第一章<17> 覚めない悪夢
気付けばこんなに更新してなかったという衝撃。
ウィザードリィにはまり、熱中してました。
ごめんなさいm(__)m
いやでも、やっぱPS3のWizはいいですね。キャラの絵が可愛い。ポークルがドツボです。
男はなんか厳ついけど。特にノームとか……超ダンディ。
……すいません。
こんな感じで廃人化しつつあります。
テイルズ発売すれば、治まると思うので暫しのお待ちを。
孤児院で夕飯をご馳走になったあと、フィオナや子どもたちに見送られ、ユキトは第零区をあとにした。夜の歓楽街を歩く。
飲む気分でもないし、思いの外今は心は軽い。嫌な目に遭う前にとっとと家に帰りたかった。早足で第二区を目指す。
第五区歓楽街シドルベル街区の通りを歩いていると、聞き覚えのある声がユキトの背中を叩いた。
「お、ユキトじゃん」
神様。僕は貴方が嫌いです。
振り返ると、無骨な風体の男が赤らんだ顔で近づいてきた。綺麗に酔っ払ってやがる。
「シモンか。僕はもうねんねの時間だからお家に帰ります。邪魔すんな」
「そー言うなよ。これから二軒目なんだけどよ、」
「行かない」
「そう言うなよぅ」
冷たくあしらって歩きだそうとすると、肩を組まれた。酒臭い。ユキトは露骨に嫌そうな顔をした。
「酒くせーぞ」
「そーかぁ? まだ全然飲んでねーけど」
そういう奴は大抵馬鹿飲みしてるんだ。気付け馬鹿。
「にしてもここをお前が歩くなんて珍しいじゃん。何? 独り酒? やめろよなーみずくせー」
「話聞いてた? 家に帰る途中なんだよ」
「マジかよーつまんねーよー」
「ならお前のお仲間と飲み直せ」
なんで僕が酔っ払いの相手をしないといけないんだ。
シモン・モルディス。ギルド《鬼火》を率いる男。中堅ギルドの大将だが、実力は上位に位置している。こんな酔っ払いが、だ。
戦闘のスタイルを大雑把に説明するなら、騎兵槍による突撃か投槍の投擲からの騎兵剣による突撃という、突撃の好きな男だ。なんでこいつは未だに生きているんだろうか。
別段パーティーを組んだことがあるとかそういうわけではない。単純にグースに入り浸っていて、よく顔を合わせているうちに絡まれただけだ。交通事故みたいなものだろう。
「冷たーいなー。積もる話だってあんだろー?」
「ねーよ。んなもん」
ユキトがそう言うにも関わらず、酒臭い顔をぐいと近付け耳打ちするようにシモンは言った。話を聞けよ。
「つーかよ、聞いたぜ。お前女と歩いてたんだって? しかも複数!」
「女……ああ。あの子らか」
「何? マジ? 噂マジなの? うわ。この女たらし。いやん変態っ!」
「うぜぇ……」
げんなりと呟く。どうやら噂でも流れているみたいだ。どうせ気分のいいものじゃない。厄介事が増えただけだ。
シモンは肘でぐりぐりと突いてくる。鬱陶しいことこの上ない。とっとと二軒目にでも行けばいいのに。
「なーどんな娘だよー。教えろよー」
「あーもーうるせー」
「くっそー。どーせ美少女だろー? いいなぁ。いーいーなあぁぁ! なんでオメーの周りばっか女の子寄ってくんだよー。オナノコホイホイかよー」
……少なくともお前みたいなことを言わないからだろうな。冷めた目でシモンを見る。つーかオナノコホイホイってなんだ。意味が解らん。
喚くシモンは未だユキトの肩を組んで拘束している。そろそろ解放してほしい。ぶすっとして不機嫌な表情で歩く。反応のないユキトを横目に、シモンは溜め息を漏らし、それから小さく笑いの吐息を零した。
「まーでも、少し安心したぜ」
「何がだよ」
「ちょっとは前進してるってことじゃねーか」
「……そんなんじゃねーよ」
