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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
17/36

第一章<16> 懊悩は死神を家に帰す

 凰州の地から投げ出されて、五年前に行き着いたのはエンツェリア王国だった。そしてユキトはそこで師匠せんせいに出会った。というか拾われた。

 この教会に連れて来られた時、次に出会ったのが目の前に座る尼僧服の女性だ。

 フィオナ・アーグネクリフ。

 師匠の奥さん。ここでの生活の一切を切り盛りしている。まだ三十代か後半だが、気立てもいいし料理は美味い。なにより美人だ。子どもたちからも大人気の母親だ。

 ちなみに子どもはこの二年間でまた六人も増えたらしい。独り立ちして出て行った子どももいるけれど、全体的には増えている計算だ。総勢十八人。随分と子沢山だ。

 師匠が死んでまだ三年というのに、一番辛いはずなのに、それを噫にも出さず子どもたちの世話をしている。

 ……なんだが矛盾があるような言い回しになったな。師匠死んでるのにまだ子ども増えるって。

 子どもたちに血の繋がりはない。フィオナとも、師匠とも、もちろん僕ともだ。

 全員が孤児みなしごなのだ。

 アーグネクリフ孤児院。

 教会は今ではそう呼ばれている。

 そう。ここは孤児院なのだ。

 歓楽街からまるで塵のように棄てられてきた子ども。あるいはそれ以外の理由。たくさんクソッタレな理由はあるだろうが、エンツェリア王国には孤児が溢れている。貴族の慈善事業ノブレス・オブリージュとして孤児院もそれなりにある。だが正直貴族なんていう肝の腐った連中の孤児院なんて真っ平ごめんだ。

 かつて師匠は騎士団にいた。かなり高名な騎士だったらしい。貴族とも顔をあわせることなど日常茶飯事だった。だから師匠はそういうところに預けられる子どもがどんな目に遭うのか・・・・・・・・・も知っていた。だからここに孤児院を作った。

 第零区という無法地帯にあって、最も安全とされる孤児院。

 それがここだ。

「重い……」

 だがユキトは押し潰されかけていた。子どもたちによって。ユキトの安全は脅かされていた。

「ユキにい! 久しぶりじゃん!」

「なんでいんの? なんでなんで?」

「すっげー刀かっけー! 触っていい? 触っていい?」

「離れなさいよ馬鹿ども! ユキトはあたしたちとお喋りするんだから!」

「そーよそーよ!」

「うっせーブス! 女はひっこんでろ!」

 超うるせえ。

 んでもって超重てえ。

 ユキトが孤児院を出る前からいた、古参の者たちはしっかりとユキトを覚えていたらしく、現在進行形でめちゃくちゃにされていた。死にそうだ。化け物に殺される前に子どもたちに圧殺されかねない。

「貴方たち、そろそろやめなさい。ユキトさんも困っているわ」

 救世主メシア登場。後光が注して見えた。

 いやはや母は強しというかなんというか。その一声で子どもたちはユキトから離れた。なんだこのヒエラルキー。

「大丈夫?」

「ええ……助かりました……」

 目の前にお茶が置かれた。

 起き上がって折り目を正す。ユキトはそれを手に取り、一口啜った。その間にフィオナはユキトと向かい合うようにして座る。

「二年ぶりかしら?」

「そうなりますね……いつかはと思っていたんですが……結局二年も空きました」

「噂は聞いているわ。大変だったわね……」

「そうでもないです」

「嘘は駄目よ」

「う……すいません」

 少しきつめに言われて、ユキトはすぐに頭を下げた。敵わない。

 フィオナは少し笑うと、カップに口をつける。それを降ろすと、ユキトを真っ直ぐ見て言った。

「貴方が来たってことは、わたしに何か言うことがあるんですよね?」

「……ええ。まだ仮定の話ですが。話しておくべきだと……先に、振込みの方はされていましたか……?」

「ええ……でもユキトさん。仕送りなんて、貴方が気を遣うことはないのよ? うちはわたしの収入でちゃんとやっていけてるし」

「僕は……これくらいしか出来ませんから……」

 金欠にあった理由は、仕送りが原因でもあった。討伐依頼を請けずにいたせいで、報酬は減り、それでも仕送りのお金が減れば心配をかけてしまうとほとんど同じ金額を送っていた。それゆえに貧窮していた。

