第一章<18> 選ぶということ
四ヶ月ぶりでの更新です。
あっちもこっちも更新で大変です。
でも挫けません。
挫けるとかそんな大層な心は持ってませんから!図太いですから!
とりあえず、そんな駄目な作者の描く次話です。
知識の宝庫といえば、第一区のエンツェリア王立図書館しかないだろう。
様々な文献や資料の揃うこの図書館には、協会と提携しているため、先達のダンジョンメイカーたちが残した過去の履歴や、地図の事細かな詳細などの情報も蓄えられている。調べ物に関してはここだけで終わらせられる。
重厚な作りの巨大な門のような扉はすでに開いている。そこをくぐると、手で開けられる大きさの扉が出迎えた。ユキトはそれを押し開けて、中へと足を踏み入れる。
まるで異世界のようだ。
ここへ来るたびにユキトは思う。ここは実は別世界ではないのかと。とてつもなく広く、巨大な空間。隙間なく棚に埋まる蔵書たち。ここは知識の砦だ。あるいは泉。あるいは世界か。
中は静かで、必要最低限の音しか漏らさない。それもまた、この空間を別世界たらしめる要素であった。
レファレンス・サービスなども充実を計るために完全専門スタッフに委託した指定管理者制度を導入している。入場などに関しては料金科はされていないが、一部資料は別途料金の支払いが求められたりする。
国の補助金と貴族からの出資だけでは成り立たないがゆえの政策らしいが、その辺は今はユキトの目的に全く関係ない。金払ってまで本を閲覧する気は皆無だし。
ダンジョンメイカーになるまでの間、ユキトはよくここで本を読んでいた。師匠の教えに沿って知識を得るために。
けど、その後も足を運ぶことは多々あった。
図書館はユキトの安らぎの場でもある。本を読んでいる間は嫌なことを忘れられる。知識に溺れていれば、苦しい思い出を埋もれさせられる。それが一時的なものだとしても、僕にとっての救いだったのだ。
今はそれすらも苦痛になりつつある。思い出の染み付いた場所になりつつあるのだろう、ここも。
こうして僕の居場所は減っていく。どこもかしこも、辛い記憶が染み込んでいる。それでもこの場所を離れられないのは、教会の子ども達がいるから。
「……それも、ただの言い訳なんだろうな……」
戦う理由が欲しかった。それをフィオナやあの子達に擦り付けた。それどころか戦う理由を、師匠の死のせいにしようとまでしたのだ。
いつまで経っても、僕は変わらない。凰州にいたころから、僕は剣を持つ理由を欲しがっていた。あの子を守るという理由を与えられ、ただ命令をこなし、無機質に殺す。今も変わらない。結局、理由がなければ戦えない。
人形か僕は。いや、人形の方がよっぽど高尚だ。
嫌な気分だ。さっさと目的を果たそう。
《死薔薇の園》のことについてのデータは少ない。三年前に提供されたもので最後だ。どう変わっているかは解らない。
他の《地獄》を探索したのは二度ある。だが《死薔薇の園》の探索経験は全くない。三年前を期に、あそこに繋がる《巣穴》は侵入禁止になった。騎士団の損害もそうだが、当時最強と謳われた男が死んだのだ。封じられて当然だろう。
とはいえ、あそこも《地獄》に変わりはない。二度の経験を踏まえれば対処はある程度出来る。
最近増設されたらしいデータベースに近寄り、本の検索を掛ける。タッチパネルを操作すること数分で検索結果は表示された。便利なことだ。
調べ物は二つ。《地獄》と《悪魔》についてだ。この手の本を読んだのは四年くらい前だったと思う。どうも流し読みだったらしい、詳細が思い出せないでいるのだ。
《死薔薇の園》の詳細データを自分の端末に全てコピーする。
それから今し方調べた蔵書の番号をもとに、ユキトは図書館を歩き回った。書物をデータ化するという計画があるそうだが、現在のこの蔵数からして十年は掛かると言われている。一部は試作として提供されているが、未だ本の需要は根強い。
本を全て抜き取り、ユキトは個人スペースに区切られた机に向かった。
アッシャー・ブライトマン著作の『《天使》と《悪魔》』と『悪魔白書』。アンブロット・プー・マシュー著作の『異界論』。TDB著作の『戯曲・地獄篇』。一応、プロウィエン・M・デモールの『ドッキリ《巣穴》探検ツアー』も持ってきた。
ぶっちゃけ最後のは要らない気がするけど。
ちなみにこの著者は全員故人だがかなり有名だ。おそらくここに住まうものなら知っていて当然であろう。いや、それでは語弊があるか。こう言うべきだろう「ダンジョンメイカーなら知っていて当然だ」と。
なんせこいつら全員ダンジョンメイカーだった奴だし。
◇◆◇◆◇
一番有名なのはアッシャーだろうか。彼は今から百年ほど前にいた、“原初の”ダンジョンメイカーだ。エンツェリア王国でもまだダンジョンメイカーなんて職業はないころだし、当時で言えば冒険家と言ったほうがいいかもしれない。
