3 LEDペンダント
朝の商店街を歩きながら、俺、藤崎拓海は昨日のことを思い出していた。
「…黒崎さんのカレー、意外とうまかったな。」
見た目は「暗黒スープ」みたいに真っ黒だったのに、ひとくち食べたらその味はやたら本格派。
「隠し味は、闇のスパイスだ」とか言ってたけど、あれって何だったんだ?
「そもそも、包丁から黒い煙出てたの普通じゃないよな。」
厨房から聞こえてた「ゴォォ…」って音も、換気扇のせいにしてたけど、絶対違う。
俺の知る限り、換気扇は「魔界の風」を呼び込むような音は出さない。
「…まぁ、うまかったからいっか。」
思考を放棄して、カフェ・オブ・レストの前に到着。
店の看板はいつも通り控えめで、店内にも優しい光が漏れている。
「おはようございまーす。」
扉を開けると、店内には優しいオレンジ色の光が広がっていた。
「おはよう、たくみん!」
元気な声で迎えてくれたのは、白雪こはる、通称こはるんだ。
ふわふわの髪に、大きな瞳。見た目は完全に「癒し系カフェ店員」なのに、どこか危なっかしいところがある。
「おはよう、こはるん。今日は掃除から?」
「そうそう!店長が“土曜日は掃除をしっかりね〜”って!」
こはるんはモップを持ちながら、やたらと楽しそうだ。
俺もエプロンをつけて、店内の掃除を始める。
「今日はお客さん来るかな〜?」
「そうだね、昨日はほとんど来なかったもんね~」
「うん、異世…じゃなくて、人間界のお客さんは貴重だからね!」
「……今、何か変なこと言わなかった?」
「え、言ってないよ?気のせい気のせい!」
こはるんはニコニコしながら、モップを動かす。
でも、そのモップの先が棚の奥に引っかかり、「ガタン!」と何かが落ちた音がした。
「わっ、なにこれ?」
棚の下から出てきたのは、なぜか金色に光るペンダント。
こはるんが慌ててそれを拾い上げると、ペンダントがピカッと光り、彼女の背中からうっすらと“しっぽ”みたいなものが見えた気がした。
「……え、今、しっぽ?」
*
やばいやばいやばい!
私はペンダントをギュッと握りしめながら、必死に笑顔を作った。
「し、しっぽ!? そ、そんなわけないよ〜!えへへ〜!」
お願い、笑顔でごまかせますように…!
たくみんはじーっとこっちを見ている。
その視線は「いや、今の絶対しっぽだったよね?」と言っているようにしか見えない。
私は焦りを隠すように、モップを握り直した。
「さ、掃除掃除〜♪」
モップを動かそうとした瞬間、ガンッと棚にぶつけてしまった。
「わっ、あわわ!」
モップの柄がスポンと抜け、私はバランスを崩して尻もちをつく。
ペンダントもポトンと床に転がった。
「大丈夫?」
たくみんがすぐに駆け寄ってくれる。
「だ、大丈夫だよ!ちょっとほら、エクササイズ的な?」
「掃除ってそんなに体力使うんだ…?」
「う、うん!カフェ業界ではね、モップ・スクワットが流行ってるんだよ!」
私はモップの柄だけを持って、ぎこちなくスクワットを始める。
たくみんはポカンとした顔をしているけど、口元を押さえて笑っている。
よ、よかった…少しはごまかせたかも!
でも、足元には金色に光るペンダントが転がったままだった。
「こはるん、それ…何?」
「え、えっと…あ、これはね、最新の…おしゃれペンダント!」
「すごい光ってるけど?」
「そ、そう!LED搭載!人間界で大人気なんだよ〜!」
無理がある…でも今はこれで乗り切るしかない!
たくみんはまだ少し疑いの目を向けているけど、半分くらいは信じてくれているみたい。
よし、このまま何とか…!
「二人とも、掃除は順調かい?」
店長のふんわりした声がして、私はまたビクッとしてしまう。
「おはようございます、店長!」
「おはよう〜。いやぁ、今日も平和だね〜。」
平和って…全然平和じゃないよ〜!
私は心の中で叫びつつ、モップの柄を握りしめて立ち上がった。
しっぽ、引っ込んでるよね?大丈夫だよね?
私はぎこちない笑顔を浮かべて、モップを持ったまま、ペンギンみたいにそろりそろりと後退する。
「こはるん、歩き方…変じゃない?」
「え、えへへ、これがカフェ業界の“プロムーブ”だよ〜!」
お願い、バレませんように!
*
掃除を終えて、こはるんと一緒に休憩スペースで一息ついていると、厨房のほうから「ゴォォ…」という不穏な音が聞こえた。
「……な、なんの音?」
「え、えっと…換気扇かな?」
こはるんは、さっきのしっぽ事件で汗だくになったまま、ぎこちない笑顔を浮かべている。
でも、どう考えてもこれは換気扇の音じゃない。
換気扇って、普通「魔界の風」を召喚するみたいな音、出る?
思わず厨房をそっと覗いてみる。
そこには、黒崎さんがいた。
彼は黙々と料理をしている。
ただ、普通じゃないのは――その手に握られた包丁だ。
「……え、なんか黒い煙、出てない?」
包丁の刃から、うっすらと黒いオーラのようなものが立ち上っている。
まるで「闇の力」を秘めた伝説の武器か何かみたいだ。
いや、普通のカフェの厨房に、そんな武器があるわけがない。
「えいっ…ふっ…」
黒崎さんは無表情のまま、キャベツを切っている。
野菜に包丁が触れるたびに、「シャキーン!」という金属音が響き、刃が黒い光を放つ。
何してんの?何を召喚しようとしてんの!?
キャベツが切られるたび、まるで魂を解放しているかのように、野菜から白い湯気が立ち上る。
「こ、こはるん…見て、あれ…」
「え、えっと…あれは…うん、新しい調理法!」
「調理法っていうか、もう儀式じゃない!?」
こはるんは目をそらしてモップの柄を握りしめている。
さっきのしっぽ事件もあったし、何かおかしい。
「ちょっと…聞いてみるか。」
俺は意を決して、厨房の中へ一歩踏み出した。
「黒崎さん、その包丁…なんか、呪われてません?」