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Dungeon Maker -revision-  作者: 蝉時雨
《死薔薇の園》編
12/36

第一章<11> 百合の薔薇

「うげー……気持ち悪い……」

 揺れるわ吐きそうだわ頭打つわ頭痛いわなのに身体動かんわ。

 本当散々だ。

 これが王都直行の馬車じゃなかったらとっとと降りているところだ。待遇としては家畜にも劣る状態なんだがな。

 とにかく、ユキトは寝転がってさっさと時が経つのを待ち焦がれることとした。そしてちょっとばかり吐き気を忘れるために回想。


◇◆◇◆◇


「動くなッ……!」

 突然現れて槍を突き付けてきた三人の女は、迅速なフットワークですでに三角形を描くようにユキトを囲んでいた。全員が白色の鎧。天使の羽の赤い薔薇。王都ではそこそこ有名な紋章だ。

 《聖なる薔薇セイントローズ》というギルドがある。

 目的は主に女性ダンジョンメイカーの支援。社会的、体格的にも男性から劣る女性のダンジョンメイカーのために創設されたギルドだ。構成は当然全員が女性。特にマスターに関しては……いや、止めておこう。後が怖い。

 とりあえず彼女らはそのギルドの一員だ。時たま各地をパトロールしているわけで、こうやって都市圏外で悪事を働く悪漢を懲らしめているらしい。

 不名誉なことに、今その憎き悪漢は僕らしい。

 正面に立つ女――ユキトと同じか少し上くらいか。二十代前半と思われる少しくすんだ金髪を後ろで束ねた女は憎々しげな表情で、腹のそこから湧き上がるような声で言った。

「いたいけな少女を三人も手籠めようとは……下衆め!」

「いやまて。冤罪だ」

「黙れ! 貴様の行い、神が赦しても我々が赦さん!」

「神もさすがに赦さんだろうよ。つーか話を……」

 聞けと言おうとしたところでふと考える。そういえばこいつら私物で荷馬車持ってたよな。当然ここまでもそれで来てるんだろうし……。

 少しばかり思い付く。多分僕にはさほどいいことではないだろうが。まあ、歩くよりはマシだ。今回は連れがいるわけだし、形振り構ってられないだろう。そんなことを考えるユキトは、挙げた手を頭の後ろで組んだ。

「あーはいスミマセン。ワタクシが悪ぅございました。大人しくあんたらに従いますヨー」

「ユキト君!?」

 超棒読みな台詞とはいえ、突然のユキトの自供にシエルが驚いた顔でいたが、まあそこは空気を読んで話を合わせて貰いたい。とはいえ合わせるまでもなく目の前の女は若干興奮状態なのか、完全に正義の味方と化していたし、さらっと騙されていた。チョロイ。

「よし、捕らえなさい!」

「ちょっと! あんたたち一体何を……!」

 アニエが反抗しようとしたが、ユキトはそれを少々睨むように見つめて制する、そして首を横に振った。アニエは俯き気味に押し黙った。しかし垣間見えたその表情はなぜか悔しそうだった。

 ユキトの背後に他の二人の女が回り込み、ユキトを地面に叩き伏せる。

「ぐ……」

 腕に縄を巻かれた。そりゃもう念入りに。

 縄を掛けるというか縄に呑まれたような腕であるのを横目で微かに確認し、「これ、血止まらないよね……?」「止まればいいじゃないんです? ケダモノの腕の血流なんて」ひでーや。

「さあ、そこの貴方たち。もう大丈夫ですよ」

 最初に槍を突き付けてきた女が、優しい顔で三人に向かって言った。どうやらリーダーなんだろうが、この豹変ぶりは怖い。

「ええ……ど、どうも……?」

 シエルが気圧されたように後退りする。気持ちはすごく解る。

「メトス鉱山……こんな暗がりに……。怖かったでしょう……。あなたたちは王都から?」

「そう……ですが」

「帰りは徒歩なんだってさ」試しに声を挟んでみた。

「黙れケダモノ!」後悔した。

「がふぁっ……!?」

 後頭部を勢いよく踏まれた。顔面が地面にめり込む。地獄の鉄槌みたいな踏み方だ。躊躇がないところが恐ろしい。結構重度だな。鼻が熱い。折れてはいないだろうが、血が出たかもしれない。

