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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
15/36

第一章<14> 死神の憂い

 協会を出るまで、ユキトたちは終始無言だった。

 多分、ユキトがそういう雰囲気を醸していたのが原因だろう。そんな冷静な分析をしている自分が嫌になる。まるで解っててやっているみたいだ。

 扉の前で自然と足が停まる。ただ、振り返らなかった。振り返れなかった。

「じゃあ、僕は用事があるから」

「あ……」

「まあ、お疲れさまってことで。また縁があったら」

 そう言って逃げるように歩きだした。シエルが、いやアニエもリュカも何か言いたげな様子だったけれど、耳を塞ぐように俯いてその場を離れた。あの子たちの口から零れる言葉を想像するのが怖かったのだ。

 僕は卑怯なやつだ。そんな自己嫌悪に陥る。

 報酬は八十四万二千十三エルと。そのうちの二十万エルを振込みにしてもらった。もう後腐れはないはずだ。王都にいる限りはどこかで会うこともあるだろうが、しばらくすれば彼女らも僕を忘れる。

 なのになんでこんなに苦しいんだ。

「畜生……」

 畜生は僕だ。

 反吐が出る。

 それでも生き続けなくてはならない。独りでも。

 ここは地獄だ。いや、ここ“も”か。

 空を見上げたら、今日は曇り空だった。雨でも降りそうだ。降ればいい。なんでもいいから僕を洗い流してほしい。そんな気分だ。

 感傷に浸る自分が馬鹿らしくて、渇いた笑いが漏れた。

 雲が薄くなったのか、ほんの少し日の光りが増してきた。単純に曇っているだけの天気。愚図ついた天気ってとこか。

「ちくしょう……」

 なんで雨、降らねーんだよ。


◇◆◇◆◇


 ユキトはその足で銀行に向かった。生活費と家賃を下ろすためだ。白夜も一度加治屋に診てもらわなくてはならない。消耗品も切れてきている。ガラ・ド・アークにあとで行くか。

 銀行は第一、第二、第三と三つ存在する。第二、第三銀行は支店なので、規模は大きくない。が、第一はかなり広い。協会が縦にでかいとすれば、銀行は横にでかい。

 そこで適当に金を下ろす。六万円あれば事足りるだろう。

 久々に春を迎えた財布を仕舞い、市場アークの方向に足を向ける。そういえば髭熊に会わないといけない。この時間なら、ギルドにいるか。正直足を運ぶ気にはなれない。

「酒場に行けばいいか……」

 王都の西を貫く大通り、N・Nノワール・ナイトストリートの周囲は主に歓楽街として認識されている。歓楽街は多くの酒場に加え、その手の際どい商売をする者もいる。嘆かわしいことに、王都の西は快楽の街なのだ。

