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2 バイト初日

 バイト初日。


 あれから数日、特に他のバイト先も見つからなかったし、

 面接の最後にもらった「まかない」という言葉に釣られて、結局ここに来た。


「カフェ・オブ・レスト」は相変わらず落ち着いた雰囲気で、客の姿は見当たらない。


「こんにちは〜、今日からバイトでお世話になります!」


 俺はちょっと元気よく挨拶してみた。

 すると、カウンターの奥から、真中店長がのんびりした足取りで出てきた。


「ああ、拓海くん、いらっしゃい。今日はよろしくね。」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


「うんうん、元気があっていいねぇ。まずは簡単にお店の仕事を覚えてもらおうか。」


「はい、がんばります!」


「じゃあ、まずはお客さんが来たら『いらっしゃいませ』って言って、席に案内するんだ。」


「はい!」


「そして、万が一、お客さんが“炎を吹いた”場合は、すぐに消火器を使うんだよ。」


「…はい? いや、何を吹くんですか?」


「え? 炎だよ。ほら、たまにいるじゃない、こう…フーッて。」


 店長は口をすぼめて「ドラゴンのブレス」みたいなポーズをして見せた。


「いやいや、いないですよね!? そんなお客さん!」


「そ、そうだよね!ごめんごめん、ちょっと冗談が過ぎたね。」


 店長は苦笑いを浮かべたけど、あれ、今の本当に冗談なのか?

 なんだろう、あんまり笑えてこないぞ…。



 しまった、また異世界ノリを出してしまった…。


 俺は真中。かつて魔王軍を率いた“偉大なる魔王”だったが、今はただのカフェ店長だ。


 異世界では「炎を吹くお客さん」は普通にいた。

 特に、元・ドラゴンのこはるちゃんなんて、くしゃみのたびにカウンターを燃やしていたものだ。


 でも、ここは人間界。

「普通のカフェ」を目指している俺が「炎を吹くお客さん」なんて言ってしまった ら、まずいに決まっている。


 なんとか誤魔化したけど、拓海くんの目が「え、正気ですか?」って言ってる。


 こうなったら、彼女に助けてもらうしかない。


「こはるちゃーん、出ておいで〜。」



「はーい!」


 元気な声とともに、ひょこっと現れたのは、小柄な女の子だった。

 ふわふわのセミロングに、大きな瞳。

 まるでカフェ店員と癒し系女子のハイブリットのような、ちょっと不思議な雰囲気をまとっている。


「わ〜、新しいバイトさんだ〜!はじめまして、白雪こはるです!こはるんって呼んでね!」


「あ、えっと、藤崎拓海です。よろしくお願いします。」


「たくみんだね!よろしくね、たくみん♪」


「…もうあだ名ついてるの!? 早くない?」


「うん、だって友達になりたいから!」


「いや、そんな即決!? 逆に怖いわ!」


 こはるんはニコニコと無邪気に笑っている。

 俺は少し引いてしまったが、これぐらい元気な子が一緒なら、バイトも楽しくなるかもしれない。


「じゃあ、こはるちゃん、拓海くんに仕事を教えてあげてくれるかな?」


「はーい!じゃあ、まずはお冷をお客さんに出してみて!」


「お、おう。」


 俺はこはるんに渡されたトレーに、お冷を乗せて立ち上がった。

 とりあえず、カウンターに運んでみるか…。


「たくみん、がんばれ〜♪」


 こはるんが両手を大きく振って応援してくれる。

 なんだ、普通にいい子じゃん。さっきまでの違和感も少し薄れた…その時。


「…へくちっ!」


 こはるんがくしゃみをした瞬間、視界の端で光が走った。


 次の瞬間、カウンターの端に置かれたティッシュの箱が、ふっと青白い炎に包まれた。


「え、燃えてる燃えてる燃えてる!!??」


「うわっ、やっちゃった!」


 こはるんは慌てて、口から「ふぅ〜」と息を吹きかける。

 その途端、青い炎がシュッと消えた。


 …いやいや、ちょっと待て。

 今、口から何か出てなかった? いや、完全に出てたよね? 炎だよね?


「こはるちゃん、大丈夫? またやっちゃったね〜。」


「えへへ、ごめんなさーい!」


「いや、えへへじゃないでしょ!? どういうこと!?」


「こはるちゃん、ちゃんと人間界モードでいないとダメだよ?」


「はい、気をつけまーす!」


「ちょ、ちょっと待って。今の“人間界モード”って何ですか?」


 店長とこはるんは、笑顔のままピタッと動きを止めた。

 二人の目線が泳ぐ。


「い、いや、ほら!モードってあるじゃん?エアコンとか、ドライモードとかさ!」


「え、なにそれ、意味わかんない!」


 完全に怪しい。

 いや、これはもう「怪しい」というレベルを超えて、「確定」では?



 まずい、こはるちゃん、盛大にやらかしてしまった…。


 拓海くんの目が、「これ、完全にやばいカフェだよね?」と言っている。


 どうにかして、流れを変えなければ。

 こんなときは、あの男に頼るしかない。


「黒崎くん、まかないの準備、お願いできるかな?」


 厨房の奥から、低く響く声が返ってくる。


「ああ、すぐに用意する。」


 鋭い眼差し、無口な口調。

 黒崎(元・暗黒騎士)は、異世界では「漆黒の死神」と恐れられた男だ。


 今はカフェの厨房を担当してもらっているが、彼の料理は見た目とは裏腹に絶品だ。


「今日はカレーだ。」



 黒崎さんが厨房に戻ると、カシャン、カシャンと包丁の音が聞こえてきた。


「おお、カレーか。いいな、まかない楽しみです!」


「うん、黒崎くんのカレーは本当に美味しいんだよ。」


 そう話している間にも、厨房から「ゴォォォ…」という謎のうなり声が響いている。


「…なんか、変な音してません?」


「え? いや、気のせいだよ! ほら、換気扇が古くてね、うん。」


「いや、完全にダークなオーラ出てますけど!?」


 カウンターの隙間から見えた厨房では、黒崎さんが巨大な包丁を構え、まるで魔剣を抜くように野菜を切り続けている。


 その包丁から、黒い煙のようなものがほんのり立ち上っているのは、見間違いじゃないはずだ。


「え、これ、まかないって…大丈夫なやつ?」


 俺は心の中で小さく叫んだ。

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