 女々しい未練と、薄っぺらいプライド。それだけだ。

「それで貴方が辛い目にあっていれば意味がないんです……わたしは貴方が無事であってさえくれれば……」

「僕には師匠にも、フィオナさんにも、大きな恩があります。それを返したい……それだけです」

 第零区にある孤児院が安全な理由は、師匠がいたから。師匠の存在が孤児院を守っていた。そして師匠なき今、その跡を継いだのは僕だ。

 この孤児院に手を出すことがどういう意味を持つことかを知らしめなくてはならない。ダンジョンメイカーになったのは、ある意味それが理由でもあった。

 誰かを守りたかったのだ。殺しの剣しか振るえない自分でも、誰かを守れると信じたかった。

「恩だなんて……貴方は家族よ? そんな他人行儀な……」

「こんな僕を家族だと思ってくれるのなら……恩を返させてほしいんです。でないと、僕が僕を認められない」

 とどのつまり僕自身のエゴでしかないのだ。

「すいません。自分勝手で……」

「ううん。いいの。貴方がこの場所を自分の家だと思ってくれているんですもの。とても嬉しい」

 彼女の優しく、しかしどこか儚げに微笑む姿が心に痛かった。

 どう、切り出せばよいのだろう。僕は。どう伝えればいいのだろう。

 黙り込んでしまうユキトに対し、フィオナの方から切り出してきた。

「ユキトさん。話はそれではないんでしょう?」

「……ええ」

 本当は話すべきではないのかもしれない。忘れたくても忘れられないことを、僕はまたほじくり返そうというのだから。

「騎士団がまた《死薔薇の園》へ挑むそうです」

 そして僕はアルグから聞いた全てをフィオナに話した。


◇◆◇◆◇


 全てを話し終え、二人は黙る。子どもたちは不安げに扉の向こうから覗いている。

 沈黙の帳を上げたのはまたしてもフィオナだった。

「……そう。それで、貴方はどうするの?」

「僕は……正直迷っています。騎士団に命を張るなど馬鹿馬鹿しいと思う自分もいます。でもアルグの頼みでもあります。数少ない、僕の友人です。失いたくはない。それに騎士団を見捨てれば……師匠の死も無駄になりかねない」

 フィオナは何も答えない。ただじっとユキトを見つめて聞いている。

「孤児院のこともあります。僕の身に何かあればここを守る力はなくなってしまう……」

 どうしたらいいのか、解らない。

 ユキトは呟くようにそう言った。

 自然と俯く。明確な答えが欲しかった。どうすればいいのか。導いてほしかった。多分、僕はそのためにここに来たのだろう。

 フィオナはややあって口を開いた。

「ユキトさん……その答えはわたしに求めちゃ駄目」

「………」

「気持ちは痛いほどに解る。わたしは正直、行ってほしくない。きっとあの人も同じ気持ちだと思うわ」

「なら……」

「でも、貴方には友人を、困ったいる誰かを見捨てるような人にはなってほしくもないの」

「………」

「行くか行かないか。それは貴方が決めなさい、ユキト。貴方がどうしたいかで」

「僕は……」

「まだ騎士団が帰ってくる可能性だってあるんですもの。ゆっくり落ち着いて、その時までに考えればいいと思うわ」

 フィオナは笑顔でそう言った。慰めにすぎないことは解る。だけど、そんな表情をされて、僕はもう答えられる返事は一つしかない。

「……はい」


◇◆◇◆◇


 思えば、僕は何かを求めてばかりだ。

 求めることこそ人の本質とはいうけれど、僕の場合はどこか違う気がする。誰かの判断に身を委ねている、といったほうがいいかもしれない。昔からあれを斬れと言われて剣を振るう。そんな生き方が身に染み付いていた。まるで操り人形だ。

 今だってフィオナに判断を委ねようとした。フィオナが行けと言えば僕は間違いなく行っていた。

 そうしたほうが、楽だから。

 希薄な人間だ。いや、だからこそ僕は《剣雄》などと呼ばれるようになったのかもしれない。剣の師である七代目飛燕は昔、型を稽古する僕に向かって「お前は飛ぶ燕というよりは暴れる猛禽だ」と言った。僕は飼い馴らされた猛禽だった。自ら餌を求めるのでなく、与えられた餌を狩る。そんな猛禽だ。

 それは今も対して変わらない。与えられなければ僕は何も出来ない。この国にはダンジョンメイカーという職業があった。依頼を与えられ、食うためにそれをこなして生きている。

 きっとここ以外の国にいたって僕は傭兵だのなんだのと、ただ何かを命じられるがままに動く職に就いていただろう。

 多分僕と他人との違いは求め方だ。あるいは求める姿勢だ。自発的か受動的の違い。そんなところだろう。

 冷静に自分を分析すればするほど自分の間抜けさが見えて来る。どうしようもなく自分が嫌になる。

「はあ……」

「溜め息吐いてっと白髪増えんぞ!」

「もう真っ白じゃん! どんだけ溜め息吐いてんだユキにい!」

「ユキトー。こんな馬鹿ほっといてあたしたちと遊ぼうよー」

 子どもたちに囲まれぐいぐいと引っ張られるユキト。再度嘆息した。

「僕考え事してんだけど……」

「禿げるぞ!」

「……うっせーよ」

 元気溌剌だ。こっちの気など知らないで。……馬鹿らしい。子どもに当たるなど。むしろ感謝すべきだろう。少なくとも子どもたちは僕に笑顔を向けてくれる。大人たちの嫌悪の視線を忘れさせてくれるのだから。

