甘い香りは、事件の香り?(5)
フワフワとした心地のまま、まるでその香りに誘われるように森の中を進む。香りが強くなるごとに、頭の中の痺れも強くなる。足が勝手に動く。それなのに、不思議と恐怖心はなかった。むしろ、早くこの香りの元に辿り着きたい。そんな欲求が沸々と湧いてくる。
言い知れぬ心地の中、森を進むタニアの足を止めさせたのは、ガサリという物音だった。音のした方へタニアが注意を向けると、ちょうど人影が現れた。
それは小さな女の子だった。シクシクと泣く女の子は、まだ十歳にも満たないだろうか。森の中を一人で歩くにはあまりに幼すぎる。
(迷子かしら)
タニアがぼんやりとそう考えていた時だった。タニアの姿を認めた女の子が、タニア目掛けて駆けてきた。そして、ギュッとタニアの足にしがみつく。
タニアは驚き、慌てて女の子を引き離そうとするが、女の子は必死にタニアにしがみついたまま泣きじゃくる。
どうしたものかと思案するタニアの鼻先に、またも甘い香りが漂ってきた。その香りを嗅ぐたび、頭が痺れるような感覚に襲われる。女の子を振り払い、匂いの元に駆けて行きたい気持ちに駆られる。しかしそう思うたびに、女の子の泣き声がその思考を掻き乱す。
その場から動けずぼんやりとするタニアを現実へ引き戻したのは、女の子の泣き声に混ざる言葉の欠片だった。
「助けて。お兄ちゃんが、いなくなっちゃった」
その言葉に、タニアはハッとした。途端に頭の中の靄が晴れるように意識がはっきりとする。
(アタシ、いつの間に森の中に?)
自身にしがみついたまま泣きじゃくる女の子の背を優しく摩りながら、タニアは辺りの様子を窺う。
(さっきまでは、森の入り口にいたはずなのに)
鬱蒼とした木々がタニアたちの周りを取り囲んでいる。自分がどちらから来たのかもわからない。
(どうしよう……)
タニアは途方に暮れる。得体の知れない恐怖が、タニアを苛んでいく。
少し様子を見るだけの、軽い気持ちだった。それが、こんなにも簡単に森の中で迷子になってしまうなんて。
(一人で来なきゃ良かった)
後悔の念に苛まれ立ち竦むタニアの手に、ピトリと何か温かいものが触れる。ビクッとして視線を向けると、女の子がタニアの手に自分の手を重ねていた。女の子は泣いていた顔を上げてタニアを見ると、小さな声で呟く。
「お姉ちゃん、寒いの? 泣いてるの?」
その言葉でタニアは自分が震えてることに気がついた。タニアは女の子にぎこちない笑顔を向ける。




