甘い香りは、事件の香り?(4)
タニアは目に見えてガッカリした顔をする。その様子にジャックスは苦笑いを浮かべた。
「おいおい。言っただろう。ここではそんなわかりやすい顔をするな。お前は諜報ギルドの受付嬢なんだぞ。なん時も腹の中を悟らせない顔をしていろ」
ジャックスの言葉にタニアはハッとする。そして、慌てて真面目な顔を作った。
「気をつける」
キュッと口を引き締めるタニアの様子に、ジャックスは仕方なさそうに笑った。
「まぁ、こればっかりは意識して慣れるしかない。とにかく、自分の立場を常に忘れるな」
ジャックスはそう言い置いて、「香草亭」を後にした。
ジャックスが去り、店の中が静まり返る。タニアは手持ち無沙汰にぼんやりと店内を見渡しながら考えを巡らす。
(オジサンは、野営の跡なんて珍しくないみたいなことを言っていたけど)
タニアは何故だか、嫌な予感がしていた。
森の奥地には魔獣がいるという。集落に近い森の入り口付近までは、魔獣も人の気配を感じて近寄らないが、森の奥地はそうではない。だから、魔獣を倒す術を持たない者は、決して一人では森へ足を踏み入れてはならない。タニアは小さい頃、ノルダにそう言い聞かされてきた。
(そんな場所で野営をするなんて……)
タニアは心の奥に引っ掛かった棘を押し流そうとするかのようにハーブティーを口に含む。そして、ゆっくりと香草の香りとその甘みを楽しみながら飲み込んだ。
しばらくの間そうしていたが、やがて手早く店じまいをすると、カウンターの上に置かれた籠から袋詰めされたクッキーを数個手に取り、カバンにそれを詰め込んだ。水筒にハーブティーを足し、それらを持って家を出る。タニアが向かうのは、東の森の入り口だ。
タニアにはなんの力もなかったが、どうしてもその場所を自分の目で確かめてみたくなった。ジャックスの言うように、本当に何でもないことなのか。それとも、何か悪いことが待ち受けているのか。
森の入り口付近まで来ると、辺りは薄暗くなっていた。タニアの不安を駆り立てるように、ザワザワと木々の葉擦れの音がやけに大きく聞こえる。ポッカリと開いた森の入り口は、まるでタニアを一飲みにしてしまいそうなほど暗く深い闇を湛えている。
タニアはゴクリと唾を飲み込んだ。入り口から中を覗き込む。生温い風が頬を撫でた。その風に乗って甘い香りが微かにタニアの鼻先を掠める。途端に、タニアは頭が痺れるような感じがした。そして、足がふらりと動き出す。