 居心地が良すぎるのだ。ここは。自分の罪を忘れてしまいそうになる。だから僕にはここにいる資格がないのだ。

 とはいえフィオナの誘いで夕飯まで付き合うことになった。どうにも断れなかった。全部任せるのも悪いとせめて料理を手伝おうとしたが、子どもたちに捕らえられて遊ばれていた。

 顔と名前が解るのは古参の十三人だ。松葉杖の女の子は二年間に入ってきた新参だろう。

 一番年長が十四才。年少は四才だ。ユキトがいたころには同い年くらいの者がいたが、しばらくして独り立ちした。貴族かどこかの家に奉仕に出たらしい。今はどうしているかは全く知らない。

 よってこの孤児院の最年長者はユキトとなるわけだが、どうヒエラルキー的には最下層にいる気分だ。髪の毛をぐちゃぐちゃに掻き回されて、蹴られてりしていると、そんな思いで一杯だった。さすがに武器類には触らせなかったが。

「あー重いーうるさいー重いー痛いー……」

 笑い声の喧騒の中でユキトは文句を垂れ流していた。どうも自分はお守りには一切向いていない性格なようだ。そういえばと、ここでの生活を振り返る。あの頃は師匠の書斎の本を読みあさって、師匠と剣を交えて、死ぬほど打ち据えられたり、殺すほど打ち据えたりしていた記憶しかなかった。

 孤児院の子どもたちと交流はほとんどなかった。なのになんでこんな懐いているんだろう。よく解らん。

「あのぅ……」

「ん……?」

 重たい首を頑張って上げ、足りない分は目線で補って上を見る。松葉杖の女の子が立っていた。今にも泣き出しそうな様子でユキトを見下ろしている。

「どうした?」

「えっと……さっきはすいません。わたし……」

「ん? あーあれか。いいって。気にするな」

「でも……」

「いいから……っつーかいい加減降りろコノヤロー」

 重たさに我慢の限界が来て、ユキトは背中から首にかけて乗っかっていた男の子を引きずり落とした。それも楽しいようで、転げたあとも笑い声を上げていた。なんだそのテンション。

 やっと肩が軽くなったというところで、また背中に乗っかられる。子どもはどうして何かにすぐ乗っかろうとするんだろう。

「ユキトー。あたしたちとは喋ってくれないのに、その子とは喋るのー?」

 こンのマセガキめ。

 男が去れば女が来るし、どういうローテーション組んでんだ。完全シフト制か。勘弁してくれ。

「僕は大事な話してんだ」

「あたしよりも?」

「おーそうだ。解ったらとっとと離れろ」

 つーかなんだその質問。答えづらいよ。

 歓楽街が近いせいか知らないが、妙に変な知識を付けているようだ。せめて踏み誤ることはないようにしてほしいもんだ。ぶつぶつ文句を言いつつ離れていく女の子たちの背中を見送りつつ、そんなことを祈る。

 前に向き直って思い出す。

 というか目の前の女の子が置いてけぼりだった。ばつが悪く、後頭部のあたりを掻きながらユキトは口を開いた。

「ああ、悪い。さっきのことなら気にするな。あれがここでの正しい反応だしな」

 ユキトは頬を摩りながら苦笑を漏らした。

 それに女の子は顔を朱に染めていた。からかいすぎたか。

 まあ、もとはといえば僕の方が不用意に近付きすぎたところもある。この子に非はない。謝られても逆に困ってしまう。

「今回は僕が悪かった。そういうことで治めよう」

 手を差し出す。女の子は逡巡していたけれど、手を伸ばしてユキトの手を握った。

「あ……と、その、わたしルーシーです」

「ん。ユキトだ。よろしく」

 和解なのか自己紹介なのかよく解らない握手になってしまったが、ルーシーの向日葵のような笑顔を見て、どっちでもいいんだろうと納得した。

 本当に子どもたちには感謝しなくてはならない。

 これから向かい合う問題の前に、僕はこの子たちに十分癒された。本来ならそんなこと許されないのに。

 そして同時に思う。僕はこの子たちの、この笑顔は守らなければならない。色んなものを失った僕だけど、まだ失っていないものがここにあったのだから。

 そのために出来る最高の選択を、僕は選ばないといけないのだ。


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