異世界にひとつだけの“ツナマヨ”
扉のノイズを見てしまった夜の翌日。
ユウトは開店準備をしながら、棚に並んだツナマヨおにぎりを眺めていた。
(……いや、落ち着け俺。
昨日見た“目のノイズ”なんて気のせい……かもしれない)
そう自分を落ち着かせようとするが、胸のざわつきは誤魔化せない。
そこへリゼリアがやってきた。
「ユウト。昨夜から眠れておらぬのではないか?」
「ちょっとだけ……まあ、スマホに謎の文字が浮くとか、普通じゃないし」
「普通ではないな」
リゼリアは淡々と返すが、その表情はどこか冗談では済ませないものが漂う。
彼女はふと、棚のおにぎりを見て眉をひそめた。
「ユウト。
ここに並んでおるツナマヨ……“ひとつだけ”魔力の気配が違う」
「え、マジで?」
ユウトは慌てて棚を見る。
確かに、ひとつだけ包装の端が少しだけ歪んでいる。
まるで無理やり封を真似して閉じたような――そんな“違和感”。
だが、そのおにぎりには見覚えがあった。
(……これ、昨日俺の部屋に落ちてたやつだ)
昨夜、異世界から帰ってきたとき。
自分の部屋の机の上に、見覚えのないツナマヨが置かれていた。
もちろん、誰かが勝手に入れるはずもない。
部屋の鍵は閉まっていた。
なのに、
“異世界のコンビニのツナマヨが”
“現世の部屋に置かれていた”。
ユウトは乾いた笑いを浮かべた。
「……やばいな。怖いとかより先に、色々ツッコミどころ多すぎる」
「それは確かにそうだな」とリゼリアも小さく頷く。
「しかも、これ……明らかに“こちら側”から持ち込まれたものだ。
わらわが封に触れたが……魔力が“外から”染み付いておる」
「外って……異世界の外? 現世でもなく?」
「……断言はできぬが。
ただ、この魔力はアルダ王国のものではない。
ゼムナの術式にも似ておらぬ。
“教団”の気配でもない」
リゼリアが真剣になるほど、ユウトは逆に冷静になっていく。
(じゃあ、どこから来たんだよ……これ)
その時。
店の奥──裏口の扉が、
昨日よりもはっきりと、音を立てた。
ガチャ……ッ
リゼリアが即座に剣の柄へ手を伸ばす。
「ユウト、下がれ!」
「ま、また……?」
扉はわずかに開いた。
ほんの数ミリ。
そこには光も、魔力もない。
ただ──
“黒いノイズ”のようなものが、
隙間からじわりと染み出してくる。
リゼリアの表情が険しくなる。
「……これは、次元の“継ぎ目”が削られておる。
何者かが、強引に開けようとしている」
「誰!? ゼムナ?」
「違う。ゼムナがこんな回りくどい真似をする理由がない。
これは……“お主を呼ぶ者”だ」
ユウトの胸がざわつく。
(俺を……呼ぶ?
異世界じゃなくて、もっと別のどこかから?)
闇のノイズは、ゆら……ゆら……と形を変え、
やがて“手のひらのような影”になりかけた。
その瞬間。
リゼリアが前に出て、マントを広げるようにユウトを庇う。
「ユウト! 触れるな! これは……“存在を侵食する”」
影の手が、空気を搔くように揺れ――
ツナマヨおにぎりの棚へ向けて伸びた。
ユウトは思わず声を上げる。
「なんでツナマヨ狙うんだよ!!」
影はツナマヨに一瞬触れかけたが、
リゼリアが唱えた短い詠唱で、ノイズがパチンとはじかれる。
影の手は一瞬ぶるりと震え、
やがて扉の隙間に吸い込まれるように消えた。
扉は静かに閉じられた。
静寂。
ユウトの心臓はバクバクと跳ねていた。
「……なあリゼリア。
あれ、本当に何なんだ……?」
リゼリアはしばらく扉を見つめてから、静かに言った。
「ユウト。
もしかすると……“お主の世界とわらわの世界の境界”が、
誰かによって歪められ始めているのかもしれぬ」
ユウトは息を飲んだ。
リゼリアは続ける。
「そして……その原因は、
お主が“この店の鍵”を持っておるからだ」
店の奥で、ツナマヨ棚のひとつだけが、
わずかにピシ……と揺れた。
まるで、何かが“まだそこにいる”かのように。