 とは言え出る杭は打たれるので、どこも騎士団に睨まれないようにはしている。騎士団が大目に見ている、ということもあるだろうが。

 夜になればあいつも現れるだろうから、その時でいいだろう。基本的に近寄りたくない区域だし。

 そういうわけでユキトは北に向かうことにした。

 LKストリートを歩く。昼間なので――夜もだけど――かなり賑わっていた。お洒落な服に包まれた男女が歩き回っている。それを遠い目で眺めつつ、アークを目指した。

 行き先はもちろんグースである。

 一発殴る件に関しては忘れはしていない。当然だ。

 グースの扉を蹴り開ける。

「おお、非行青年じゃねーか」

「黙レイニー」

「略すなよ……。つーかなんだ、不機嫌だな」

「お前の情報で酷い目にあったぞ。死ねエセ情報屋」

「お前が死ね」

「うるせえ、お前こそ死ね。金狼と交戦するはめになったんだぞ。接触禁忌だ。その前は鎧殻蟲にも出会った。ふざけやがって」

「おお、さすがにすげーな。狩ったことも含めて」

「魂擦り減ったわクソ野郎。一発殴らせろ」

「うっせーな。最近はダンジョンメイカーの質も落ちてんだ。そうでなくても情報なんて半信半疑が基本だろーよ。美味い話には裏があるってな」

「くたばレイニー」

「だから略すなよ。つーか溜まった情報料は払えよ?」

「死ね**ッキン」

「あらやだお下品ですこと」

 ホホホと小馬鹿にしたような笑いをするレイニー。腹の立つ野郎だ。

 財布から情報料を出す。前回も合わせて七千エル。千エル紙幣七枚をカウンターに叩き付ける。そして椅子に荒々しく腰を下ろした。

「荒れてんなー。なんかあったのか?」

「ああ。お前の情報とかな」

「悪かったって。根に持つなーお前も。つってもそれだけじゃないんだろ?」

「……まあ、な。水くれよ」

「はいはい。どーでもいいけどジュース頼んでほしいね」

「気が向いたらな」

 ユキトの言葉にレイニーは肩を竦めた。しかしそれ以上の応酬をする気はないらしく、グラスに水を注いでユキトに差し出した。短く礼を言ってから一口飲む。

 小さい嘆息が零れ落ちる。

「お疲れだな」

「ああ。あとでアルグに会わないといけないしな」

「へえ。いいじゃん。タダ酒飲めるし」

「なんか聞いてるか?」

「さあなぁ……。また勧誘かもな」

「アホくせ」

 そんなわけない。もう何度も断っている。

「それよりよ、金狼はどうだった?」

「強かったよ。それなりに」

 水面の揺れをなんとはなしに眺めて、少し記憶を振り返る。

「接触禁忌の化け物がそれなり扱いか……。さすがランクSは言うことが違うね」

「茶化すな」

「だが事実だろう? 討伐依頼を受けてれば、別に金欠になるわけでもねーのに。……まあ、気持ちは解らんでもないがな。まだ援助は続けてんだろ?」

「……ああ。当然だろ。あそこは……家だったからな」

「じゃあ住めばいいじゃねーか」

「そんなの出来るわけないだろ」

「お前はさ……難しく考えすぎだと思うぞ。それに溜め込むし。禿げるぜ?」

「余計なお世話だ」

 水を一気に飲み干して、少し強めにグラスを置く。

 同時に立ち上がる。

「ん? もう行くのか?」

「少し買い出し行ってくるわ」

「さいで」

 いってらーと適当に手を振るレイニー。ユキトは小さく笑んで、おうと返した。

 気分は落ち着いたが、レイニーに当たって気分を落ち着けている自分は少し情けない。独りで生きているといっても、実態はこれだ。結局何かに縋っている。

 ホント駄目だな……。

 ずっと成長してない。コディアの言う通りだ。まるで、年だけとってくガキだ。


◇◆◇◆◇


 日も落ちた頃だ。

 ある程度買い出しも終わり、それから一度芙蓉亭に帰宅し、家賃を払った。「少し成長したわね」と大して面白みもなさ気な表情でそれを受け取るティエリッタには苦笑しか漏れなかった。ただ、

「無事で良かったわ」

 という一言には少し鼻の奥がツンとしてしまった。結局、お礼は言えなかったけれど。情けない限りだ。今に始まったことじゃないが。

 で、今いるのがN・Nストリート。

 道の北側が第五区の歓楽街。結構広い区画なためさらに細かく分割されている。というか三つの派閥が出来ているから、それらが鎬を削り合っているだけだが。

 シドルベル街区、レベトロ街区、アプレオス街区。それぞれ特色があるが、まあやってることは大差ない。所詮どこも八九三ヤクザ者の集団だ。

 騎士団の目もあるためおおっぴらに抗争を繰り広げるということもないが、どの街区もダンジョンメイカーのギルドと深く結び付いている。四大ギルドのうち三つもそれぞれ街区と契約を交わしている。

 ユキトが歩くのはシドルベル街区三丁目。道にはほろ酔いの男や女が、端にはすでに潰れた人間のうずくまる姿。よくある光景だ。これでも治安に関してはシドルベル街区は一番マシだと言える。

 しばらく歩くと、<Bar.RICHEMONT>という看板が目に入って来る。他の酒場と違ってひっそりしているのは、ここがまともなバーだからだろう。そもそもここは常連しか来ないような場所だ。

 奴がいるとすればおそらくここだろう。丁度周期に入ってるはずだし。

 躊躇うことなくその戸を開けて中に入る。

 カウンターの向こうに黒い肌にスキンヘッドの厳つい男がグラスを拭く姿が目に留まる。男は顔に似合わない柔和な笑みを浮かべてユキトを見た。

「おや、久しぶりですね」

「ああ、久しぶりだねリッシュモン。髭熊は来てるかい?」

「そこに」

 目線で示す。

 ゴツい背中があった。

 熊のような巨体が小さな椅子に座るから、大変奇妙な絵になっていた。若干沈んでる気もする。

 熊男はこっちに気付き、顔を向けた。リッシュモンよりは薄いが浅黒い肌。そして口を覆う髭。原始人かと思うような容貌。髭熊というあだ名は間違いなくこいつのためにあるといっても過言ではない。