そんなんじゃない。前進なんてしていない。僕はずっと停止している。何も変わっちゃいないんだ。
もっと違う。後ろ向きなものだ。あの三人との出会いは。
「あー……なんだ」
俯くユキトを見やり、気まずそうな頬を掻くシモン。
「まあ、俺はいいことだと思うぜ。オメーがどう思っていたとしてもな」
「……そうか」
「そうだ……っと。中央に出たな」
気が付けば第五区を抜け、大きな城がそびえ立つ中央に来ていた。王都ネイルの中央にはこの国の王が居座る宮殿がある。
ラディアント・アストラル・キングダムパレス。
目の前にそびえるそれこそがこの国を治める女王の住まう城だ。
「相も変わらず煌びやかだなー」
「そうだな」
「話変わるけどよ……お前って女王の顔と名前知ってる?」
「エーデルフィオーネ・シア・レパレード・エンツェリア……だったかな」
エンツェリア家には謎が多い。騎士団ですら、そのほとんどが女王と顔を合わせたことがない。大臣や一部の貴族、あとはせいぜい近衛騎士くらいだろう。たぶん。
「すげえな……俺全然知らねーわ」
「お前、僕よりここの生活長いよな……?」
「いやでもさ、顔も見たことねー女王陛下の名前なんか覚えられなくね?」
「それは単に覚える気がないだけだろ。言い訳すんな」
とはいえ、シモンだけではないだろう。この国の全権が誰にあるのか、そしてそれが本当に女性国王なのか。ユキトにも実際のところは解らないのだ。
ダンジョンメイカーへの手厚い保障に関しても、女王のお触れという名目で協会越しに出されたものであって、女王が直接指示したものかどうかなど定かではない。
考えてみれば不気味な国だ。貴族は成りで解る。だが女王だの大臣だのは顔も解らない。国の中枢にいる者がどんな奴なのかがはっきりしていない。
大体の王国には謁見の日が設けられるものだが、それすらない。城は何人も侵入禁止。ここはだからいつだって閑散としている。JMCといい勝負だ。
「君臨すれど、その実見せず……って、国的にはどうなんだろうな……」
「さーな。あ、ユキトよ。これ聞いちゃ駄目かもしんねーけど、凰州はどうだったんだよ?」
「あん? あー……」
「ほら、あの国鎖国してんじゃん? 外部に情報がほとんど漏れねぇし」
「そうだな……」
凰州は皇国。絶対君主制の国だ。まあ、ここと大して変わりはないが、凰州は小さな島国だ。おのずと王の権力は絶大になる。
先代は光武帝。そして今は……。
「あそこは言うなら鳥籠ってとこだ。こぢんまりとした、鳥籠だよ」
「ふぅん……どこも変わらずか。そんなもんだよなぁ……」
「世知辛い世の中だよ」
「まったくだ」
ユキトとシモンはくっくっと笑いあった。
どこだって一緒だ。規模の差こそあれ、国という鳥籠の中でしかほとんどの人間はもはや生きられなくなっている。ユキトがかつていた凰州という国は、その最たるものだったということだ。
「そういえばよ、《蛇竜》ってあんじゃん」
「凰州人系のギルドだったな」
「あそこのマスターとお前って知り合い?」
「なんでそんなこと聞くんだよ」
「いやさ、あの人普段からこえーけど、お前を見る目はかなり険しいかんな」
「それは……僕が凰州人の面汚しみたいなもんだからじゃないか?」
「面汚しって……そんなこたねーだろ」
「どうだかな……あそこの副長さんにはめちゃくちゃ嫌われてるぞ。僕は」
気が重いものだ。いずれ始まる騎士団救出依頼。未定とはいえほぼ確実な話。行き先やアルグの話を鑑みても《蛇竜》の参加は必須。
針の筵とはこのことだ。
言い換えるなら、四面楚歌ってとこか。
「でもよぅ……副長さん、美人だよなぁ」
そんなユキトの不安や憂鬱には意にも介さず、シモンは恍惚としていた。
