5-2
そっと奥をのぞいてみる。ほんのりとした月の光は森の木々に遮られ、森の奥は闇に包まれている。ポッカリと開いた森の入り口は、まるで迷い込んだ者を丸呑みにする怪物の口のようだ。タニアはその深い闇に恐怖を感じた。
この闇に足を踏み入れるのか?
タニアが一歩を踏み出すのを躊躇っていると、不意にセリオが口を開いた。
「怖いなら、ここで引き返した方がいい」
タニアが驚いて隣を見ると、セリオの目は森の奥ではなく、こちらに向けられていた。冷めた目が、じっとタニアを捉えている。タニアは、慌てて首を横に振った。
「こ、怖くなんかない……」
タニアの強がりに、セリオは無感情な目を向ける。
「縄を伝って、君の震えが伝わってくるのだけど?」
セリオの指摘に、タニアは口を噤む。図星をつかれたタニアだったが、ここで引いては、自身を奮い立たせてまでここへ来た意味がない。タニアは自分の中の恐怖を振り払うように、ギュッと目を瞑り大きく息を吸うと、再度目を開いてセリオを見据えて言った。
「……行くわよ」
タニアの瞳がキラリと光る。彼女の決心の強さを表すように、その瞳には強い意志の光が宿っていた。タニアは大きく一歩を踏み出し、森の中へ足を踏み入れた。そのままズンズンと進んでいく。セリオはやれやれと肩をすくめると、彼女の後に続いた。
森の中は静かだった。時折、木々の間を風が通り抜け、葉の擦れあう音がする。闇夜の静寂はそんな些細な音さえ大きく響かせる。小枝を踏みしめるたび、タニアはその音にビクリッと体を震わせた。
そんなタニアの後ろをセリオは黙々と歩く。何か異変があればすぐに対処できるように、周囲への警戒は最大限しつつ、前を行くタニアの背を見失わないよう歩く。
タニアには目指す場所があるのか、ビクビクとしながらも、一心に歩を進めている。
(心当たりがあると言っていたのは、はったりではなかったのだな)
セリオがそんなことを思った時、突然タニアの歩みが止まった。何事かと思いタニアの様子を見ていると、タニアは何かを探すようにしきりに辺りをキョロキョロと見回し始めた。タニアの急な動きに、セリオは警戒を強める。
「どうした?」
セリオの問いかけにタニアは答えない。ひたすらキョロキョロと辺りを見回している。そして、ある方向で動きを止めたかと思うと、ふらふらとした足取りで歩みを再開させた。
セリオは、不思議そうに頭を捻るが、すぐにタニアの向かう方へ足を進めた。
タニアは少し進んでは歩みを止め、辺りを見回し、また少し歩みを進める。タニアが歩みを止めるたびにセリオは声をかけるのだが、タニアはそれに答えず、ただ一心に辺りを見回す。
それが数度繰り返され、さすがに不審に思ったセリオが強引にタニアの肩を掴んで、その歩みを制止した。そのまま強引に顔を覗き込む。タニアの顔は表情をなくし、うつろな目をしていた。
タニアが正常ではないことに気づいたセリオは、慌てて彼女の体を揺する。しかし、タニアの体は力なく揺れるばかりで、何の反応も示さない。
(しまった!)
異変を察知したセリオは素早く周囲を確認する。だが、怪しい気配は感じられない。
(一体、何が起こった?)
セリオは勝手に歩いて行ってしまいそうなタニアを強引に抱え込む。そんなことをされれば本来の彼女ならば、激怒して抵抗したはずだ。だが、今のタニアはセリオにされるがまま。何の反応も示さない。




