「揺らぎの影、その残滓」 ― Midnight Mart 王都支店・深夜の痕跡
ガルドが消え、リゼリアも裏口の外を見回りに出ていった後。
店の中には、どこか湿った静けさだけが残っていた。
ユウトはレジ前の椅子に腰を下ろしたものの、落ち着かない。
胸の奥に、さっきから変なざわつきがひっかかっている。
(……音、止んだよな? 影も消えたよな?
でも……なんでこんなに嫌な感じが残ってんだ?)
照明はいつも通り明るい。
冷蔵庫のモーター音も変わらない。
けれど――
店の“空気の流れ”だけがおかしかった。
ふと視線を落とすと、床に黒い“線”のようなものが浮かんでいる。
さっき揺らぎが走った場所だ。
ユウトは身を屈め、指先でそっと触れた。
「……水? いや……ちょっとざらついてる……」
粉のような、でも光をわずかに弾く粒。
その瞬間――
――パチッ。
蛍光灯が短く明滅した。
「おわっ!? また……!」
ユウトが後ずさると、床の“黒い線”が、
かすかに揺れたように見えた。
風なんて吹いてないのに。
(……やっぱ、なんか残ってるよなこれ……)
喉の奥が乾く。
逃げたくなるような、でも目を離したらいけないような。
そんなとき。
――カサ……
バックヤードの奥で、何かが動いた。
ユウトの心臓が跳ねる。
「ま、待て待て待て待て……リゼリアさーん!?
これ絶対まだ終わってないやつーー!」
声を出した途端。
カサ……
カサ……
カサ……
“何か”が、段ボールの間を縫うように近づいてくる音がした。
ユウトは震える指でスマホを握り、ライトを向けた。
すると――
光に反応したように、
床の“黒い線”が一瞬だけ青白く光った。
まるで……そこがまだ“生きている”ように。
「ひっ……!」
その光がすっと消える。
直後。
――コン……
さっきより、ずっと近くで。
すぐ足元で。
ユウトはすくんだまま動けなくなった。
(影喰い……じゃない。
リゼリアさんも言ってた……形を持ってない“影の揺らぎ”。
でも……なんでまた近づいてきてんだ……?)
次の瞬間。
スマホのライトがふっと落ちた。
画面が黒くなり、充電残量が急に 0%と表示される。
「は!? さっき70%あっただろ!!
なんで今……!」
暗闇の中――
――コン……
……すぐ、背後。
ユウトが息を呑んだその瞬間。
「――ユウト殿!」
リゼリアの声が飛び込み、
眩しい青の光が店内を照らし出した。
その光が床を走ると、黒い線はじゅっと音を立てて消え去った。
煙のように、影だけを残して。
リゼリアは杖を構え、険しい表情で言った。
「……思ったより始まりが早い。
揺らぎは“こちら側”に興味を持ち始めておる」
「興味いらないんだけど!? 怖すぎなんだけど!?」
「案ずるな。まだ形を取ったわけではない。
だが……これはもう、“別の影”が絡んでおる」
ユウト「……別の?」
リゼリアは床に残った微かな灰色の粒を拾い、指先で砕く。
「これは、影喰いの痕跡ではない……
“観察者種”が残す粉だ」
「観察者……?」
「名の通り。
影の世界より、獲物を“測る”者だ」
ぞくり、と背筋が冷えた。
測る。
選ぶ。
探る。
まるで――ユウトを評価するように。
リゼリアは静かに続ける。
「ユウト殿。
揺らぎは、そなたに近づいていた」
「っ……なんで……?」
「理由は……まだ断言できぬ。
だが――そなたの“光”が、異界にとって特異なのは確かだ」
ユウト「光? 俺? 普通のバイトだよ!?」
「普通ではないな。
裏口の門に選ばれ、揺らぎが近づき、王女殿下にも気に入られ……
何かを“呼ぶ側”の体質なのだろう」
「いや最後の王女のやつは関係ないだろ!」
「いや、あるやもしれぬ」
「あるの!?」
リゼリアは冗談とも本気ともつかぬ表情で微笑み、杖を床に軽く突いた。
すると、黒い線が完全に霧散した。
「ともあれ、これは序章にすぎぬ。
“本命”は、まだ姿を見せておらぬからな」
「本命……?」
リゼリアは振り返らずに告げた。
「ユウト殿。
――そなたを狙う“影”は一つではない」
その言葉と同時に。
バックヤードの一番奥。
誰も触っていないロッカーの扉が――
……カタン。
自然に、ゆっくりと開いた。
ユウト
「ムリムリムリムリムリムリムリ!!!!」
店内にはまだ、誰も知らぬ敵の気配が
静かに渦を巻いていた。