 髭熊はグラスを掲げ、人懐っこい笑みを浮かべた。

「よう、ユキ坊。久方ぶりじゃねーかァ」

「ユキ坊言うんじゃねーよ。半年ぶりだな、アルグ。今は奥さんから逃亡期間か?」

 TSS――《巨人の魂協会タイタンソウルソサエティ》の総長マスター、アルゲルドは苦々しい笑みを浮かべた。


◇◆◇◆◇


 TSSというギルドは王都の四大ギルドに数えられている。それを一代で作り上げた男が隣の髭熊、アルグだ。ちなみにアルグはアルゲルドの略称だ。

 元は小さな中堅ギルドだったようだが、竜族の討伐依頼に多大な貢献をしたことから一気に有名になった。加盟希望者が一気に増え、僅か一年でかなりの規模に膨れ上がったらしい。その頃はまだ王都にいたわけではないので伝聞でしかないが。

 とりあえず、この野性生物のような男がその頂点なのだ。にわかに信じがたい。まあ、確かに強そうだが。本能的な面で。

「セボン・マッケンドレジー、ストレートで頼むわ」

「かしこまりました」

「スト……飲み過ぎはやめてくれよ、ユキ坊」

「そりゃあんた次第だな」

 幼い頃からちょくちょく飲まされてきて解ったのは、自分がざる・・だということだ。それこそ浴びるほど飲みでもしないと酔えない。酒はある意味ユキトにとっては水と同じだった。

 どうせここに飲みに来ているということは、その手のパブに行き過ぎたんだろう。奥さんにばれてそれでバー・リッシュモンに逃亡中だということだ。大体周期的に行われているから、もう週間みたいなもんだろう。

 まあ、アルグも仕事の一部として行っている面もあるだろうから、仕方ないこととも言える。

 シドルベル街区の統括者デルシェロ・シドルベルとTSSの総長アルゲルドは旧知の仲で、組織自体も相互扶助関係にある。端的に言えば街区はギルドに資金提供を、ギルドはその武力をもって街区を守護する。三つの街区はそうやって均衡を保っている。

「で、景気はどうなんだ?」

「んー? カミさんは絶賛激怒中でィ。愛してるリーゼと囁いても赦してくれねェ。子どもも近寄ってくんねェしよ……グスン」

「いや、あんたの夫婦仲なんざどーでもいいよ。子どもは単純に髭面が嫌なんじゃねーのか?」

「おいおい、チャームポイントを剃れと?」

「それがチャームだと思っていることが恐ろしいわ。髭熊が。いつ狩猟されてもおかしくない面だぜ」

「俺のハートを射貫ける猟師ハンターはリーゼだけでィ」

「あっそ」どうでもいいわそんなもん。「つーか話戻せや。景気はどうだって聞いてんだよ」

「ん、他のギルドも変わりないし、街区も安定していらァ」

「そうか」

 酒を飲み干し、グラスを置く。

「ユキ坊がそんなこと聞くとは珍しいな」

「……僕への用事なんて大体面倒事だ。考えられるところから先に潰しとこうと思ってな。あ、同じものもう一杯」

「少々お待ちを」リッシュモンはそう言って手際よく酒を用意する。

「用事……って気が早いな。もう少し話してもいいんじゃねえかィ? 近況報告とかよ」

「用事言ってとっとと僕を帰さないと破産だな」

「……自重すりゃいいじゃねェか」

 げんなりするアルグを横目に、ユキトは小さな笑みを浮かべる。視線を外し、酒を一口飲む。そして徐に口を開いた。

「……で、用事はなんだ? あんたが言い淀むってことは、どうせ面倒事なんだろう?」

「む……まあ、そうだな。気分のいい話じゃねェ」

 アルグはグラスを置いた。随分と勿体振る。

「……騎士団が動いた。またあそこ・・・に行くらしい」

「な……」

 ユキトの中に動揺が走った。

 一瞬耳を疑った。目を見開き、アルグを見据える。微かに手が震えていた。それほどまでにユキトは驚いていたのだ。

「それは……」

 喉がすでに渇いている。さっき酒を喉に通したところなのに。ユキトは生唾を飲み込んだ。

「それは本当か……?」

 正直、嘘であってほしかった。あんなこと・・・・・があって、まだ諦めていないのか。懲りずにまた同じ過ちを犯そうというのか。そんなこと、許されることじゃない。僕が、赦せない。

