転生飽和
通り向こうのおもちゃ屋に釣られたのか、よちよち歩きの幼児が不意に道路に飛び出した。
向こうからやって来るトラックの車高では、おそらく子どもの姿は見えていない。
――考えるよりも先に、身体が動いていた。
耳をつんざくブレーキ音、熱いほどの衝撃、まぶたの裏が赤に染まる。
ああ……こんなとき、悲しませる人がいなくてよかった。親は鬼籍で恋人もいない。恋人がいなくてよかったと思えたのは生まれて初めてだ、――もう死ぬところだけれど。
驚きで泣きだしそうな幼児の無事を確認すると、そこでぷつりと意識は潰えた。
「ん……、ここは……?」
真っ白な空間。視界がホワイトアウトしたのだろうか。
くるりと見渡すと、ひときわ白く輝く光の塊があった。
「どーもー、女神です」
光が声を放つ。天上の調べのような美しい声でありながらも、妙にやる気のないぞんざいな口調だ。
「あなたは亡くなりました。自覚はあります?」
「はぁ……、なんとなく」
「よろしい、では今後について説明します。此度のあなたの死は死神が関与しない偶発的なものであり、狩り取られなかった生命エネルギーが魂に残存してしまっている状態です。しかし肉体はすでに損壊しているため、魂を現世に戻すことは叶いません」
「死神、って……実在するんですね」
「女神を前にして面白いことをおっしゃいますね。話を続けます。現世には戻せませんが、余剰分の生命エネルギーを抱えたままでは正しく死を迎えることもできません。よって、あなたには別世界で新たな生を与えます。そちらで引き続き生命エネルギーを消費してください」
「別世界に生まれ変わる……?」
「まあ、平たく言えばそうなります」
「えっと……どういう世界なんでしょうか? その、転生先というのは」
「最近偶発的な死が頻発していまして、それ用の世界を増設したところなんです。あなたの元いた世界で言うところの『剣と魔法のファンタジー世界』が近いでしょう。まだ三百年程度の作りたてほやほやですが、あなたもそちらへ送られることになります」
晩のおかずを一品増やしました、みたいな気軽さで女神が言う。
出来たてでまだちょっと温かそうな世界だ。
「ファンタジー世界……。『それ用』ということは、そこに暮らす人はみんな転生者なんですか?」
「話が早くて助かります。その通り、すべて転生者です。行き交う街人も、伝説の勇者も、選ばれし聖女も、復活した魔王も」
「魔王も」
「スライムも、ゴブリンも、アンデッドも」
「アンデッドって生きてるんですか?」
「ドラゴンも、聖獣も、魔剣も」
途中のツッコミは無視された。
「――それから、雑草や小石なんかも転生者です」
「そんなものまで……」
もはや生き物ですらない。雑草や小石に転生するというのは、実質的な死に等しい気がするのだけれど……。
「そ、それで……俺が生まれ変わる『モノ』というのは……?」
「ご心配いりません。みなさん、生前の強い想いをもとに転生先を決定しておりますので」
――そうして俺は、『女子更衣室の壁』として第二の人生のスタートを切った。
くだらないオチ……( ᐛ )
もう異世界は転生者で飽和してるよね、ってお話。