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最終話 水工隊

 城から召喚状が届いたのは翌朝だった。


 宿屋の部屋の扉を叩いたのは侍女のだった。

 封蝋の押された書状を差し出した。メーレスブルク辺境伯・ギュンター・フォン・メーレスブルクの印章だった。


「正式な召喚状です」アンナが言った。「今日の午後、ギュンター様がお待ちです」


 ゲオルグは書状を受け取った。封を切らずにしばらく見ていた。


「ゲオルグ殿」アンナが続けた。「テレジア様から一言お伝えするよう頼まれています」


「何だ」


「よくお似合いになると思います、と」


 アンナが一礼して去った。


 ゲオルグは書状を開いた。


────────────────────────────────────


 ギュンターの執務室は城の北側にあった。


 扉を開けると、白髪交じりの大柄な男が立っていた。メーレスブルク辺境伯・ギュンター・フォン・メーレスブルク。海兵騎士団を率いる男だった。


「来てくれたか」ギュンターが言った。「ゲオルグ殿、戻ってきてくれて嬉しい」


 ゲオルグが頭を下げた。


「騎士団長としての復帰は難しい」ギュンターが続けた。「それは分かっているな」


「はい」


「しかしテレジアから推薦があった」ギュンターが地図を広げた。「来春の作戦でカナルの水門操作・橋梁工作・水中への潜行が必要になる。そういった仕事を専門に担う部隊を編成する」


 ギュンターが地図の一点を指で叩いた。


水工隊ピオニアだ。お前にその指揮を任せたい」


 ゲオルグは地図を見た。カナルが走っていた。水門が点在していた。ブリュッケの位置が分かった。


「今回の任務でお前の腕は分かった」ギュンターが言った。「水の中で動ける人間がいる。それがどれだけ価値を持つか、テレジアは最初から見抜いていた」


 ゲオルグは黙っていた。


「引き受けてくれるか」


「……はい」ゲオルグが答えた。「ただし一つお願いがあります」


「言ってみろ」


「冬の間、王都に行かせてください。冬の終わりまでには必ず戻ります」


 ギュンターが少し考えた。「理由を聞いてもいいか」


「妻が病を抱えています。王都に高名な医師がいると聞いています」


 ギュンターが頷いた。「それは聞いている」


 ギュンターが机の引き出しから封書を取り出した。それから革袋を取り出した。重い音がした。金属の音だった。


「王都のヨーゼフ先生への紹介状だ。この国で最も腕のいい医師の一人だ」ギュンターが封書を渡した。「それからこれは旅費と治療費だ。遠慮なく使え」


 革袋を受け取った。ずっしりとした重さがあった。


「冬の終わりまでに戻れ」ギュンターが言った。「春には仕事がある」


「必ず戻ります」


────────────────────────────────────


 部屋を出るとアンナが廊下で待っていた。


「少しよろしいですか」アンナが言った。


 ゲオルグが頷いた。


「テレジア様からお伝えすることがあります」アンナが声を落とした。「ヨーゼフ先生への話はテレジア様が事前に手を回してくださっています。紹介状を持っていけば先生はすぐに診てくださいます」


「テレジア様が」


「はい」アンナが微笑んだ。「それからもう一つ。テレジア様は直接おっしゃいませんでしたが……奥様のことは以前からご存知だったようです」


 ゲオルグは廊下の窓を見た。アルタエ海峡が見えた。


「そうか」


「ゲオルグ殿」アンナが言った。「どうか奥様によろしくお伝えください」


────────────────────────────────────


 翌朝、ゲオルグは城の前に立った。


 荷物は少なかった。革袋と封書と着替えだけだった。


 ヒルデが見送りに来た。書物を抱えていた。いつも通りだった。


「王都まで気をつけて」


「お前はどうする」ゲオルグが聞いた。


「もう少しここにいます。碑文の記録をまとめないといけないし」ヒルデが眼鏡を直した。「それにテレジア様がまだ話があるそうで」


「そうか」


「春にまた会いましょう」ヒルデが言った。「水工隊の指揮官殿」


 ゲオルグは少し笑った。


 エーリックが遠くから手を上げた。城の中庭から見ていた。ゲオルグが頷いた。


 城門を出た。


 街道が王都に向かって伸びていた。冬の始まりの空気が冷たかった。


 歩きながら、ゲオルグはエルザのことを考えた。どんな顔をするだろうか。驚くだろうか。それとも黙って受け取るだろうか。きっと後者だろうと思った。


 それでいい。


────────────────────────────────────


 その頃、城の奥の一室で。


 テレジアは窓辺の机に向かっていた。


 ランプの光が揺れていた。アルタエ海峡は暗かった。対岸のゼートアの灯りが水面に映っていた。


 羽根ペンが動いていた。


 一通目はヴラジミール・ドラグ国王陛下への書状だった。ヘルムート船長の財産返還を求める丁寧な文面だった。しかし読む者が読めば分かる内容だった。あなたの知らない間に何が起きていたか、私は全て把握しています、と。断れない形の、静かな警告だった。


 二通目はブリュッケの水工組合への書状だった。ポンス・アルタエの碑文確認について協議を求める内容だった。しかしこれもまた、読む者が読めば分かる内容だった。証拠はメーレスブルクが押さえています、と。各国への間接的な宣言だった。


 三通目は……エーベルハルト・フォン・カーレンベルク宛だった。ゼートアの支配者である。

 碑文の法的効力の確認を求める内容だった。次の交渉のための準備だった。


 テレジアは三通目を書き終えて封をした。ランプの炎に封蝋を溶かした。印章を押した。


 窓の外を見た。


 黒い板が机の端に置かれていた。テレジアがそれをそっと手に取った。しばらく見ていた。


「これが、運命だとしたら……」


 それだけ言って、黒い板を静かに引き出しの中にしまった。


 三通の手紙が机の上に並んでいた。


 羽根ペンが、また動き始めた。


この話で、メーレスブルグの暗路は完結します。その後の話はまた別の物語として…


この後、現代日本を舞台にした物語を投稿します。ジャンルはSF(空想科学)です。

投稿は16日の朝からを予定しています。


それでは次の話でお待ちしています。

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