17 経理
バイト先の 「カフェ・オブ・レスト」 に着くと、俺はすぐに違和感を覚えた。
いつもなら「たくみん〜♪」と こはるん が元気に迎えてくれるか、黒崎さん が無言で厨房からじっと見てくるかの二択だ。
でも、今日は違った。
カウンターの奥に、見たことのない ゴスロリ姿の少女 が座っていた。
黒と紫のレースがあしらわれたフリルたっぷりの服に、長い髪をツインテールで結んでいる。
手には帳簿とペンを持ち、静かに数字を確認していた。
……なんだこの 「魔界からの転校生」 みたいな雰囲気は?
「……あれ? いつの間に メイド喫茶 に業態変更したんだ?」
俺が思わずボソッと呟くと、その少女が すっと視線を上げた。
「……なるほどね。あなたが拓海ってわけ?」
「え、あ、はい? っていうか、誰ですか?」
「私は佐々木。今日から このカフェの経理を担当することになったの。よろしくお願いするわね」
経理。
経理!?
「……カフェに経理って必要なんですか?」
「当たり前でしょ? まともな店なら 財務管理 は必須よ」
「いや、うちの店 まともじゃない側 じゃないですか?」
「はぁ……思った以上に救いようのない状況ね」
佐々木さんはため息をついて、帳簿をパタンと閉じた。
「ここの売上、びっくりするくらい 赤字 よ? しかも支出の管理が ぐっちゃぐちゃ じゃない」
「あ〜……なんとなく察してました」
店長が 「うちは利益より夢を大切にするんだよ〜」 とか言ってたのを思い出した。
そりゃ経理の人が来るのも納得だわ。
「それにしても、あなた 思ったよりマトモそうね」
「え? どういう意味ですか?」
「店長やこはるを見て、 “ここ、正気の人間いるのかしら” って不安になってたのよ」
「それは……うん、分かる」
俺が深く頷いたちょうどその時——
「たくみん、おはよ〜♪」
こはるんが元気よく現れた。
なぜか ポンポンを持っている。
「佐々木さん、もう会ったんだね♪ どうどう? 可愛いでしょ〜?」
「は? そういうのいいから。 仕事の話しなさいよ。」
佐々木さんが ピシッ とツッコミを入れる。
こはるんは 「えへへ〜」 と笑いながら俺の横に並んだ。
「たくみん、佐々木さんね、カフェに興味を持って 自分から来たんだって!」
「へぇ〜、でもなんで ゴスロリ?」
「……あ?」
佐々木さんの目がスッと鋭くなる。
「拓海くん? 今なんて?」
「いや、その、ほら、普通はバイトとかするなら 動きやすい服 の方がいいんじゃないかと……」
「ふーん……動きやすい服が正義ってわけ?」
「ま、まあ、そうっすね……?」
佐々木さんは カウンターに肘をつき、ニヤリと笑った。
「じゃあ、あなた 裸エプロンで働けば? すっごく動きやすいと思うけど」
「は!?」
「ほら、服がない分、軽いし、動きやすいし、コストもかからないし メリットしかないじゃない」
「いやいやいや!! 俺、そんな新ジャンル開拓したくないんですけど!?」
「まあ、やるなら 店の外でやってね。店内で変態がうろつかれると迷惑だから」
「やんねーよ!!!」
俺が全力で否定していると、突然、厨房の奥から 黒崎さん が現れた。
手には 包丁。
「……新入りか」
「ええ、佐々木よ」
佐々木さんは涼しい顔で応じる。
しかし、黒崎さんは じっ と佐々木さんを見つめたまま動かない。
「……お前、人間じゃないな」
一瞬、佐々木さんの肩が ピクリ と揺れた。
「は? 何言ってるの? 私は ただの一般人 だけど?」
「……そうか」
黒崎さんは 包丁をゆっくり逆手に持ち替えた。
「ちょ、待って!? なんで 迎撃モード に入ってるんですか!?」
「……直感」
「いや、こっちは素手だから!! せめて武器のバランス考えて!?」
佐々木さんは 小さく咳払い し、髪を指でくるくると巻いていた。