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今度は注意深くタニアを観察する。すると、ごく僅かだが何かの匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせていた。
セリオは顔を覆っていた布を取り、タニアに倣って辺りの匂いを嗅いでみる。すると、仄かに甘い匂いを感じた。
その甘さはセリオの心をざわつかせた。セリオは慌てて布で鼻と口を覆い直す。しかし、途端に脳が蕩けるような感覚に襲われ、思わず膝をついた。
フワフワとした心地の中、セリオは緩慢な動きで装束の内ポケットから短刀を取り出すと、それを人差し指の腹に押し当てた。
「ッ!」
痛みと共に意識がはっきりとする。指先には赤い筋ができていたが、刃を軽く押し当てただけなので大したことはない。
(何だ? あの甘い匂いは)
セリオが思考停止しかけた頭を働かせようとした時、隣で何かが動く気配がした。ハッとしてそちらを見ると、虚ろな表情をしたタニアがフラフラと歩き出していた。繋いでいたはずの手は、いつの間にか離してしまっていた。
念の為に繋いでいた縄は互いの手首にしっかりと繋がれていたが、セリオは慌てて立ち上がる。タニアを静止しようと手を伸ばす。しかし、その手はすんでのところで引っ込めてしまった。
行動を抑制する者がいなくなったタニアはどこかへ向かって歩を進め始めた。セリオはその後を追う。
タニアの歩みはフラフラとしていて、とても危なっかしい。自力で歩いているように見えて、実際は何かに操られているかのように意思を感じさせない動きだ。
それでも少しずつ森の奥へ近づいている。セリオは警戒心を強めた。
(これは、あの甘い匂いが原因だろうな)
タニアの様子を窺いながらそう考えたセリオは、一瞬嗅いだあの甘い匂いを思い返してみる。
(まさか……)
セリオの脳裏に最悪の事態が浮かぶ。もしもセリオの推察通りだとしたら、一刻も早くタニアを正気に戻さなくてはならない。だが、もしもそうだとすれば、むしろ確実な報告をするためにも証拠を手に入れなくてはならない。その場合、タニアを犠牲にすることになるかもしれない。
セリオは心の中で葛藤する。そして、逡巡の後決断を下した。
このまま進む。
セリオの決断により探索が続行されているとも知らずに、タニアは森の中を奥へ奥へと頼りない足取りで進んでいく。セリオはその後を静かに追った。そうして森を進むうち、案の定というべきか、目的の場所へ辿り着いた。
少し開けたその場所は、明らかに人がいた形跡が見受けられた。
(やはりそうか……)




