影の輪郭が、音を立て始めた夜
バックヤードの奥で響いた“ドンッ”という衝撃音は、ただの物音とは明らかに違っていた。
木材が軋むような、
石が押し合うような、
それでいて……どこか“生きもの”の気配を含んだ振動。
ユウトは慌ててレジ台の角を掴んだ。 手汗で指がすべって、全然安心感がない。
「リゼリアさん!? 今のヤバいやつでしょ!?
ていうかあれ絶対、歩いてくる系のやつじゃない!?」
リゼリアは杖を強く握り、背中越しにユウトへ言った。
「ユウト殿。ここから先――
そなたは決して、後ろへ下がるな」
「なんで!? いや普通こういうのって主人公が下がるタイミングじゃない!?
もうすでに心だけ後退し始めてるんだけど!?」
リゼリアは振り返らない。
だが声は、不思議なくらい落ち着いていた。
「揺らぎは“弱き心”に引かれやすい。
逃げれば、そなたを“標的”と定めてしまう」
「えっ待って!? え!? そんなバイオレンスな仕様、初耳なんだけど!?」
そのとき――
――ピシィィ……
空気の膜が裂けるような、細い音が走った。
蛍光灯の下、バックヤードの闇が“ゆらり”と波打つ。
まるでそこだけ、水の中になったように。
「……来るぞ。
今度は“形”を持ってくる」
リゼリアが杖の先を、ぐっと前へ。
ユウトは背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、
振り返れない何かが背後に立っているような錯覚に陥る。
「っ、やだやだやだ……
お願いだから店の備品壊すタイプじゃありませんように……!」
すると、闇の中心に――
ぼうっと、青い光の線が浮かび上がった。
細い“輪郭”。
それは少しずつ拡がり、人の形に近づいていく。
しかし“人”とも言い切れない。
肩の位置がずれている。
脚が、一本多いようにも見える。
輪郭が揺れるたび、形状が変わっている。
ユウトの声がかすれた。
「な……に、あれ……」
リゼリアは一歩踏み出し、静かに言い放った。
「――“影喰い”だ。
門が不完全ゆえ、姿も定まらぬ。だが……脅威には十分だ」
その瞬間。
影喰いの“輪郭”が――ユウトのほうへ、微かに傾いた。
「いやこっち見るな!!
リゼリアさん!? なんでこっち見てるの!? 俺そんなに弱そう!?
いや弱いけど!!」
「落ち着けユウト殿。“恐怖”が形を寄せるのだ。
そなた、深呼吸を――」
「無理だって!!」
影が、一歩“音”を立てた。
――コ、ン。
足音とも、物が落ちる音とも違う。
じわりと床が波打つような、不気味な振動。
リゼリアは杖を構え直し、
背後のユウトへだけわずかに優しく言った。
「ユウト殿。
下がるなとは言ったが――震えてもよい。
恐れながらでも前を向く者を、私は守る」
リゼリアの足元から青い魔紋が展開する。
影喰いが、にじり寄る。
そして――
「――来るぞ!!」




