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影は名を持ち、名は“存在”を呼び覚ます

結界に残った“歯形のような痕跡”は、

よく見れば、ただの跡ではなかった。


それは――

“文字のようでもあり、傷のようでもあり、誰かの印章のようでもある”

奇妙な紋様だった。


リゼリアが慎重に手をかざす。


「……これは、魔物の痕ではありませんね。

 もっと……古いです」


アリシア王女も眉を寄せ、静かに首を振る。


「太古の魔族か……あるいは“影界エクリプス”の生き物か……」


ユウトは聞き慣れない単語に首をかしげる。


「え、影界?

 そんな場所、あるんですか?」


リゼリアがゆっくりと説明を始める。


「あなたの世界の言葉に例えるなら……

 “世界の裏側にある、光の届かぬ層”といったところでしょう。

 普通は誰も触れられません。

 大魔術師ですら、干渉は禁じられている場所なのです」


ユウトの背筋がぞくりとする。


(そんなヤバい場所のやつが……昨夜、店の前に来てたのかよ……)


すると王女が、痕跡にそっと指先を伸ばす。


「この紋、見覚えがある。

 ……王宮の地下の、封印図に似ている」


「封印……?」


「“名前を忘れた存在”を、閉じ込めておくための印だ」


ユウトは思わず息を呑む。


「名前を……忘れた……?」


王女は静かに頷いた。


「名を失えば、存在は曖昧になる。

 影のように薄れ、姿も声も形も失い……

 やがて、“名を探すためだけのモノ”になる」


リゼリアが言葉を継ぐ。


「昨夜の影は……“名前を探している”のかもしれません」


ユウトの背中に冷たいものが走る。


「え、名前を探すって……誰の?」


二人の視線が――

同時にユウトへ向いた。


「……え、えぇぇーーっ!? なんで僕!?」


リゼリアは静かに告げる。


「あなたが門を開けたこと。

 あなたが揺らぎを最初に“感じた”こと。

 そして影が、あなたの立っていた場所にだけ反応したこと」


アリシア王女も続ける。


「偶然ではないだろう。

 影は――“お前を見ている”。

 いや、正確には……“お前の名の気配を探っている”」


ユウトの喉が一瞬カラカラに乾いた。


「ちょ、ちょっと待って……

 僕の名前って……普通の日本人の名前ですよ!?

 異世界的価値ゼロですけど!?」


しかしリゼリアはゆっくり首を振る。


「名は価値ではありません。

 名は“鍵”なのです。

 存在を開く鍵――門を繋げる鍵――

 揺らぎを結ぶ鍵」


「あなたがこの店の裏口を開けたのも、

 あなたの名が“揺らぎに選ばれた”からかもしれません」


ユウトは頭を抱えた。


(僕の名前……そんな重要だったの!?

 ただのコンビニ店員だぞ……!)


その瞬間。


――ストン。


バックヤードの奥で、何かが落ちる音がした。


「……!」


王女が素早く剣の柄に手を伸ばす。

リゼリアも杖を構える。


ユウトはこわごわ覗き込む。


そこには――

商品箱がひとつ、床に落ちているだけ。


ただそれだけのはずなのに。


箱の影が、落ちているはずの位置より“右にずれて”いた。


ありえない方向に。


影が――

まるで生き物のように、

“じわりとユウトのほうへ伸びていた”。


「ちょ、これ絶対普通じゃない!!」


そのときだ。


――カリ……カリ……。


床を“見えない爪”でひっかくような音が、

棚の隙間から聞こえた。


王女が剣を抜く。


「姿を見せよッ!!」


だが――

姿は現れなかった。


代わりに、棚の影に

“ひとつの言葉だけが刻まれて”いた。


青白い光を帯びた、細い文字。


ユウトは読み上げる。


「……“ユ”…?」


リゼリアが震える声でつぶやいた。


「名だ……

 あなたの名の“最初の音”……!」


アリシア王女も息を飲む。


「影が――お前の名を学び始めておる……!」


ユウトの心臓が跳ね上がる。


「やめてやめてやめて!!

 僕の名前、影に覚えられたらどうなるの!?

 やばいでしょ絶対!!」


王女が真剣な声で告げる。


「“名を呼ばれれば、影はそこへ侵入できる”。

 それが太古の法則だ」


リゼリアはユウトの肩を掴む。


「ユウト殿、落ち着いて聞いてください。

 影が名を“完成させる前”に――

 止めなければなりません」


コンビニの蛍光灯が、不気味に明滅した。


音もなく、影が床を這う。


“ユ”の文字は、淡く光ったままそこに残っていた。


――影はもう、ユウトの名の半分を掴みかけている。


そしてこれは、まだ“序章”にすぎなかった。


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