 それを見てかアニエが前に出た。

「ちょっと何も踏むことなんて……!」

「相応の扱いをしているだけです。それより貴方たち。徒歩だというなら我々の馬車に乗りなさい。丁度これから王都に戻る予定ですので」

「な……え……と」

 不安げにユキトと女を交互に見る。顔を上げたユキトは口パクで「言う通りにしとけ」と言って小さく頷いた。果たして伝わったらしい、アニエは女の言葉に頷いた。

「わ、解った……お願い、します」

「そう、よかったわ。では案内しましょう。コディア、エリス」

「はい」「はい」

「その男を頼みます。細心の注意を払いなさい。相手は欲望に塗れ飢えた狼です」

 ひどい言い種であった。

「了解」「了解です」

「ではこちらに。ついて来なさい」

 有無を言わさない物言いで女は歩いて行った。

 三人もその後をついて行くが、途中で申し訳なさそうにこちらを何度も見てきた。気を遣う必要などないんだがな。苦笑が混じりつつも、ユキトは微笑んで見せた。きっと泥まみれで汚い笑みだっただろう。

 女と三人娘が茂みに入っていくと、ユキトはふうと小さく息を吐いた。その耳元で足が地面を踏み締める音が鳴った。

「ねえ、あんた」

 声を掛けられる。

「コディア! そんなケダモノに……!」

「大丈夫だって。ねえ」

「なんだ?」

「あの金狼の頭部、あんたの?」

「おーお目が高いな」

「すごいね。あんなの討伐できる人間いないと思うよ? ニーナさんは気付いてなかったみたいだけど。……持ってきた方がいい?」

「そりゃ持って帰れるなら持って帰りたいね。金になる」

「そ。じゃあ運んどく」

「ありがとう。えーと、コディアだったか?」

「ええ。別に気にする必要はないわ。あたしはあんたを知ってるしね」

「そうか。僕も覚えておこう」

「ありがと。じゃ、立って。ただ乗りするつもりなら、腕の自由くらいは我慢して貰える?」

「ああ。解った」

 ユキトはごろりと身体を反転させて仰向けになった。背中で押し出して起き上がる。服に付いた土を払いたかったが、ムリそうだ。

「払ってあげようか?」

「悪いね」

 コディアという名の女が軽く土を払ってくれる。それから前に来て、顔を覗き込んできた。まだ少女だ。十代半ばくらい。少し褐色の肌。南部からの出身だろうか。蒼穹のような双眸にユキトが写りこむ。

 なんというか、さすがにじっと見られると気恥ずかしい。悟られたくはないので平静を装う。

「どうした?」

「顔も汚い」

 びしっと言われると結構傷付くものだ。多分泥とかでって意味なんだろうけど。コディアは腰に巻かれた小さなポシェットからハンカチを出して顔を拭きはじめた。くすぐったいような擦り方に思わず首が動く。

「動かないで」

「悪い……つーかここまでしなくてもいいぞ?」

「いいの。わたしがしたいだけだし。まあ、槍を突き付けたお詫び」

 そう言われると何も返せなかった。

「コディア! ここ、こんなケダモノに触っちゃダメよ!」

「縄はついてるわエリス。それに、そんなに悪い人じゃない」

 まるで犬みたいな扱いだ。犬だって気が立ってると噛み付くぞ。今はそうでもないが。

「でも……!」

「はい、綺麗になったわ。死神さん」

 コディアがエリスなる少女を無視してユキトの頬をぽんと軽く叩く。その呼び名にユキトは苦笑いになった。

そっち・・・は好きじゃないんだけどね……まあ、ありがとう」

「ちゃんとした名前は知らないもの。ええと確か……ユッキー?」

「……それで来るか。ユキトだよ」

「そう。よろしくユキト。じゃあ馬車に乗って」

 コディアに導かれるまま茂みに入っていく。途中、エリスに睨みつけられていたことに気付く。なんだか嫌悪されているようだ。微笑んでみせたが、余計に警戒された。失敗したか。

 それにしても随分と雰囲気も変わっているようだな、《聖なる薔薇》も。

 ちょっと選択を誤ったかもしれない。

 溜め息が思わず漏れた。


◇◆◇◆◇


 ――それで今に至るわけだが。

「つーかマジで扱いが家畜並みだな……。あいつら鬼か?」

 吐き気を堪える。かれこれ二時間走っている。商人と違って移動用の馬車なようだから移動が速い。そしてその分揺れる。気分が悪いから横になっているが、揺れのせいで頭が地面を叩くのだ。眠れるわけない。

 うげーっと舌を出す。吐いたら後で何を言われるか解らないから必死で堪える。せめて手が使えればと思うが、そいつもままならない。悟りを開きかねないほどに我慢するなど御免なんだが。こっちは苦しみには出口が欲しい煩悩多き衆生なんだよ。

「にしても……資金はすげーな」

 荷馬車は二台あった。前方を走るのが三人娘を乗せた荷馬車だ。こっちは多分荷物とか、こうやって捕らえた悪漢を閉じ込める牢屋なんだろう。恐ろしく殺風景だ。毛布くらいくれたって罰は当たらないと思うんだがな。