だから本格的に地図を作ることはしていなかったようで、彼の手記には明らかに手抜きな、目印程度の簡単な地図のみが記されていたという。
そしてアッシャーに感銘を受け旅立つ途中にダンジョンメイカーとしての初めての地図を制作した者がアンブロットだ。
最初はアッシャーと同じ冒険家を目指していたらしいが、移動を商人の馬車に同伴させてもらう際に、彼らがいかに危険な旅をしているかを知り、安全な通商ルートを探す方に転換した。ダンジョンメイカーの礎と呼ばれる人物ということだ。
まあ、他はそれほど知っている必要はない。
TDBは自称・吟遊詩人で、ダンジョンメイカーをやりながら詩を作って出版していた人物だ。ユキトの師匠が子どものころにいたらしく、風変わりな様が人気だったらしい。
とはいえ彼もSランクだったという。凄腕だ。そして詩の内容も、馬鹿っぽいのは多々あれど、よくよく読んでみればその開拓地の特色を表していたりする。とてもすごい変人なのだ。
プロイウェンも似たようなもので、ランクはAだったがかなりの実力者だったが、《地獄》巡りばっかしていたという。本人曰く「エキサイトでスリリングで足を踏み入れただけで軽くイッちまうゼ」と宣っていたらしいが、十年くらい前にマジで《地獄》探検中に逝ってしまった。救いがたい馬鹿である。
結局凄腕のダンジョンメイカーはみんな頭のネジがどこかぶっ飛んでいるのだ。アルグもあれで前線の肉弾戦が大好物な脳筋戦闘狂だったりするし。シモンだって言わずもがな、だ。それも自分自身に返ってくるもんだから悲しい。
まあ、なんにせよそんな変態的先達によって《地獄》がなにかは説き明かされつつある。しかし解っていないことの方が多いのも事実だ。
ましてや現在は《地獄》を探索するダンジョンメイカーは少ない上に、日々の生活に追われそれ以上深く考える時間などないのだ。つまり今のユキトたちダンジョンメイカーは昔の彼らよりも知らないことが多いのだ。
先達の知識を生かしてこその次代。師匠はよくそう言っていた。だからこそ師匠はユキトを図書館に放り込んだのだ。
「……さてと」
時間はあるようでない。今日中に終わる作業ではないが、早く終わらせることに越したことはない。
ユキトは本を開き、読み進めながら、端末を使ってそれらの要点をまとめていく作業を始めた。
◇◆◇◆◇
「……やつれてんなーお前」
五日目の午後。休憩がてらグースのカウンターで突っ伏すユキトに、呆れた口調でレイニーが言った。
「うるせー」
「この頃はずっと図書館に篭りっぱなしか?」
「ああ……ちょっと字を目で追うのが苦痛になってきた。軽く鬱だわ」
「それも師匠の教えってやつか? よくやるよ。俺なら三分で吐くわ」
「どっちかって言えば自分のためにやってるだけだ」
「ふぅん……よく解んねーけどほどほどにしとけよ?」
「そういうわけにもいかないだろ」
「あっそう。お前も気負い過ぎだと思うけどな……気持ちは解らないでもないけど。つーかお前は結局参加するつもりなわけ?」
「一応な……」
「ここらじゃ騎士団の噂で持ち切りだしな。すでに失敗することは織り込みずみってのも可哀相だけどよ。お陰で騎士連中はイライラマックスハートだぜ」
こっちしてはざまーねーけどなーと笑いながら、レイニーはユキトの前にコーヒーを置いた。顔を上げる。ユキトは怪訝そうにレイニーを見つめたが、レイニーはにっとまた笑った。
「今日は奢りだ」
「気が利くな」
「気遣いの男だからねー」
「嘘くせ」
「素直じゃないなお前。……そこへいくとホントにお前はどうして参加するんだよ。お前、騎士団なんか大嫌いだろ? それこそ助ける義理なんかないくらいに」
「……ああ」
低く小さな声でユキトはポツリと漏らし、コーヒーを飲んだ。
「それに、生き残ってるかどうかすらも怪しいしな。全滅も有り得るっつーか九割方全滅だろ。〈光舟〉の方でも賭けやってるぜ?」
「小耳には挟んでる」
〈光舟〉はダンジョンメイカーのよく集まる酒場だ。ダンジョンメイカーにはギルド無所属で、色んな人間と組んで仕事をするフリーランサーもいるため、こういった仲間集めの場としての酒場や喫茶は重宝されている。それによく顔を出していれば顔も売れるし、こういう酒場はギルド関係の人間もよく来るから、売り込んだりも出来る。そういう社交の場は王都ネイルには点在している。
今では騎士団が何人生き残っているかの賭け事が流行っているらしい。通りでたまたま聞こえた話だ。まあ、そりゃそうなるだろう。所詮他人の命だ。自分に関係ないそいつらどこでどうなろうと、それこそ関係がない。そこで無関心を決め込めばいいのに、面白がってせいぜい乗っかるかとゲームにする。
