12 レポート提出
講義室に座る。教授の声が遠い。
前のスクリーンには数式が並び、淡々と説明が続いているが、俺の頭には入ってこない。
「……この講義、出席ってどれぐらい大事だったっけ?」
ノートを開くが、そこに書かれていたのは三週間前の「第一回目」だけ。
それ以降は白紙。
ヤバい。
俺はゆっくりと横を見る。
隣に座っていたのは、大学生活をまともに送ることに成功している、クラスメイトの山田。
「山田…」
「ん?」
「課題…」
「また?」
「頼む、大学生活の半分は助け合いって聞いた」
「お前の場合、9割くらい人に頼ってるよな」
「でも、俺はお前のこと友達だと思ってる」
「それ、脅し?」
小声で交渉し、なんとか山田からノートを拝借。
カリカリと写しながら、ちらっと周囲を見渡すと、前の方で真面目に授業を聞いているのが翔太だった。
「……あいつ、リア充してんな」
髪型は整ってるし、服装もカジュアルながらオシャレ。
前の席の女子と軽く笑いながら話している。
なんだその爽やかな笑顔は。
この講義が終わったら昼飯でも誘うか…と思ったが、
その前に教授の声が聞こえた。
「それでは、次回までにレポートを出してくださいね」
「……レポート?」
俺は山田のノートをパラパラとめくる。
どこにも「次回のレポート提出」のメモがない。
「山田」
「うん?」
「レポート…」
「それはさすがに自分でやれ」
「……」
人生詰んだ。
講義が終わり、俺は深いため息をついてノートを閉じた。レポート提出。それはつまり「このままでは単位が危ない」という死刑宣告に等しい。俺の頭には「どうやって課題を乗り切るか」という重大なテーマが浮上していた。
が、その思考は、目の前の人物を見た瞬間に吹き飛んだ。
「結衣さん?」
「おはよう、拓海くん」
すれ違いざま、結衣さんがふわりと微笑んだ。
「講義、大変だったね」
「え、あ、はい…まあ」
いや、9割方意識飛んでたけど。
「次のレポート、範囲が広いみたいだけど、大丈夫?」
「……それが、あんまり大丈夫じゃなくて」
「ふふっ、そうかなって思った」
結衣さんがクスッと笑いながら、腕を組む。
「講義、ちゃんと聞いてた?」
「いや、さすがに五分は…」
「……やっぱりね」
結衣さんは小さくため息をつき、それから優しく微笑んだ。
「もし困ったら、ノート貸してあげるよ」
「えっ、マジですか!?」
「でも、その代わり――」
「お礼にコーヒー奢れって言われる流れですよね!? もう奢ります!! 何ならケーキも!!」
「ふふっ、拓海くん、意外と素直なんだね」
「いや、結衣さんのノートが手に入るなら、もう何でも…」
「そんなに?」
「そんなにです」
結衣さんはクスッと笑い、「じゃあ、またね」と軽く手を振って歩いていった。
「…………」
ちょっと嬉しい。
いや、めちゃくちゃ嬉しい。
よし、レポートは後回しだ。
俺はそのまま学食に向かい、入り口で足を止めた。
混み合う食堂のざわめきの中、ひときわ目立つ一角があった。
──翔太だ。
今日も女子たちと楽しげに話し、場の空気を完全に掌握している。
あいつの周りだけ、まるで“翔太王国”が形成されていた。
「えー、でも翔太くんって、彼女いないの?」
「いやいや、ワイは誠実やからな。簡単に付き合うとかせえへんのよ」
「ほんとにー?」
「ホンマホンマ!せやけど○○ちゃんとかめっちゃ可愛いし、彼氏できへんの不思議やわ~」
「え、なにそれ、絶対嘘!」
「ほんまやって!え、てか、ワイが彼氏なったろか?」
「いや、それはないわ!」
「なんでやねん!可能性ゼロなん!?」
「ゼロではないけど!」
「うわ、あるんかいな!おい、これはもう告白するしかないやん!」
「ちょ、やめてや、翔太くん!!」
「きゃー!○○ちゃん赤くなってるじゃん!」
「やめてってばー!」
ギャハハハハ!と女子たちの笑い声が響く。
翔太は「おもろすぎるやろ!」と自分でも大爆笑している。
……なんだこの 文化祭の打ち上げみたいなノリ は。