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第8話 帰路


 行きとは違った。船の数が少なかった。行き交う荷船が減り、岸に舫ったまま動かない船が増えていた。曳舟道を歩く馬の姿もまばらだった。


「静かすぎる」ゲオルグが言った。


「水位が下がっている」ヒルデが船縁から水面を見た。「行きより明らかに低い。ここ数日でさらに抜けている」


 エーリックが岸の方を見た。「農業用水路に水が来ていない。田畑が干上がり始めている」


 カナルから農地へ引き込む水路があった。しかし水門が閉ざされていた。水路の底が見えていた。乾いていた。岸辺の村から人の声がしなかった。


 しばらく進んで、水門の前で船が止まった。


 水門の脇に何かがあった。


 ゲオルグは目を細めた。


 さらし首だった。


 農民らしい男だった。水門の柱に縛り付けられていた。傷の様子からカナルの外で殺されてここに運ばれたことが分かった。


「カナル外で殺してここに晒した」エーリックが低い声で言った。「条約上はギリギリ合法だ」


「なぜ」


「見せしめだ。水門を勝手に開けようとしたんだろう。農業用水が来なくて、見かねて手を出した」


 ヒルデが前を向いたまま言った。「早く通り過ぎましょう」


 誰も反論しなかった。


────────────────────────────────────


 昼過ぎ、前方に大型船が見えた。


 ドラグの輸送船だった。座礁していた。水位が下がって船底が川床に乗り上げていた。周囲に小舟が集まっていた。ドラグの兵が岸と船の間を行き来していた。怒鳴り声が聞こえた。


 その先の水門では別のドラグ兵が水門番と揉めていた。


「開けろ。水位を上げれば船が浮く」


「勝手には開けられない。ヴァッサーブリュダーの許可が必要だ」


「許可を取る時間がないんだ。早くしろ」


「規則だ。動かせない」


 ドラグの兵が剣の柄に手をかけた。水門番が後退った。


 ゲオルグたちの船が近づいた瞬間、岸にいたドラグの兵が手を上げた。


「止まれ。その船、徴収する」


 船が止まった。


 兵が三人、岸から乗り込んできた。平底船を探しているらしかった。座礁した輸送船の荷を移すつもりだった。


「この船はマルクハイムの依頼で動いている」ゲオルグが言った。


「知ったことか。今は緊急事態だ。後で補償する」


 兵がゲオルグを押しのけようとした。


 その前にヒルデが立った。


 小柄な体だった。しかし動じなかった。懐から書類を三枚取り出した。兵の前に差し出した。


「ヴァッサーブリュダーの通行証。マルクハイム王国公式の依頼書。そしてメーレスブルク辺境伯の紹介状です」


 兵が書類を見た。固まった。


 別の兵が覗き込んだ。「メーレスブルク……辺境伯?」


「辺境伯印が押してある」ヒルデが言った。「ご確認ください」


 兵たちが顔を見合わせた。


「……無敵の海兵騎士団じゃないか」一人が呟いた。


「おいおい、まずいぞ」別の兵が声を落とした。「メーレスブルクが出てくるんじゃないだろうな」


「いや」三人目の兵が言った。「ラドスラフ様はメーレスブルクとは揉め事はないとおっしゃっていたぞ」


 ゲオルグはエーリックを見た。「誰だ、ラドスラフとは」ゲオルグが聞いた。


 エーリックが小声で言った。「ドラグのナンバー2だ」

「参謀だが。実質的にドラグ軍を動かしている人間だ」


 兵たちがまだ書類を見ていた。ヒルデが静かに待っていた。


 やがて兵の一人が書類を返した。


「……行っていい」


「ありがとうございます」ヒルデが書類を受け取った。一礼した。


 船が動き出した。


────────────────────────────────────


 ドラグ兵の姿が見えなくなってから、エーリックが息を吐いた。


「ヒヤリとした」


「私は全然」ヒルデが書類を仕舞いながら言った。


「嘘をつくな、手が震えていた」


「寒いだけです」


 ゲオルグはカナルの前方を見た。水面が低かった。岸の石畳に普段は水に浸かっているはずの苔が干上がっていた。


「ラドスラフか」ゲオルグが呟いた。


「継承の戦役でも参謀として動いていた」エーリックが言った。「俺も名前しか知らないが……あの戦役では連戦連勝だった。普通じゃない」


「メーレスブルクとは揉め事はないと言っていたそうだが」


「大内海でメーレスブルグに喧嘩を売る国はないでしょうね」ヒルデが言った。「それに、テレジア様が怖いのかも」


 誰も否定しなかった。


 岸で老人が水路を眺めていた。干上がった水路を黙って見ていた。振り返りもしなかった。


「一刻も早く戻らないといけない」ゲオルグが言った。


「ええ」ヒルデが答えた。「テレジア様はもうご存知だと思いますけど」


「それでも早い方がいい」


 船が速度を上げた。


 カナルの両岸に静けさが続いていた。行きに見た賑やかな曳舟道の風景はなかった。水位が下がるたびに大陸の動脈が細くなっていくようだった。


 ゲオルグは前を向いたまま漕ぎ続けた。


 メーレスブルクはまだ遠かった。


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