魔法商会の影――裏口をめぐる探り合い
ガルドが去った後の店内は、ひどく静かだった。
昼間のツナマヨ争奪戦の喧騒も、
祭りの余韻も、
リゼリアとユウトの軽口すらも――
今は不自然なほど、沈んでいる。
ユウトは思わずため息をついた。
「……なぁ、リゼリアさん。
あの人、絶対なんか隠してるよね?」
リゼリアはゆっくりとうなずいた。
「うむ。あやつは穏やかに見えて、足取りが“静かすぎる”。
あれは、己の気配を隠す術に長けた者の歩き方だ」
「いやそんな忍者みたいな分析できんの!?
何歳?」
「年齢の話は今いらぬだろう」
さらりと言われたが、ユウトには余裕がない。
床の奥から聞こえた “コン……カリ……”
青白い光。
そしてガルドの、何も見ていないはずの“確信”に満ちた物言い。
全部、偶然じゃあり得ない。
リゼリアは静かに店内を見回してから言った。
「ユウト殿。
今日のところは、もう店を閉めよう。
……揺らぎの気配が強まっておる」
「え、もう? まだ片付けが――」
言いかけた瞬間。
――ピシ……ッ。
空気が、 割れた。
本当に。
ガラスより静かに、しかし確かに。
ユウト
「え、今の音……何?」
リゼリアは即座に身構える。
「……店の“内側”だ。
門の気配ではない。
別の、もっと近い……」
言葉を区切った後、彼女はバックヤードの方へ目を向けた。
ユウトも、同じ方向を振り返る。
暗い通路の奥。
ダンボールの影。
何もいないはずのそこに――
一瞬だけ、青い光の線が走った。
まるで“こちらを見ている”ように。
ユウト
「ひっ……!?」
リゼリア
「来るぞ!」
一歩踏み出そうとした、その瞬間。
光はすっと消えた。
代わりに、床がかすかに沈む。
――コン……
――コ……ン。
……さっきより、近い。
ユウト
「近づいてきてる!? ちょっと待って、歩いてる!? やだやだやだ!」
リゼリアはユウトの腕を軽く引き寄せ、低く囁く。
「落ち着け。
音の正体は……“まだ”形を持っておらぬ。
揺らぎの影が、こちらの存在を探っている状態だ」
「探ってるって言われても怖いのは変わらないんだけど!?」
そのとき、
天井の蛍光灯が――チッ、と一度だけ瞬いた。
リゼリアが目を細める。
「……やはり“二つ目の門”が形成されつつあるな」
「二つ目!? 裏口のほかに!?
このコンビニいったいどうなってんの!?」
「案ずるな。まだ完全な門ではない。
揺らぎが集まる“穴”ができ始めているだけだ」
説明は丁寧だが、内容は全然安心できない。
ユウトの喉が乾く。
(……これ、“店長に報告しても信じてもらえないやつだよな”)
そんな絶望を抱えたその時――
リゼリアが、ふと真剣な声で言った。
「ユウト殿。
明日、もう一つ頼みたいことがある」
「……何?」
「そなたの世界の“監視機器”を導入するのは賛成だ。
だが……それだけでは足りぬ」
リゼリアは胸元のマントを軽くつまみ、青い魔力を指先に灯す。
「私の魔術と、そなたの道具。
――二つを合わせて、“揺らぎ探知”を作らねばならぬ」
「え……そんなハイテクと魔法のごちゃ混ぜみたいなの、できるの……?」
「できる。
我が王国でも禁術扱いの“混合術式”……
本来は触れてはならぬものだが――」
リゼリアは一瞬だけ視線を伏せた。
「……そなたを危険に晒した。
その責は私が負わねばならぬ」
ユウト
(あ、これやばい。
なんか……真面目に言われると……こっちも変にドキドキするやつ)
言葉に詰まるユウトを見て、リゼリアは少しだけ柔らかく続ける。
「ゆえに、明日は“私の魔力を宿せる器”を探したい。
そなたの世界にあるのではないか?」
ユウト
「器って……え、超アバウトなんだが……
なんか……マジックアイテムの素体になるようなやつ?」
「うむ。
例えば――“光を蓄える透明な器”などが好ましい」
(……瓶か?
……いや、まさかの……)
ユウト
「……ペットボトルでいい?」
リゼリア
「それだ!!」
秒で食いつかれた。
(いやマジかよ!?)
しかし、今はツッコミより状況が優先だ。
リゼリアが杖を取り出し、静かに魔力を収めながら言った。
「……ユウト殿。
今日はもう危険だ。
閉店して休むがよい。
揺らぎは今夜、深まる可能性がある」
「それ、めちゃくちゃ怖いんだけど……」
「案ずるな。
今夜は私が見張ろう」
言うやいなや、リゼリアは自動ドアの外へ視線を向けた。
外灯が揺れた。
風が通った。
けれど、誰の気配もない。
だが。
――誰もいないはずの路地に、
しずかに“青い線”だけが浮かんでいた。
ユウト
「……また出てる……!」
リゼリア
「うむ。
だが、まだ近づくことはできぬようだ」
光はふっと消えた。
残ったのは、妙な胸騒ぎだけ。
ユウト
「ねぇ……本当に大丈夫なの?」
リゼリアはゆっくりと頷き、いつものあの気品ある声で言った。
「安心せよ、ユウト殿。
そなたを守るのは――我が務めよ」
胸が、少しだけ熱くなる。
だがその直後。
――ドンッ!!
突然、バックヤードの奥で大きな音が響いた。
ユウト
「ちょ、まっ、今の何っ!?」
リゼリア
「……来たか。
“影”が、いよいよ形を取ろうとしておる」
震えるユウトの前に、リゼリアが一歩進み出る。
その姿は、
金色のマントを揺らし、
銀髪を光らせ、
青い瞳を鋭く前へ向け、
まるで――
“この店を守る騎士”
そのものだった。
こうして。
表向きは静かな深夜コンビニで、
誰も知らぬ“最初の脅威”が、静かに動き出した。




