"Prometheus"
暖血装置を持って来たのは正解だと感じた
危うく死にそうになりながら、僕と暖血装置は洞窟で避難行動を行って居る
洞窟の外では矢弾の様な暴力性を伴って、凍て付いた風が吹き荒れて居る
肉で出来た生命躰ならば、既に全身を引き裂かれて居たに違い無かった
「主様」
登山道具を搭載する為のチタン製バックパックから、顔だけを出して暖血装置が僕を呼ぶ
彼は人間と云う生命躰をベースに製作された暖血装置で、幼躰の為かサイズも小さく、持ち運びにも優れて居る
また、現在行って居るように僕の躰温状態を自律的に判断し、提案を行うと云う能力も有して居た
僕が人間タイプの装置を好む理由の一つだ
バックパックから装置を出し、躰を開かせる
彼は裸身の人間の形状をした少年タイプの生躰機器で、生物種としての人間との最大の違いとして、胸部が肋骨ごと左右に展開する
そこに冷えやすい指部等の末端を挿入し、登山中の低躰温死を予防すると云う機構だ
登山家ならば誰でも所持して居るし、生命を預ける事になるデバイスだ
出し惜しみせず、自分に合わせ特注した最高級品を僕は使用して居た
彼の胸部が展開し、内部の明るい桜色が覗く
液躰音の後で湯気が昇り、視て居ると精神が安堵する
内部構造の中に赤くて綺麗な、脈打つものが在った
肉で出来た生命躰が有する『心臓』と云う原動機器官らしかった
冷え切った手で、心臓を握る
装置は瞑目して「んっ………」と吐息を漏らすと、少しだけ身を震わせた
専門家から聞いた事が有る
彼らも、寒さを感じるらしかった
「まだ、吹雪は続く」
「お前もエネルギーを摂取しろ」
彼のエネルギー源である経口栄養素を取り出し、摂取させる
暖血装置たちが生命躰だった時に食して居たものの方がエネルギー効率が良いと聞き、今回はチョコレートと呼ばれる経口栄養素を持って来て居た
その為か、今日は摂取速度が早い
また、僕には暖血装置の顔の区別は本来付かない筈だが、何となくだが彼が微笑んで居る様に視えた
「お前には」
「雪の日の思い出はあるか」
寂しさを紛らわす為、真っ暗な外の吹雪を視ながら呟く
案の定、暖血装置はきょとんと首を傾げるばかりだ
だが、不意にこの相棒が愛おしくなり、僕は彼を抱き締めた
離すと、彼も胸部を開いたままの姿勢で僕を抱き締める
「ありがとう」
そう声を掛けると、また装置が笑ったように思えた
翌朝には暖血装置は完全に破損し、キックスターターと云う心臓に電圧を掛ける機器で再起動を試みても、二度と動かなかった
破損した装置は破棄し、土に還らせるのが一般的だが、僕は彼を棄て無かった
せめて山頂なら違ったかも知れないが、誰にも気付かれない登山路から外れた洞窟は、彼が死後を過ごすには寂し過ぎると感じたからだ
バックパックに、冷たくなった装置を格納する
僕を暖める為の装置が、今は無機物よりも冷え切って居て
仲間の死を目撃するのと、そこには精神的違いがほとんど存在し無かった
吹雪は止んだ
そろそろ山頂に向けて、また歩く時が来たのだ
「帰ったら、暖血装置の部品を再利用しよう」と思った
例えば、部屋の照明に彼の躰を流用するのはどうだろうか
装置の存在は僕にとって、人間達が原初の時代に安堵を感じた焚火の炎の様だった
立ち上がり、洞窟から出る
夜はもう明けて居た