 溜め息がまた漏れた。

「よく溜め息吐くわね。幸せ逃げるよ?」

 そんな溜め息混じりの台詞に対して、お前も混ざってるぞとは言わないでおいた。荷台の扉に二人の少女の姿があった。

「コディアと……エリス、だったか?」

「気安く呼ばないで下さいっ!」

 逆鱗に触れたようだ。甲高い怒鳴り声を撒き散らすエリス。すまないと短く返す。ふんと顔を背けられた。どうやらかなり嫌われているようだ。別にそういうことは慣れているから気にしないが。

 ふとエリスが帽子を被っていることに気付く。防具とは不釣合いな深緑の帽子。ほんの少し気になったけど、ユキトは考えるのをやめた。必要以上の追及は自分も傷付けかねない。単純に優しさでもなんでもなく、自分のエゴなことに嫌気が差した。

 落ち込みかけた気分を振り払うように話を進める。

「で、なんでここにいるんだ?」

「見張りよ」

「そうか。頑張れ」

「あんたを見張るんだけど」

「別に僕は大人しくしてるぞ? 絶賛吐きそうだけど」

「吐いたら後でうちのマスターに殺されるわよ?」

「そうだな。あの人ならもっと恐ろしいことを考えるだろうさ」

 寝転がったまま肩を竦めてみせる。

 コディアはクスリと小さく笑って、こっちに歩み寄ってきた。近くまで来ると隣に腰を下ろす。

「隣いいかしら?」

「もう座ってる」

「それもそうね」

 確信犯だった。

「コディア! そんな近付いたら病気になっちゃう!」

 エリスが叫ぶ……って僕は病原菌か? とことん人扱いされてないな。

「ケダモノ! コディアから離れて下さい!」

「僕は動けない」

「なら死んでください!」

「無茶苦茶言うな」

「大丈夫よエリス。この子、男性恐怖症なの。昔はそうでもなかったみたいだけどね。許してあげて」

 コディアが申し訳なさそうに言う。原因はコディアなんだがな。少し面白がっているようにも見えるので、おそらく確信犯だろう。いい性格してるよ。

「いいさ。慣れてる」

「そ。お優しいのね、ユキトは」

「もうコディアなんて知らないっ!」

 コディアのどこか含みのある物言いに対してか、それとも溜まり溜まって我慢の限界でも来たか、エリスは憤慨して荷台の隅っこで座り込んでそっぽ向いてしまった。

「ホント相変わらずねえ……」

 嘆息するコディアの顔は、どこか優しげだった。

 その二人の姿を見てか、半ば無意識にユキトはぽつりと呟いた。

「男性恐怖症、か……」

 エンツェリアは巨大過ぎる領土に比べて都市があまりに少ない。それは都市間の距離がかなり長いということでもある。よって都市同士の情報伝達は非常に効率が悪い。

 都市はほぼその都市ごとの自治で成り立っており、都市ごとに法律がある。その中で王都ネイルはある程度の基盤となるのだが、その基盤はまるで薄っぺらいものだったりする。

 王都はほとんど法改正を行うこともなく今の今まで発展してきた。そのためか五つの都市の中で最も治安が悪い。国の中心なのに。歓楽街では今だ売春が行われている。ギルドの自治によってようやく成り立っている市場もあるくらいだ。

 そんな世界で癒えない傷を負う者など星の数ほどいる。その不特定多数の中の一人がエリスなのだ。

 過去に何があったかなど興味ない。知りたくもない。どうせ反吐の出る話だ。ただでさえ気分が悪いのにさらに悪化したくない。それに、胸やけのする話など自分のことだけで十分だ。

「眉間にシワが寄ってるわよ」

 呟きが聞こえでもしたのかコディアがこちらを向いていた。自分の眉間を人差し指でとんとんと突いて言う。

「正直者なんだよ」

「とんだ嘘つきね」

 クスリと笑うコディア。ユキトはむっとして言い返した。

「外見で判断したら駄目だぞ」

「ねえ、ひとつ気になることがあるんだけど、聞いていい?」

「スルーか。まあいいや。何さ?」

「どうしてあの三人とパーティーを組んだの?」

「ああ……それね……」

 彼女が僕を知っているならその疑問が浮かぶのは当然か。まあ、成り行きと答えるのが自然なんだが、コディアがそれで納得するとは思えなかった。

 少し言い淀むと、コディアは横目でこちらを見ながら言った。

「もしかして女の子だったから? 三人とも可愛いしね」

「なんだよそれ。違うさ。強いて言うなら……そうだな、僕のエゴだ」

「そう。そういうことにしとくわ」

「なんだよ、刺があるな……僕はあんたがよく解らん」

「それはユキトが歳だけくってる子どもだからよ」

「ひどいな」

 でも、言い得て妙で、少し笑ってしまった。

 苦笑だったけれど。

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