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4 異世界ゲート

「黒崎さん、その包丁…なんか、呪われてません?」


「……」


 黒崎さんの動きが、ピタリと止まった。


 包丁を握ったまま、キャベツを半分切りかけの状態で、振り向く。


「これは…えっと…アンティーク風…包丁です。」


「……え?」


「流行りだと聞いた。アンティーク風。」


「いや、風っていうか…完全に“闇の鍛冶師の作品”みたいな見た目ですよ!?」


 黒崎さんは黙ったまま、ゆっくりと包丁を下ろす。


 背中から、得体の知れないオーラが滲み出ている気がする。


「……すまない。」


「え、謝らないでください!? 何も悪くない…はず…?」


 この店、やっぱり普通じゃないよな…!?



 落ち着け、俺はただのカフェの厨房担当だ…。


 俺、黒崎は、目の前のキャベツに集中していた。


「ふっ…えいっ…」


 包丁を握りしめ、リズムよく野菜を切る。

 異世界では「漆黒の死神」と恐れられたこの腕も、今はただの料理人の腕だ。


 店長が言っていた。“人間界では普通にやるんだ”と…。


 普通、普通。

 普通にキャベツを切って、普通にまかないを作るだけ。


 でも、包丁から出る「ダークオーラ」はどうしても抑えられない。

 いや、これも普通のことだ。異世界では、みんなこうだ。


 たくみんは、まだ俺たちの正体を知らない。だから、普通に…普通に…


「黒崎さん、その包丁…なんか、呪われてません?」


 ――――ッ!


 俺の動きが止まる。


「これは…えっと…アンティーク風…包丁です。」


 どうだ、この自然な返答は。

 普通だ、普通に聞こえるはずだ。


「いや、風っていうか…完全に“闇の鍛冶師の作品”みたいな見た目ですよ!?」


 嘘をつくのは苦手だ…。だが、店長が“普通に”と言ったのだ。


 俺はゆっくりと包丁を下ろし、たくみんを見つめた。


「……すまない。」


 なぜか、謝ってしまった。


「え、謝らないでください!?」


 たくみんの声が少し震えている。


 ……やはり、俺は“普通”が難しいのか?


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。



 黒崎さんとたくみんが厨房で何やら話している間に、私はそっとバックヤードに向かった。


「落ち着かなきゃ…普通に、普通に…」


 モップを握りしめ、できるだけ自然に振る舞う。

 店長も「掃除は心を整える」って言ってたし、今はとにかく目立たないようにしないと。


「えっと、たしかここにも掃除道具が…」


 棚の奥をゴソゴソ探していると、古びた木箱が出てきた。

 複雑な模様が彫られていて、まるで魔法陣みたいなデザイン。


「んん?お弁当箱にしてはゴツいなあ…」


 私はモップの先で木箱をトントンと軽く叩いてみた。


 すると、箱がピカッと光った。


「え、光るお弁当箱?」


 中央に小さなボタンが浮かび上がっている。

 ダメだ、これは絶対に押しちゃいけないやつ。でも、手が勝手に――


「えいっ!」


 ポチッと押した瞬間、木箱のふたがガタガタッと震え出した。


「わっ、え、なにこれ!?」


 モップを構えたまま、じりじりと後ずさる。

 箱の隙間から、紫色の煙がもわもわと漏れ出してきた。


「え、これ…やばいやつじゃない?」


 煙はゆっくりと空間に広がり、壁際の古い鏡みたいな装置に吸い込まれていく。


「まさか…これって…」


 鏡がパリンッと音を立て、空間がズブズブと穴のように開いていく。

 渦を巻くその穴は、どう見ても異世界ゲートだ。


「店長、『封印してるから大丈夫だよ〜』って言ってたのに!?」


 モップを抱え、思わず後ずさった。

 

「えええ〜!? これ、触っちゃダメなやつだったかも〜!」


 私はモップで必死に木箱のふたを押さえ込む。


「閉じて〜!お願い、普通に戻って〜!」


 でも、渦はますます大きくなって、紫色の煙がぽわぽわと溢れ出す。


「どうしよう、どうしよう…!」


 その時、渦の中から小さな影がぴょこんと飛び出してきた。


「……グゥ?」


 手のひらサイズの緑色の小さなゴブリンが、床にぽてんと落ちた。


「え、嘘でしょ…?」


 ゴブリンは、こちらをじっと見上げ、にっこりと無邪気に笑った。


「マオウサマ、オムカエニキマシタ!」


「ま、魔王様!?」


 頭の中が真っ白になる。

 もしかして、これって店長のこと?


 ゴブリンはキラキラした目で、「マオウサマ、ドコデスカ〜?」とあたりを見回している。


「だ、ダメダメダメ!来ちゃダメ〜!」


 私はモップでゴブリンをトントンと押し戻そうとした。


「ほら、君は異世界に戻るの!いい子だから〜!」


「グゥ…?」


 ゴブリンは困った顔をして、ぺたんと座り込んでしまう。


「どうしよう…これ、絶対にバレたらヤバいやつ!」


 モップを抱きしめ、異世界ゲートの前で小さくしゃがみ込む。


「お願い、誰にも見つかりませんように…!」


 渦はまだぐるぐる回っているし、ゴブリンは「グゥ…」と小さく鳴いている。

 私は小さく息を吐き、ドキドキする胸をなんとか抑え込んだ。

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