはどーも」そういうことをうっかり言うから周りから恨まれるのだ。「……で、どうでした?」

「うん。ひどいね。進行度数はBだけど信用度はD。ユキト君じゃなかったらEいくわねこれ。どうしたらこんなぐちゃぐちゃになんの?」

「ボードのトレース切らずに暴風狼に散々追い回されたら」

 修正しようにもほとんど覚えてなかったからなぁ……。

「それは……苦労したろうね」さすがのネアも苦笑した。

「死にかけました」

「あはは。ユキト君がそんな簡単に死ぬわけないけどね。でもそれじゃあその頑張りに内緒でちょっとおまけしてあげる」

「おー。持つべきものは知り合いですね」

「あら、わたしカテゴリは知り合い程度?」

「他に何がありますか?」

「恋人、愛人、妹、セフレ」

「妹は絶対ない」ネアのほうが明らかに年上だ。

「じゃあセフレ?」

「逆に食われそうだから嫌です。カマキリみたいに」

「ひっどーい」

「つか報酬ください」

「もう、せっかちね。おまけはキスがいい? そ・れ・と・も」

「追加報酬がいいです」

「……ユキト君、もうちょい愛想よくないとモテないよ?」

「余計なお世話です」

 色気より明日の生活だ。

 王都は物価が高いのだ。現在、決して裕福ではない(というかむしろジリ貧)ユキトには辛い場所だ。それでも住むのは一重に、エンツェリア国内ではここが一番儲かるからだ。

 その儲け話に乗せられて今この有様なのだが。

「ぶーお姉さん傷付いちゃったなぁ〜」

 しかしネアもちゃんと仕事をしてほしい。親しき仲にもなんとやらだ。ネア的にユキトはからかい甲斐があるのか、いつもやたら絡んでくる。普段ならば相手するのも然程気にならないが、正直今は欝陶しいことこの上ない。

「……」

 ユキトは何も言わずネアを見る。すうと細く、じっと見る。多分絶対零度みたいな視線になっているだろう。さすがのネアもユキトの視線に気付いた。

「や、やめてその目めっちゃ怖いから……」

「なら報酬くださいよ」

「お姉さん泣いちゃいそう……愛するユキト君にこんなに虐げられて……」

「早くしろよ」

「きゃー本音が出ちゃった! ちょっと待っててね〜」

 今一つ反省の色も見えないネアは奥にまた入っていった。暫くして戻ってくる。

「それじゃあ、今回は九千エルね。いつも通り口座振込にしといたわ。はいこれ明細ね」

「九千? マジで?」少なくね?

「マジマジ。これでも色付けてあげたんだよ? あ、でもお姉さんとちょっとイイコトすれば」

「結構です」

「最後まで聞かない?」

「嫌です」

「つれないなぁ」

 ネアは眉をハの字にして肩を竦めた。この人は……。眉間に皺が寄りそうだったが、なんとか堪えた。九千エル(エンツェリアの通貨)は少ないが、地図の出来を考えれば報酬は高いほうだ。色を付けてくれたのは間違いない。

 顔の狭いユキトにとってネアはある意味女神みたいなものだ。性格はあれだが。なんにせよ、怒らせたくない。

 こんな計算づくで他人と接する自分が嫌になる。だけどそれが今の僕の生き方だ。全くもって反吐が出る。いつからこんな風に打算で人と付き合うようになったのか。

「ユッキー?」

「……なんです? てかユッキーて言うな」

「ん、なんか顔が暗かったからさ。なんか困り事があったらお姉さんに相談しなさいな」

 だからこの人はある意味女神なんだ。

 一瞬、鼻の奥がツンとした。だが情けなく泣き付く姿を想像し、それは駄目だろうと堪えた。そんな姿を想像するだけでも萎える。ユキトは嘘臭い笑みを作って答えた。

「……あんま解決しなさそうですね」

 感謝の言葉も言えない自分が大嫌いだ。


◇◆◇◆◇


 ユキトが協会を出た頃にはもう日は傾き始めていた。さて、これからどうしようか。

 今日の収入は九千エル。一ヶ月の収入の平均以下だ。

 どう見積もっても、これは早々に次の探索に行かないと未来はない。おそらくどこかで餓死する。そんな死に方したくない。そもそも死にたくない。

「もっかいアイツんとこ行くか……」

 ユキトはとりあえず大通りを歩きだした。

 王都ネイルは正方形型の都市だ。東西南北に大きな道があり、上から見たら“田”の形に見える。その“田”を形成する大通りのうち、北大通り――LK(ロイヤルキング)ストリートをユキトは歩いている。