「あのきつい目で睨みながら言葉責めにしてほしいぜ……」
「……変態か」
というかマゾだ。
シモンの馬鹿さ加減といい逞しさといい、ほとほと呆れつつも若干の称賛を贈る。贈り物は溜め息だが。
「ネアさんみたいにお姉さんタイプでもいいがな!」
「知らねえよ!」
この後はずっと真面目な話などそっちのけで、ユキトは馬鹿の馬鹿話に付き合わされることとなった。
単に酔っているからか、それとも気を遣わせているのかは定かではないが、ほんの少しだけ不本意ではあるが助かった。気が楽だった。
そしてこの翌日、騎士団が《死薔薇の園》に向けて出立したという情報が王都中を駆け巡った。
最低の気分だった。
◇◆◇◆◇
――昔の夢を見た。
僕は刀を握っていた。まだ抜いてはいない。刀の納まった鞘だ。だがそれは子供の体躯には明らかに不釣り合いな長さの刀。決して竹光などではない。それは本物の刀だ。
そこは道場みたいな場所だった。木造の広い間。正面には掛け軸。何の絵かは思い出せない。
何人かの大人が座っていた。僕を見ていた。いや、正確には僕ら見ていた。
僕の向かいには男が立っていた。
男は大人だ。
刀を握っている。もう抜いている。構えているのだ。その銀の煌めきは明らかに本物の刀剣であることを示している。恐ろしいまでに。
これは試合だ。
いや、死合いだ。
緊張はしていなかった。心穏やか……そういうわけでもない。何も考えていなかった。どうでもよかったのだ。
退屈な。
退屈な死合い。
男は小馬鹿にしている。僕を嘲りの目で見ている。子どもだから。勝てるわけがないと思っているのだ。
思い出した。この死合いは本当は木刀だったんだ。《剣雄》の力を侮った者たちが謀ったように勝負を挑んできた。その中で一人の男がいきなり刀を握って言ったのだ。「木刀では緊張感があるまい。ここは真剣でどうだ」と。
周囲はざわめいた。止める者もいた。男は強いらしい。子どもに剣を向けるなど。そんな声が聞こえた。アホくさ。僕はその時そう思っていた。こっちは忙しいのだ。あの子が待っている。時間は掛けたくない。僕は無言で剣を手に取ったのだ。
ひくつく男の顔。醜悪だ。そして哀れだ。怒りに変わる男の表情。男は言う。「後には退けないぞ」と。馬鹿馬鹿しい。いいからさっさと来いよ。
そして対峙する。
僕が酔狂で剣を持ったとでも思ったのか、男は嘲っている。どうでもいいけど、早く来いよ。まあ来ないならそれでもいいが。
周囲の緊張だけ感じられる。僕はいたって普通。普通に憂鬱だ。
対に男が動き出した。何か言っていた気がするが、どうでもいい。
「しゃああああああぁぁぁぁっ……!」
発声。
男が斬り掛かる。蹴りだし、踏み込む。剣が振り下ろされる。ハエが止まる勢い。遅すぎる。
僕は体勢を低く保ち、間合いを詰める。男も詰めているのだから、それほどの蹴りだしは要らない。男は眼前。抜刀と同時に一閃させる。狙いは腕だった。まるで豆腐を斬ったかのように、容易く腕を斬り落とす。
悲鳴。
悲鳴。
阿鼻叫喚。
僕はいたって冷静だ。倒れる男を見る。
「あああああ……くそ……くそ……」
憎々しげに、痛々しげに。
「くそ……許さない。許さないからな……」
その男は……男は……彼で……あいつで……
周囲も僕を見ている。
睨みつけて。口を揃えて。
「お前を許さない」
◇◆◇◆◇
「――うわあああぁぁぁっ……!?」
跳ね起きた。
心臓が早鐘を打っている。痛い。痛いくらいだ。胸を抑える。よかった。生きてる。
汗で全身が濡れていた。
「はあ……はあ……くそ……」
めちゃくちゃ嫌な夢を見た。悪夢だ。なんだって。くそ。
落ち着いてくる。それから起き上がった。外を見る。もう日は昇っている。朝だ。最良の天気だ。そして最悪の気分だった。
