影が求める名の音、二つ目が震える夜
ユウトの叫びが、青い闇を切り裂いた。
――僕はユウトだ!!
その瞬間。
影が書こうとしていた三文字目が、まるで炎に触れた紙のように“弾け飛んだ”。
「……っ!? 拒絶した……!」
リゼリアが目を見開く。
アリシア王女も驚愕する。
「自力で……影による“名の上書き”を弾いた……?」
だが――
ユウト本人は、足が震えて立っているのがやっとだった。
胸の奥が焼けるように熱い。
名札を掴んだ手はしびれている。
(な、なんだ今の……
心臓から何かが爆発したみたいだった……)
そのとき。
“もうひとつの青”が、完全に姿を現した。
店の外。
常夜灯の下の影がゆっくりと形を取り――
長い腕。
細く伸びた首。
目だけが青く光っている、異界の王者の姿。
――名の王。
老人が震える声で呟いた。
「この時代に……本当に蘇るとは……!」
名の王が一歩踏み出すだけで、
アスファルトが青い火の粉のように砕け散る。
アリシア王女が剣を構えた。
「こやつ……尋常の強さではない……!」
リゼリア
「影が“主影”なら……
あれはすべての影を束ねる王……!」
そして名の王はゆっくりと店の前に立ち――
ガラス越しに、ユウトを見つめた。
何も言わない。
けれど“視線”だけで理解できる。
――お前の名を寄こせ。
ユウトの背筋に氷の刃のような悪寒が走った。
「やだよ……!
名前取られたら僕、消えるんだろ……!?」
老人が杖を構え、ユウトの前に立つ。
「ユウト。よく聞け。
名の王は“名の匂い”に惹かれて動く存在だ。
だからこそ――お主が叫んだあの拒絶、
あれは王をさらに惹きつけてしまった」
ユウト
「なんでぇぇぇ……!!
頑張ったら悪化したじゃん!!?」
リゼリア
「違いますユウト殿!
“拒絶できた”ということは、
あなたの名が“ただの名前ではない”証拠……!」
アリシア王女
「普通の人間では絶対にできぬ。
あなたの名には“力”がある」
ユウト
「いや僕ほんとただの深夜バイトで……」
その時。
名の王の背後で、主影が蠢いた。
王の足元で影が束になり――ユウトの“二文字目”を浮かび上がらせる。
ユ
ト
――の“ト”が、完成直前で止まる。
リゼリアが絶望的な声で言う。
「名前の半分が奪われれば……
あなたは“二つの世界にまたがった存在”になる。
戻れなくなる……!」
王女も顔を強張らせる。
「半身を影界に囚われ、半身は現界に置き去り。
最終的には……魂が裂ける」
ユウト
「洒落にならないんだけど!?!?」
名の王が手を伸ばす。
ユウトに向けて――
音のない“呼び声”が響く。
ユ…………ト………
声にならない声。
だが、それは確かに“ユウトという名の響き”を掴もうとしていた。
ユウトの視界が揺らぐ。
頭の中が霞んでいく。
(やばい……呼ばれてる……
名前……奪われる……)
そのとき。
ユウトの胸の名札が、再び青く輝いた。
――ユート店員。
名札の“ユート”の文字がひとりでに震え、
まるで反撃するように光を弾いた。
名の王の呼び声が、一瞬だけ止まる。
老人が叫んだ。
「それだ!!
ユウト!
名札を“自分の名の象徴”だと思え!!
それはお主の“名前の形”を固定する護りの器になる!!」
ユウト
「こんな百均で買った名札が!?!?」
老人
「店長が発注したのかもしれんじゃろ!!
細かいことは気にするな!!」
リゼリア
「ユウト殿!!
名札に“自分の名前”を強く念じて!!
ユウトという形を刻み返すのです!!」
王女
「さもなくば次の瞬間であなたは消える!!」
名の王が、もう一度手を伸ばしてくる。
影がユウトの足元をつかむ。
――ユ……
――ユ……ト……
――ユ……ト……?
ユウトは名札を胸に押し当て、叫んだ。
「僕は――
ユウトだ!!!」
名札が爆発するように青く光った。
ユウトの後ろに“名のシルエット”のような光が立ち上がる。
老人が息を呑む。
「……これは……
“名の覚醒”……!」
名の王が初めてわずかに揺らいだ。
影の筆跡が消える。
王女
「ユウト!そのまま!!
あなたなら主影を押し返せる!!」
リゼリア
「名を、守るのです!!」
ユウト
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
青い光が影を焼き払う。
名の王が後退する。
主影が千切れ飛ぶ。
そして――コンビニの床を覆っていた青い線が、一斉に光りだした。
老人
「ユウト!
最後の一撃を放つのじゃ!!
“自分の名前”を――世界に宣言せい!!」
ユウトは息を吸って叫んだ。
「僕は!
夜勤バイトでもいい!
異世界事情も知らない!
でも――
俺の名前はユウトだ!!」
光が爆発した。
影が、王が、闇が――一瞬で消し飛ぶ。
残ったのは、
静かなコンビニと、白い照明、
そしてゼーゼーと肩で息をするユウト。
ユウト
「……死ぬかと思った……」
だがその瞬間。
店の奥――
“裏口の異世界ゲート”が、ひっそりと開いた。
そこには、影でも王でもない、
別の存在が立っていた。
氷のような白い髪。
瞳は淡い金。
ユウトの名前を見つめる、その視線は――どこか懐かしいような気さえした。
「ああ……やはり、覚醒したか」
その人物は微笑む。
「ユウト。
ようやく“本当の名前”に近づいたな」
ユウト
「……は?」
リゼリア
「ま、待ちなさい!あなたは何者……」
アリシア王女
「あなた、どこから……」
老人
「あれは……まさか……!」
謎の人物はユウトだけを見つめ、言った。
「私が――
お前を呼んだ者 だ」
闇より古い、名より深い呼び声。
ユウトの運命は、まだ始まったばかりだった。




