18 資金戦争
——金の切れ目が、戦の切れ目。
それはあっちの世界における絶対の真理だった。
戦争は軍資金が尽きた方が負ける。
どれだけ強大な魔法があろうと、どれだけ勇敢な兵士がいようと——
金がなければ、全て終わるのだ。
「堕天使様!! 勇者どもが王国から新たな資金援助を受けとのこと!!」
魔王城の財務室に、幹部が血相を変えて飛び込んできた。
「いくらよ?」
「金貨300万枚……!」
「……チッ、派手にぶっ込んできたわね」
私は手元の帳簿をめくりながら、眉をひそめた。
勇者の軍は単純な戦闘能力も高いが、それ以上に厄介なのは 資金調達力 だった。
王国や聖教会の支援を受け、次々と最新装備を導入し、負傷者には最上級の回復薬を与える。
対して魔王軍は……。
「こっちは? 予算、まだ持つ?」
「……正直、やばいです。武器庫はカラ、補給物資も底を尽きかけて……」
「バカ言ってんじゃないわよ。資金繰りは何とかするわ」
私は素早くペンを走らせ、次の作戦を練る。
こっちは援助をくれる国もないし、資金は自分たちで作らなきゃいけない。
だが、私は魔王軍の財務担当。
資金戦争なら、こっちの方が上手なのよ。
【勇者軍】
資金源:王国の補助金・貴族の寄付・聖教会の支援
装備:最新鋭の神聖武器(※高い)
兵士:給料・保険・退職金あり(※福利厚生完備)
【魔王軍】
資金源:ダンジョン経営・密輸・魔獣牧場・裏ギルド
装備:自作&リサイクル(※コスト削減)
兵士:ブラック労働(※食事は支給される)
こっちは、国の支援もなければ、貴族がポンと寄付してくれることもない。
だからこそ、商売 で戦費を稼ぐしかないのよ。
まずは「ダンジョン運営」。
冒険者たちが勝手に入ってきて、モンスターと戦ってくれる。
——そこに「入場料」と「回復ポーション販売」を仕込んだら、大儲けよ。
次に「武器リサイクル」。
勇者軍の武器は高性能だけど、修理代も高い。
壊れた装備を安く買い取り、ちょっと直して転売する。
「中古聖剣、未使用品(ちょっと呪われてる)」 なんてラベルつければ、バカな冒険者が買うのよ。
「よし、これで一時的な資金は確保できたわね……!」
「すげぇ……! さすが堕天使様!」
幹部が感動している。
——が、次の瞬間。
「報告!! 勇者軍が クラウドファンディング を始めました!!」
「は!?」
「『魔王討伐プロジェクト! 目標金額1000万枚! みんなの力で世界を救おう!』 とのことです!!」
「ふざけんな!! こっちの500万年ローンはどうしてくれるのよ!!」
結局、勇者どもの 「経済的暴力」 に勝てるわけもなく……
魔王軍は崩壊。
私も勇者たちに捕まり、「財政管理のプロは世界のバランスを崩すから危険」 とか言われて追放された。
——何それ!? だったらお前らの経理部門も追放しろよ!!
*
そんな私の回想も束の間——目の前には、バカみたいな顔して私を見てる拓海がいる。
「……何よ?」
「いや、なんか……佐々木さんって、めっちゃ頭よさそうだなって思って」
「あんた、私を何だと思ってんの?」
「え? ゴスロリ経理?」
「表出ろ」
「なんで!?」
私はため息をつきながら、カウンターの帳簿を開く。
「異世界食材仕入れ費:120万円」
「“ドラゴンの涙”ドリンク開発費:80万円」
「黒崎の包丁研ぎ代:不明(でも計上されてる)」
なんでこのカフェ、戦争してないのにこんなに金が消えるのよ!?
「はぁ……」
私はそっとため息をつく。
異世界じゃ「魔王軍の頭脳」とまで呼ばれた私が、
今はカフェの経理でレシートと格闘中。
「……あのドラゴン娘、今度ちゃんと〆とくわ」
私はボールペンをカチカチ鳴らしながら、決意を固めた。
さて、これからどうやってこの店の経営を立て直そうかしら。
まずはメニューの価格設定を見直して、次に——
「佐々木さん?」
「……何よ?」
「もしかして、めっちゃカフェのこと考えてます?」
「は?」
「なんか、店を立て直そうとしてる雰囲気が……」
「バッ……!? そ、そんなワケないでしょ!! 別に私は、この店に愛着なんてあるわけじゃないんだし!!」
私は咄嗟に顔を背ける。
——いや、ちょっと待て。
この流れ、まるで私がこの店を守るために頑張ってるみたいじゃない。
違うからね!?
「このカフェは私の計画のための“実験場”みたいなものなの! だから、潰れられたら困るだけ!!」
「え、何それ怖い」
「フン……まあ、せいぜい頑張んなさい。私は“経理として当然のことをしてる”だけなんだから」
私はツンと横を向きながら、冷静を装う。
——でも、拓海の「なんか頼りになるなぁ」という呟きを聞いて、ほんの少しだけ、悪い気はしなかった。
ま、ここの連中はバカだけど……もうちょっとだけ、付き合ってやるわよ。
——堕天使の……じゃなくて、経理担当の佐々木として、ね。