影が求める名の音、二つ目が震える夜
――“ユト”の線が震えながら伸びる。
その一画が完成する寸前、
店内の温度が一瞬にして下がった。
「来るぞ!!」
老人の叫びが、雷のように静寂を裂く。
次の瞬間――
床の青い線が波打ち、影が一斉に“ユウト”へ向かって跳ね上がった。
「ひっ……!」
ユウトは反射的に身を引いたが、影は足元へ吸い寄せられるように迫る。
まるでそこに“名前の音”そのものが落ちているかのように。
リゼリアが魔術陣を展開する。
「《封名結界》!!」
蒼い結界が広がり、ユウトの前に壁となって立ちはだかった。
影がぶつかり、火花のように青い光が散る。
だが――
「……おかしい。押し返せぬ……!」
リゼリアの額に汗が浮かぶ。
アリシア王女も剣を構え、一歩前に出た。
「影が……普通の影ではない。
まるで“誰かの意思”が乗っているような……」
老人が歯を食いしばる。
「名を喰う影が、ここまで明確な“目的”を持つことは本来ありえん……!
これは……呼んでおるのは影ではないな」
ユウト
「呼ぶって……誰が!?
僕はただ夜勤してただけで!」
「違う」老人ははっきり言う。
「お主の“名の響き”が、門に触れた時点で……
眠っていた古き存在が目を覚ましたのだ」
その瞬間。
――バチィィィィン!!
影が結界を破った。
「っ!!?」
青い破片が空中に散り、
影の一本が、ユウトの胸元へ向かって突き刺さるように伸びる。
そして――
ユウトの胸ポケットの“名札”に触れた。
《ユート店員》
そこへ影が触れた瞬間、名札が青く発光し、影が震えた。
「……見つけた」
影が“声”のような揺らぎを発した。
ユウト
「や、やばい……!?」
老人は杖を振り下ろす。
「名札を捨てろ!! そこから“名が漏れておる!”」
アリシア
「ユウト! はやく!!」
だがユウトの手は震えて動かない。
名札は影に貼りつかれたように離れなかった。
影が“二文字目”を確定させるように揺らぐ。
――ユト。
「こいつ……僕の名前の音を……!」
影が名札へと食い込むように沈み、
名札の文字がぐにゃりと歪み始めた。
リゼリア
「まずい!!
名札の文字から“名の音”を吸われる!!」
老人
「間に合わん……!」
影が囁く。
……ユ……ト……
ユウトの視界が揺れた。
胸の奥が冷たく締めつけられ、
魂ごとどこかへ引っ張られるような感覚が全身を襲う。
「やめろ……っ!!」
ユウトは必死に名札を掴もうとするが、影が阻む。
その時――
アリシア王女の剣が青白く輝いた。
「名を狙うなら……王家の名に触れてみよ!!」
彼女は自らの剣を影へ突き立てるようにかざし、
刃から光が奔流のように溢れ出した。
「《王名断光》!!」
光が影をまばゆく切り裂く――
かと思われた。
だが影はひらりと避けた。
まるで王女の名すら理解したかのように。
「嘘……私の名が読まれた……?」
王女の顔が蒼白になる。
老人の表情が険しく歪んだ。
「……やはりそうか。
この影……“主影”だ」
リゼリア
「主影……!?
そんな……伝承の存在では……!」
ユウト
「主影って……何なんですか!!?」
老人は短く答えた。
「“名を喰う影”の中でも唯一――
名そのものを創れる影 じゃ」
創れる。
喰うだけでなく、作る。
ユウト
「……名前を……作る?」
影がユウトの足元に新たな線を描き始める。
ユウトの心臓が跳ね上がる。
「おのれ……!」
王女が影を斬りつけるが触れない。
リゼリアも魔術を放つが、影には通らない。
影はただ静かに――
ユウトの“名前の続きを書こうとしていた”。
ユウト
「まさか……僕の名前を……“上書き”する気……?」
老人
「その通り。
主影は“名を喰う”だけでなく――
新しい名を刻み、“存在を書き換える”」
そして、老人は震える声で言い放つ。
「ユウト。
お主は今――
“別の存在として生まれ変わらされようとしている”」
ユウト
「はぁぁぁぁぁ!?!?」
影の筆跡が、ゆっくりと“ユト”の隣に続こうとする。
そして――その瞬間。
店の外。
闇の奥から、もう一つの“青い瞳”が開いた。
影よりも古い、巨大な気配。
老人は震える声でつぶやく。
「……来てしまったか。
“呼んだ存在”そのものが……」
アリシア
「嘘……伝承上の……!」
リゼリア
「名の王……!」
ユウト
「ちょっと待って!?
影よりヤバいの来るの!?
僕まだ二文字目すら守れてないんだけど!!?」
青い瞳が、店内のユウトを見据えた。
影がうねる。
王女が震える。
老人が杖を握り直す。
リゼリアが叫ぶ。
「ユウト殿!!
次の瞬間でお主の“名前”が決まってしまう!!
抵抗しろ!!
どんな形でもいい、心で“ユウト”を強く思い描け!!」
――影が三文字目に触れようとした。
名が決まる。
存在が書き換わる。
その瞬間。
ユウトは叫んだ。
「僕は……ユウトだ!!
勝手に書き換えんなぁぁぁぁ!!!」
青い世界が弾けた。
――光と闇がぶつかり合う。
そして、名の争奪戦が始まった。




