扉の向こうから、かすかな声
祭り騒ぎも、ツナマヨ教の儀式騒動も落ち着いた深夜。
Midnight Mart 王都支店の店内は、まるで嘘のように静かだった。
ユウトはバックヤードの棚を整理していた。
その最奥──例の“裏口の扉”の近くで、妙な寒気を覚える。
「……ん? なんか冷房強すぎじゃね?」
コンビニの裏口とは思えないほど、ひんやりしている。
まるで風がどこか遠い場所から吹いてきているような。
その時、扉が――
コト……
わずかに揺れた。
ユウトは思わず後ずさりする。
「え、ちょ、誰!? リゼリア?」
だが返事はない。
扉の隙間から、かすかに光が漏れていた。
いつもの淡い青じゃない。
もっと……白に近い、硬質な光。
クラッ……。
“音” が聞こえた。
どこか遠くで、電子的な何かが鳴るような――現世の駅でよく聞くアナウンスチャイムのような。
ユウトは凍りついた。
「……え?
なんで現世の音が聞こえるんだ……?」
そこへ、リゼリアが駆け込んでくる。
「ユウト、下がれ! 扉が……変質しておる!」
彼女はマントを翻し、扉にそっと指先を当てた。
その瞬間、光がリゼリアの指をかすめ、彼女は眉をひそめる。
「……やはり。“別の経路”が開きかけておるな」
「別の経路って……俺がいつも使ってる現世への通路じゃなくて?」
リゼリアは頷く。
「うむ。これは――
“誰か”が、扉の向こう側から干渉してきておる証だ」
その言葉にユウトの喉が乾く。
誰か?
現世の誰か?
異世界の誰か?
それとも、さっき現れた黒フードの連中か?
リゼリアは扉から手を離し、真剣な表情で続けた。
「ユウト。
お主がこの店に来る前……現世の暮らしに“変わったこと”はなかったか?」
ユウトは少し考え込む。
(……あった。
最近、なんか妙に疲れやすいし……
目を離したはずのスマホが、別の場所に置いてあったり……
でもそんなの、ただの気のせいだと思ってた)
「いや……特に、大きなことは……」
そう言いかけた瞬間――
扉が、
ガチャン!!
激しく鳴った。
まるで、“何か”がぶつかったように。
リゼリアの顔色が変わる。
「……来るぞ。
ユウト、この扉の向こう――
“向こう側の何か”がこちらを見ておる!」
ユウトの背筋を氷のような感覚が走った。
だが扉はそれ以上動かず、やがて光も収まっていった。
静寂が戻る。
リゼリアは深く息をつく。
「……扉は、一時的に安定したようだ。
だが、誰かが“開けようとしている”のは確かだ」
ユウトは思わず尋ねた。
「その……誰が、こんなことを?」
リゼリアはゆっくりと答える。
「ツナマヨ教でも、王国の魔法使いでもない。
もっと別の意図を持つ者だ。
しかも……ユウト、お主を“知っている者”かもしれぬ」
「えっ!?
俺を知ってるって……現世の誰かが異世界に干渉してるってこと?」
リゼリアは小さく首を振った。
「断定はできぬ。だが、扉の揺らぎ方が“お主の気配”を追っておった。
誰かが、ユウトお主に――
会おうとしている」
ユウトは言葉を失った。
現世と異世界。
二つの世界を結ぶ扉に、第三の気配。
Midnight Martの夜は、ますます静かで、そして深い。




