14 赤字続き
おれはいつものようにカフェ・オブ・レストに向かって自転車をこいでいた。
天気も良くて、今日は普通のバイト日和……のはずだったんだけど。
店の前に着いた瞬間、違和感が走った。
「……なんか、やたらとキラキラしてない?」
カフェの扉や窓に、キラキラのリボンやカラフルな風船がくくりつけられている。
店名ボードの下には、「優勝を目指せ!」と手書きで書かれた、やたら力強いポスターが貼られていた。
「え、なにこれ? 今日なんかイベントあったっけ?」
恐る恐る扉を開けると、さらに謎な光景が広がっていた。
店内は普段のアンティーク調の雰囲気とは打って変わって、ポップでカラフルな装飾が施されている。
天井からはカラフルなガーランドがぶら下がり、テーブルにはキラキラのクロスが敷かれていた。
「おお、拓海くん、おはよう〜」
「店長! これ、どうしたんですか!?」
カウンターの奥では、真中さんがふんわりとした笑顔で、風船を膨らませていた。
……普通に人間の肺活量で膨らませてる。意外とアナログだな。
「実はね、商店街のイベントがあるんだよ〜」
「イベントですか?」
「うん、“第12回! 商店街No.1カフェ決定戦!”だよ」
「そんなのあるんですね…」
「そうなんだ〜。で、うちも優勝を目指そうと思ってね」
「優勝…目指すんですか?」
「うん、開店以来、赤字続きだからね」
「さらっと言いましたね!?」
おれは思わずツッコんだ。いや、確かにお客さんはそんなに多くないけど…。
「やっぱり、普通にしてるだけじゃ、なかなかお客さん来ないしね〜。だから、思い切って目立とうと思って!」
「いや、思い切りすぎてますよ! このカフェ、異世界コラボ中なんじゃ?」
「うんうん、異世界コラボ中ね。でも今回は、普通のカフェとして1位を取るんだ〜」
普通のカフェ…どこが!? もはや普通から一番遠い位置にいる気がするんだけど!
「たくみん、おっはよ〜♪」
ふわっとした声と共に、店の奥からこはるんが飛び出してきた。
手にはキラキラのポンポン、頭にはウサギの耳カチューシャをつけている。
「お、おはようこはるん…って、何その格好!?」
「見て見て〜! お店を“かわいく”する作戦だよ♪」
「いや、どう見ても“萌えカフェ”の方向いってない?」
「えへへ、でもね〜、ポンポン振ったら“幸運の粉”が出るよ♪」
こはるんがポンポンを振ると、キラキラの粉が飛び散った。
「うわ、目に入った! しみる、しみる!」
「えへへ、これは“ドラゴンの鱗粉”だよ〜」
「異世界成分じゃん! 完全にアウトだろ!」
「……邪魔だ。」
突然、厨房の隙間から黒崎さんが顔を出した。
手には大きなバナーが握られていて、そこには「絶望の味! カフェ・オブ・レスト」と書かれている。
「黒崎さん! それ、ダメですよ! 普通のカフェとして1位を目指すんですよね!?」
「……違うか?」
「違います! 一番違うやつです!」
「でも、店長が“目立てばOK”って言ってた。」
「どんな基準なんですか、店長!」
「ふふ、ボウヤ♪ 楽しそうね〜」
甘い声が響いたかと思うと、カウンターの奥から百瀬さんが現れた。
手には、謎のピンク色の液体が入ったグラスを持っている。
「特製“甘美のシロップウォーター”よ♪ これを配れば、みんなメロメロになるわ」
「いや、絶対ダメなやつだ! 何入ってるんですか!?」
「うふふ、“永遠の愛を誓わせるお砂糖”をたっぷりよ♪」
「完全に洗脳ドリンクだ!」
「……大丈夫、大丈夫〜。きっとお客さん、増えるよ〜」
「いや、もう何も大丈夫じゃないです!」
おれは頭を抱えた。これ、イベントの準備どころか、むしろイベントを中止に追い込む勢いだ。
「たくみん、ほらほら〜♪ 一緒にポンポン振ろうよ!」
「いや、俺はいいから!」
「ぷるん♪」
「いや、スライムも出てくんな!」
こうして、カフェ・オブ・レストのカオスなイベント準備は、異世界の風を全力で吹かせながら着々と進んでいくのであった。