5 新作のゼリー
休憩を終えて店内に戻った俺は、目の前の光景に思わず立ち尽くした。
「……なにこれ?」
店内には客の姿は見当たらず、窓際の席に“何か”がぽつんと座っている。
透明でぷるぷるした、まるでRPGに出てくるスライムみたいなやつが、ちょこんとテーブルに乗っていた。
「いや、スライム…?」
恐る恐る近づくと、テーブルの上にはストロベリーシェイク。
ストローが刺さったまま、シェイクは半分ほど減っている。
「まさか…これ、飲んだのか?」
スライムは俺を見上げて、体がじわじわとピンク色に染まった。
「ぷるん♪」
「色、変わった!?」
「……新作のゼリーだ。」
低い声に振り向くと、厨房から黒崎さんがひょっこり出てきた。
いつもの無表情で、制服もピシッとしている。
「ゼリー…?」
「……吸収力が高い。」
「いや、吸収しすぎでしょ!」
「ぷるぷる〜♪」
スライムは小さく跳ね、ピンク色の体をぷるぷると揺らしている。
黒崎さんは「問題ない」とでも言いたげに、静かに頷いた。
「どうしたの、拓海くん?」
店長がふんわりと出てきた。
手にはマグカップを持って、のんびりした足取りだ。
「店長、これ…生きてますよね?」
「まあ、最近のゼリーは“生”が売りだからね。」
「生…ゼリー!? いやいや、どんだけフレッシュなんですか!」
「うん、生命力がね。」
「食べ物に求めないで、その生命力!」
「……食べると、元気が出る。」
「いや、元気っていうか、レベル上がりそう…」
黒崎さんは真顔のまま、ちらっと店長の方を見る。
店長は「大丈夫、大丈夫」とばかりに、うんうんと笑顔で頷いているけど、なんか目が泳いでないか?
「ぷるぷる〜♪」
スライムは「イエス!」と言わんばかりに、ストローをちゅーっと吸い、さらに濃いピンク色に変わった。
「いや、普通に飲んでるし!」
「かわいいね〜。」
店長はにっこり笑って、スライムの頭(?)をそっと撫でた。
スライムは嬉しそうに体をぷるぷる震わせる。
その時、エアコンの風がスライムに直撃した。
「ぷる…?」
スライムは一瞬でカチコチに固まり、まるで氷菓のようになってしまった。
「え、凍った!?」
「……室温に弱い。」
黒崎さんは無表情のまま、リモコンを手に取ると、何度もボタンを押して温度設定を変えている。
スライムはテーブルに「シャラッ」と音を立てて、小さな透明の結晶を置いた。
「……これ、魔石じゃない?」
「最近は“マジック決済”が主流だからね〜。」
「いや、ファンタジー経済入ってるじゃないですか!」
「ぷるぷる〜♪」
スライムは満足げに「ぷるん」と鳴き、カチコチのまま椅子にちょこんと座っている。
「ねえ、これ普通のカフェですよね?」
「もちろん、うちは“どんなお客様”でも歓迎だから。」
「……どんな?」
「人間も、動物も、モンスターも。」
「いや、モンスター入っちゃってるじゃないですか!?」
「……問題ない。」
黒崎さんは小さく呟き、また厨房へ戻っていった。
店長は「問題ないよ〜」と笑っているけど、カップを持つ手が震えているのを俺は見逃さなかった。
「いやいや、問題しかないでしょ!」
俺のツッコミは、スライムの「ぷるぷる〜♪」というハッピーな声にあっさりかき消された。