昨日の情報のせいだ。騎士団の遠足。行き先は《死薔薇の園》。行って帰ってくるまでが遠足だが、帰って来られるわけがない。絶対阿呆だ。騎士団は。
「くそ……」
シモンに一昨日出会い。その翌日に騎士団の遠征が始まった。出たのは明け方。情報は昼過ぎだ。レイニーに聞いたのだが、最低の気分になった。
帰ってきてくれれば問題はない。だが保証はない。期日はまだある。遠征は往復と現地探索で長く見積もって二週間。それを過ぎれば救出依頼が発表されるだろう。そうレイニーは言っていた。
今回の目的は騎士団がダンジョンメイカーなど不要であることを証明するためのものであり、それなりに地図を作っていればそれでいい。全制覇する必要はないのだ。
おそらくは侵入する《巣穴》から脱出する《巣穴》までの地図。どこからどこまでかは解らないが、奴らが常識人なら長くても二日で出られる間隔。たとえ馬鹿でも地獄に一週間もいたくはないはずだ。
それゆえの二週間という猶予。
長いようで短い十四日間。
その一日目がこれだ。
あれは幼少の頃の夢だ。凰州時代の夢。守人が僕であることに反感を覚えた馬鹿な剣士どもがこぞって剣を向けた。その一人が真剣を向けた。だから僕は腕を斬り落とした。
いや、留めを刺した。
あの頃の僕は殺しをなんとも思っていなかった。生活の一部だし、どうでもいい奴の死なんてそれこそどうでもよかったのだ。
いつから僕は人の死を恐れるようになったんだろうか。あの時だろうな。最初は彼で。最後はあいつだ。親しい者の死は僕にとっては辛いものだった。だけど安心する自分もいるのだ。まだ人の心があったことに。
最低だった。
「着替えよう……」
身体が気持ち悪い。
服を取り替える。今日も出ていく用事はない。協会に行く気にはなれない。まだ腹を決めかねている。どうすればいいか答えが出ていない。私服を取り出して、それに着替えた。
フィオナさんは自分で決めろと言ったけど、どうすればいいんだろうか。
懸念すべきは僕が参加することで死亡率が高まることだ。それでは本末転倒。意味がない。
《白い死神》と呼ばれるゆえん。それは今までのパーティーの全滅率だ。
ほとんどが全滅している。そんなクソッタレな統計をとる気などさらさらないから数えてはいないが、親しい仲間はほとんど死んだ。
運が悪いなどという段階ではない。それこそ《死神》だ。
そんな僕が参加すれば、組織に反発が生まれる。それは不信を産む。そしてチームワークを乱しかねない。それは欠陥を作り、損害に繋がるだろう。
僕の参加は個々の力を上げはするが、組織的な力は下げる。《死薔薇の園》では孤立するものは死ぬ場所。組織的な行動が必要だ。僕が乱すわけにはいかない。
「死神ってより疫病神だな……」
自嘲の笑いが込み上げてきた。
顔を引き締める。
参加するかしないか。それを判断するのは最後だ。
その判断材料を僕は集めなくてはならない。
必要なものは知識だ。これは師匠の教えでもある。知識は生き延びるためにあり、力は誰かを守るためにある。自分が生き延びなければ誰も守れない。だから最初にいるのは知識だ。
知らなくてはいけないのは《死薔薇の園》。
そしてそこの住民――《悪魔》のことだ。
ユキトは荷物をまとめ、階下に降りる。ティエリッタさんに軽く挨拶を済ませるとすぐに宿を飛び出た。
真っ直ぐ第一区を目指す。
あまり時間はない。
出来ることからやるしかない。
悪夢は終わらない。永遠に続く。だけどあの悪夢をこれ以上酷くしないようには出来る。罪を和らげることは出来なくても、罪を深めないようには出来る。だからやるしかない。
やるしかないのだ。
自分のために。