扉の向こうの“ノイズ”
裏口の扉が揺れたあの夜から、数日が経った。
Midnight Mart 王都支店は、相変わらずの賑わいだった。
ツナマヨ教の信者は静かになり、魔法商会の嫌がらせも影を潜め、店は一見いつも通りに見える。
……ただし、ユウトの胸の奥にある“ざわつき”だけを除いて。
リゼリアが棚卸ししながら言う。
「ユウト、昨日からずっと様子が冴えぬが、大丈夫か?」
「いや、その……ちょっと気になることがあって」
言いながら、ユウトはポケットを探った。
そこに入れていたはずのスマホ――
その背面に、見慣れない“傷”がついていた。
ただの傷ならよい。
だが、それはひと目でわかるほど“不自然”だった。
まるで、金属か硬い爪のようなもので、
一直線に“開くように”削られている。
リゼリアは眉をひそめる。
「この傷……ずいぶん妙な形だな。扉の光に触れた時のゆらぎに、似ておる」
「いやいや、スマホに異世界の魔力が傷をつけるわけないだろ……」
そう言いながらも、胸がざわつく。
この傷、いつできた?
あの夜の後、気づけばついていた。
いや……
もしかして――気づいてなかっただけか?
(……まさか扉の向こう側から、誰かが触った?)
ユウトの背筋が冷たくなったところで。
チリン――。
入口の鈴が鳴り、今日も王都の客が来店する。
しかし、いつもより“人の気配が薄い”ように感じた。
リゼリアは気づいていないようだが、
ユウトには確かにわかった。
(……なんか、空気が違う。
ここ数日、店の中に微妙なノイズみたいなものが混じってる)
耳を澄ませば、
遠くで何かがひっかくような微細な音がする。
金属とも、魔力のうねりとも違う。
ただ“ザッ……ザ……ッ”とノイズのように。
「リゼリア。この音、聞こえない?」
「音? 何も聞こえぬが……」
ユウトだけが聞いている?
いや、それはむしろ――
ユウトだけを狙って届いている
と考えるべきなのかもしれない。
リゼリアが棚から顔を出す。
「ユウト。裏口の扉だが……また、微かに揺らいでおる。昨日からな」
「えっ、また!?」
「うむ。ただ、今は開く気配はない。
だが“向こう側から見る者”の気配は強くなっている」
(見る者……?)
その瞬間――
ユウトのスマホが、ひとりでに振動した。
異世界では圏外だ。
通知が来るわけがない。
画面を見ると、電波はゼロ。
なのに、そこには知らないアイコンがひとつ光っていた。
《扉ノ向コウヨリ──》
たったそれだけ。
アプリでも通知でもない。
ただ、画面に直接浮かんだ文字のように。
ユウトは思わず息を飲む。
「……これ、冗談じゃねぇよな」
リゼリアはスマホを覗き込み、わずかに目を見開いた。
「ユウト。
これは魔力ではない。呪いでもない。
これは……“異質”だ」
その言葉に、ユウトの喉がゴクリと鳴る。
「異質って……異世界とも現世とも違うってこと?」
「うむ。まるで“どちらにも属さぬ何か”のようだ。
たぶん――お主に触れようとしている」
ユウトは震えた。
誰かが、扉の向こうから。
現世でも異世界でもないどこかから。
そう考えた瞬間、スマホの画面が一瞬だけ乱れ――
画面の真ん中に、
“目”
のようなノイズが浮かんだ。
一秒にも満たない一瞬。
だが、ユウトは確かに見た。
誰かが、こちらを覗いている。
リゼリアは静かに告げる。
「ユウト。
これは……お主一人の問題ではなくなってきたぞ」
Midnight Martの空気が、ふっと冷たくなった。
店の奥で、扉がまた――
コト……
と揺れた。