胸糞悪い話である。嫌悪を覚える。だが、同族嫌悪みたいなもんだろう、そんなのは。僕が《剣雄》だった頃は、そもそも目の前の自分で摘み取った命すらどうでもよかったのだ。どこまでも無関心だった。
彼らと僕とどっちが胸糞悪いのかなんて考えるまでもないのだ。どっちもいっしょだ。
それでも。
「僕の剣が誰かを助けられるなら……それでいいと思っただけだ」
「あん?」
「理由だよ。お前が聞いたんだろ」
「……ああそう。相手が騎士団でもか?」
「フィオナさんにも言われたんだ。『困っている誰かを見捨てるような人にはなってほしくない』って……ってなんだよその顔は?」
レイニーの表情は未知のモノでも見たかのように、驚きに満ち溢れていた。
「へぇ。こいつは驚いた。フィオナさんね……懐かしい名前だ。ってことは帰ったのか……ヘェー」
驚きの表情を次第にニヤニヤといやらしい笑みに変えるレイニーを、ユキトは睨みつけた。
「……なんだよ」
「いや? じゃあフィオナさんは賛成なわけか?」
「いや。行ってほしくないとも言われた」
「んだそりゃ」
「自分で決めろって……そう言われたよ」
「さいで。まあ、あの人らしいっちゃらしいか」
「……だから僕は選んだんだ」
「そっか……」レイニーはカップにコーヒーを注ぎ、それを持ってカウンターにもたれ掛かった。「ま、お前の選択だ。どやかく言う筋合いじゃないしな。お前がそれでいいんならそれでいいんだろうさ」
「…………」
言葉を濁すレイニーを横目に、ユキトは無言のままでいた。
こいつはきっと解っているんだろう。解っているからこそ、あえて言わないのだ。
騎士団のためでなく、救出に参加するアルグたちのためというのも結局は方便で、突き詰めればそれは「誰かのために」と理由を付けて剣を持つことで自分を慰めているにすぎない、ただのエゴなのだと。
ただ生も死も無関心に、呼吸と同じように人を斬り続けてきたあの頃の自分とはもう違うのだと思いたいがために。
今まで誰も守れなかった、ただ殺すだけの自分でいたくないがために。
自然と、沈黙の帳が落ちる。
ユキトは頃合いだと思い、コーヒーを飲み干して立ち上がった。
「んじゃ、行くわ」
「おう」
「コーヒーごっそーさん」
「ま、倒れねえ程度になー」
レイニーに軽く手を振り、ユキトは外に出た。
しばらく扉の前で喧騒をぼーっと眺める。アークはいつだって賑わっている。自由の象徴として描かれる神代の英雄ガラ。そこから名を得たガラ・ド・アークは自由な市場だ。悪く言えば闇市。
ここが閑散とすることはない。
ダンジョンメイカーにとっても、装備品などの補充には専門店意外にもこういう場所で揃えることも多い。型落ちのメーカー品も置いてあったりするもんだから、消耗品の類ならとそれを買うわけだ。だからここにはダンジョンメイカーも大勢いる。
この中に何人、騎士団救出任務の参加者がいるのだろうか。
僕はこの剣で何人守れるのだろうか。
白夜の柄を軽く撫でる。手に馴染んだ相棒。時たま折ってしまいたくなる憎い敵。そんな矛盾した刀で僕は誰かを守れるのだろうか。
あの三人の少女を守れたことを、偶然とは思いたくない。だから証明し続けなくてはならない。偶然などではないことを。
「出来んのかよ……」
自信は皆無。
あるのは不安のみ。
というかお笑い草だ。「守る」ということは生まれた時からユキトに与えられた存在意義だ。そしてそれは同時に「殺す」と同義。ユキトにとって誰かを「守る」ことは他者を「殺す」ことと同じだ。そこに自らの意思は介在せず、ただ命令通りに立ち塞がる全てを殲滅する。
《剣雄》。
常に敵対者に攻勢に出る最悪の守護者。凰州の都、辰那弥に巣くう勇者の仮面を付けた殺戮者。
そんな自分が何かを守りたいと思っている。結局、どれもこれも与えられたものだというのに。それをずっと胸に抱きつづけている自分はさぞや愚かで滑稽だろう。
「は……」
いつからこうなったんだ。
誰かの命を失うことにこうも胸を痛めるようになったのは。
始まりはあの日。凰州を投げ出された日からか。罪人として追われ、友を失い、もう彼女を守ることは出来なくなった。存在意義を失った僕を迎えてくれた師匠は先に逝き、そしてとどめにあいつが死んだ。
気付けば僕の心はボロ雑巾だ。
けど、もう誰とも拘らいたくないと思っても現実はこれだ。臆病で寂しがりで、何も失いたくなくてまだ僕は誰かを守ろうとしている。
誰かを守ることで自らの存在を証明しようとしているのだ。それしか方法を知らないから。
つまるところ自分のためだ。
誰のためでもない。僕自身のために、剣を持つにすぎない。
きっとそんなだから、こんなにも虚しいんだろう。
虚しくても、やるしかないのだ。僕自身を証明するために。そう言い聞かせて重たい足を前に進める。そして喧騒の荒波に紛れ込んでいった。
このまま流されてしまえばどれだけ楽だろうか。
そんなことばかり考えながら。