15 ショッピングモールでの受難
バイトで使う材料の買い出しに、わざわざショッピングモールまで来る羽目になった。
普通のカフェなら、近所のスーパーで済む話だと思うんだけど、うちのカフェ・オブ・レストは違う。
「拓海くん、次のイベントうちの出し物は“インスタ映えスイーツフェア”だからね〜♪」
店長のふんわりした笑顔を思い出す。
あの人、ふわふわしてるけど、言うことだけはやたらと無茶ぶりだ。
「スイーツはお客さんを“映えの向こう側”に連れていく感じでお願いね〜」
いや、そんな要求どうやって叶えるんだよ。
「お兄ちゃん、次はホイップクリームだっけ?」
カートを押している妹の遥香が、メモ帳を見ながら言った。
なんで遥香が一緒にいるかって? それは…
「今日はデートなんですか?」
朝、玄関で遥香にバイトに行く準備を見られた時のことを思い出す。
おれがエコバッグとメモ帳を持っているだけで、なぜデートという発想に?
「バイトの買い出しだよ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ私も行く」
「いや、行かなくていいでしょ」
「行く。決めた」
「なんで?」
「だって、なんか面白そうだし」
完全に好奇心だけでついてきた結果、今、隣でカートを押している。
家にいてくれたらよかったのに…。
まあホイップクリームもゲットしたし、あとは店長の無茶ぶりにどう応えるかを考えるだけだ。
「お兄ちゃん、“映えの向こう側”って結局どういう意味?」
「俺にもわからん。たぶん、こっち側の常識は通用しないってことだろうな…」
「わぁ…怖いね、それ」
遥香が腕を組み、真剣な顔をしてうなずく。
「まあ、うちの店長、すでに言葉の常識ないからな」
「そもそもお兄ちゃんのバイト先、普通じゃない気がする」
「それは俺も薄々感じてる」
そんな会話をしながらカートを押していると、不意に明るい声が飛び込んできた。
「たくみん〜! ここにいた〜!」
「げっ」
振り向くと、カゴを抱えた こはるん が、ニコニコしながら駆け寄ってきた。
「おつかい中?」
「あぁ、バイトの買い出し」
「私も! 店長に頼まれて“インスタ映えスイーツ”の材料を調達中だよ!」
「……お前もか」
「しかも“お客さんを映えの向こう側に連れていく感じでお願いね〜”って言われたよ!」
「コピペ確定」
遥香がクスクス笑いながらこはるんを見た。
「こはるんさんもお兄ちゃんと一緒にバイトしてるんですよね?」
「うん! 遥香ちゃん、この前はスーパーでちょっとだけ話したよね♪」
「あ、覚えてくれてたんですね!」
「もちろん! たくみんの妹ちゃんだもん♪」
「じゃあ、もっとお兄ちゃんのこと教えてください!」
「いいよ〜♪ たくみんの秘密、いっぱい知ってるよ♪」
「は!? 何勝手に暴露体制入ってんだ!!」
俺が慌てて止めようとした瞬間——
「この前ね、たくみん、また寝言言ってたんだよ〜♪」
「えっ!? どんなの!?」
遥香が興味津々でこはるんに詰め寄る。
「“結衣さん、そのしっぽ…ふわふわですね…”って♪」
「ぶふっ!!!」
遥香がカートの取っ手に顔をうずめて笑いをこらえる。
「いや、違う、誤解だ!!」
「お兄ちゃん、もしかして猫耳カフェとか好きなタイプ?」
「違う!!」
「ねえねえ、“しっぽ”って何のこと?」
「いや、それは、その…!」
「ひょっとして、あれ? “結衣さん、カフェで猫耳しっぽモードだったら最高ですね…”ってやつ?」
「やめろおおおおお!!!」
俺は両手で頭を抱えてうずくまる。
ダメだ、この二人に知られたら終わりだ。俺の平穏な日常が崩壊する!!
「ふふっ、たくみんってば、夢の中でも楽しそうだね〜♪」
「うんうん、バイトめっちゃ充実してるんだね、お兄ちゃん♪」
遥香とこはるんはキャッキャと盛り上がっている。
おかしい、なんで俺の夢が二人の娯楽になってるんだ!?
「さて、私は見たいものあるから、そろそろ行くね〜♪」
「ちょ、おい!? 俺、お前がいた方がまだ気が楽なんだけど!?」
「頑張ってね、お兄ちゃん♪ こはるんさん、後はよろしく〜!」
遥香は手をひらひら振りながら、スタスタとどこかへ消えていった。
「……たくみん、妹ちゃんに見捨てられちゃったね♪」
「お前が余計なこと言うからだろ!!」
「えぇ〜? でも、結衣さんのしっぽ…そんなにふわふわだったの?」
「それ以上言うなぁぁぁぁ!!!」
こうして、遥香のニヤニヤを背中に感じながら、俺のショッピングモールでの受難は続くのだった——。