 だけど、

「……ああ」

 真実なんてそんなもんだ。

 アルグはつまらない嘘は吐かない。わざわざ呼び付けてまで、そんな悪ふざけはしない男だ。だからこそ、余計に行き場のない憤りを覚えた。それをグラスに口をつけることで忘れさせる。

 アルグはユキトを一瞥してから、少々歯切れ悪く口を開いた。

「なァんか騎士団の軍縮が懸念されててなァ……。権威オーソリティ復活といったところか? あとは貴族側の圧力もあってな。まあ、貴族の成り上がり騎士ナイトさまも多いしなァ……そういうこともあって踏み切ったらしい」

「踏み誤るの間違いだろう……そんなもの」

「俺もそう思うがなァ……問題はそこじゃねェ。お、リッシュモン、もう一杯だ」

「少々お待ちを。ロックで?」

「おう。ユキ坊は?」

 ユキトは無言でまだ半分酒の残ったグラスを持ち上げた。アルグはそれで納得したようで、他には何も聞いてこなかった。しばしの沈黙が続き、リッシュモンがグラスをアルグの前に置いた。アルグはサンキュと短く言って手にとる。半分ほど一気に飲んだ。

「……ぶは。で、だ。こいつァ間違いなく失敗する。俺もそれは解ってんだ」

「ああ。そうだろうな」

 前回で失敗した。理由はそれだけで十分だ。

 当時最高の戦力だったはずだ。今の騎士団の戦力は知らないが、あの時ほどではないはずだ。そんな人材がいればその時に投入している。

「問題は、直に救出部隊が編成されることだ」

「……救出か。僕らには関係ない話だろ。どうせ騎士団の仕事だ」

「そうもいかねンだ。ユキ坊が知ってるかは知らんが、ウチは貴族側のコネクションも持ってる。おそらく騎士団と合同で救出活動に参加させようとするはずだ。名目は有志。実態は強制ってとこかィ。協会にも依頼も出る」

「……何がいいたい」

「こっちも後ろ盾がなくなるのは困る。出張ざる得ねェ。んで、TSSが動くとなればCoEともGLも動くぜ。《蛇竜ヨルムンガンド》は知らんが奴らも他のギルドが力を付けるのは好ましくないはずだ。このネームバリューならフリーランスも乗っかってくる。解るだろィ?」

 アルグはこちらを向いた。彼の双眸がユキトを見据える。

「――俺は、おめェの力を借りてンだ」

「僕は……」

「こいつは限りなく死に近い仕事だ。王都、いや世界最高峰の剣士の力が要る。だから……」

「やめてくれ!」

 思わず叫んだ。

 これ以上、聞きたくなかった。僕は強くなどない。いつだって怯えている。そんな奴を、引っ張り出そうとしないでくれ。そう叫びたかった。

「わりィ……無茶とは解ってンだ。ただ、考えといてくれ」

「……今日は帰るわ」

「ユキト!」

 腰を上げそのまま背を向けると、アルグがきつめの口調で呼び止めた。ユキトはだからというわけでもないが、一旦立ち止まる。ただ、振り返りはしなかった。

「リーゼがまた顔出せと言ってンだ。娘もおめェを気に入ってるしな……その、また来い」

「……考えとくよ」

 ユキトはリッシュモンにごちそうさまとだけ言って、店を出た。飛び出したい気分だったが、抑えた。少しでも動揺を隠したかったのかもしれない。そんなことをしても意味がないのに。

 店の扉に寄り掛かる。街はまだ喧騒に包まれている。僕の心情など、意にも介さない。世界はどこまでも人に無関心だ。

 空を仰ぐ。

 眠らぬ街は星を隠す。空虚な空だ。まるで自分自身のようだ。

「クソ……」

 なぜ今更。三年前を忘れたというのか。皆から、何より僕からあの人を奪っておいて。再び騎士団は挑もうとしているのだ。

 《死薔薇の園アッシュローズガーデン》。

 この世で最も醜い花で彩られた地獄。

 なんで、今更。


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