 商業区ともいえる第三区を突っ切っているがゆえに、LKストリートは基本的にショッピング街と認識されている。気候も穏やかな季節だ、おかげで通りは人が大勢行きかっている。

 ユキトはLKストリート東に隣接する第三区商業広場――ガラ・ド・アークに向かっている。半円を象るその大きな広場には、その円周に沿って商会などの建物が並んでいる。中心には広場の創設者である「ガラ」の像の噴水がある。頭のてっぺんから水が噴出すのだが、見ていてあほくさい。実はあまり尊敬されていないのではとユキトはいつも見て思う。

 その中に手書きのド下手な字で“Rainie Goose”と書かれた看板があった。まあ、レイニーの店だ。

 なんでそんなわけの解らん名前にしたのかと聞いたら、「語呂がよかったから」らしい。意味がわからない。そもそも奴の感性がわからない。多分沸いてるんだろう。

 とはいえ、長年それで通すと定着するものらしい。今では「グース」と馴れ親しまれている。

 ユキトはグースの戸を開けた。チリンのカウベルの音が聞こえた。装飾のあしらわれたカウベルは、そこそこの値打ち物と見える。内装は武骨なくせに、こういう変なところは凝る奴なのだ。

「お、ユキトまた来たの? 淋しいの? 慰めてほしいの?」

「とりあえずお前の舌を引っ込抜きに来た」

「下!? いやん!」

「多分お前が想像してるの違う。つーかキモイ」

「あ、今の地味にくるわ……仕事紹介すんのやめよかなァ〜」

「シモンは?」

「あ、無視? ギルドの集まりとかで帰ったけど」

「そ」

 シモンはギルド《鬼火ジャック・オ・ランタン》の首領でもある。中堅ギルドとしては名うての存在である。

 ちなみにギルドとはダンジョンメイカーの組合だ。血盟みたいなお堅いものから、お友だち同士の集まりまで何でも御座れだ。結成は協会に申請すればいい。二人いれば作れる。だがおそらくユキトには一生縁のないものだろう。

「で、レイニー」ユキトはカウンターの椅子に座った。「何か仕事くれ」

 レイニーが売るのは情報。ユキトは協会で仕事を受注する前に、大体ここで情報を仕入れる。ユキトみたいなのには情報がなによりも大事なのだ。

「昨日行ってきたばっかりじゃねーか。珍しい。報酬がよくなかったのか?」

「聞いて驚け九千だ」

「ああ、お前あと三日の命だな」

「家賃も払えない」

「もう死んだな」

「というわけで仕事くれ」

「ない」

「ふざけんな」

「そりゃこっちのセリフだ。極力戦闘を避けられて、なおかつ単独で行ける場所は今んとこゼロだ。そもそも滅多にねぇし。あっても他都市に行かないとない。移動費もあるから近場がいいんだろ? 一応、パーティー組んできたらあるにはあるぞ」

「………」

 ユキトは黙り込んだ。

 パーティー、ね。要する数人でチームを組むということだ。ギルドに属さないフリーのタンジョンメイカーも王都には大勢いる。そういう寄せ集めのパーティーを組むことはよくあることだ。

 でも僕には無理だ。対人恐怖症などを患っているわけじゃない。それでも、僕はパーティーを組めない。いや、組んだら駄目なのだ。向こうだってお断りだろう。

 否応なしに視線が下向きに落ちていく。やはり貯金を崩すしかないか。そんな貯えがあるわけでもないが、背に腹は変えられない。

 悄然としているユキトに呆れたのか、レイニーが溜め息を吐いた。深い溜め息だった。

 小さく、まったく、と漏らす。

「……ちょいと危険だがな、一ヶ所だけある。遠いけど、移動費に見合った仕事だ」

 その言葉にユキトは勢いよく顔を上げた。「――本当か!?」

「ああ。……んで、どうする?」

 愚問だった。

 ユキトはレイニーの問いに二つ返事で答えた。

「行くに決まってんだろ!」

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