表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/42

1 ようこそ、カフェ・オブ・レストへ!

 大学の講義が終わって、俺はダラダラと商店街を歩いてた。


 本当なら真っ直ぐ帰りたいとこだけど、今日はそうもいかない。

 なんせ、俺の財布の中身はスカスカ、レシートばっかでどこを探しても、肝心なお金が見当たらない。

 親からの仕送りも少ないし、大学生にもなって「金ちょうだい」って言うのもカッコ悪い。


 こないだ友達の翔太に言われた言葉が脳裏をよぎる。


「お前、ええ加減バイトせぇよ! いつまで金ナイナイ言うとんねん!」


「うるせぇよ……!」


 言い返せなかった自分が悔しい。

 そろそろ俺も、社会の荒波に揉まれる時が来たってことか。


「……バイト、バイト……」


 掲示板にペタペタ貼られてる求人チラシを見ながら、ブツブツ呟く。

 時給2000円のポスティングバイトとか、引越しの手伝いとか、いろいろあるけど…。


「着ぐるみ着て踊る?猛暑の中で?死ぬだろ。」

「引越しバイトか…俺、ペットボトルのフタ開けるのも苦戦するのに。」


 もっとこう……楽で、気楽で、できれば座ってるだけで金がもらえるような奇跡のバイトはないのか。


 そんなことを考えていた時——ふと、目に入った。


「カフェ・オブ・レスト スタッフ募集!」


 なんだこれ、やけに地味なチラシだな。

 他の求人みたいに「高時給!」とか「ガッツリ稼げる!」とか書いてない。

 代わりに、ゆる〜い手書きのイラストと、ほのぼのフォントでこう書かれていた。


「未経験OK!まかない付き!気楽な職場です♪」


「まかない付き……?」


 俺の足が、ピタリと止まる。

 まかないってことは、タダ飯が食えるってことか?


 いやいや、時給とか仕事内容じゃなくて、まかないで釣られるのはどうなんだ俺。


 ——とは思ったものの、家の冷蔵庫にはカピカピになったキャベツしか入ってない。

 下手したら、今日の晩飯がない。


 これはもう、バイトとか関係なく、生きるための決断 じゃないか?


「よし、行ってみるか。」


 スマホで場所を確認し、歩き出す。


 カフェのバイト って、なんかオシャレなイメージあるよな。

 エプロンつけて、「いらっしゃいませ〜♪」とか言って、コーヒー運んで……。


「これなら、陰キャの俺でもいけるんじゃね?」


 オシャレカフェで働く俺。

 バイト帰りには、ちょっと余裕を見せながら友達に「バイト終わったわ」とか言う俺。

 女子から「カフェバイトしてるんだ? なんかカッコいいね」と言われる俺。


 ……最高じゃん。


 そんな淡い期待を抱えながら、「カフェ・オブ・レスト」 に向かった俺は、

 このあと 「俺のバイト先、全員元・魔王軍ですけど!?」 とツッコむことになるなんて、夢にも思っていなかった。


 商店街の奥のほうにある、ちょっと古びたビルの1階。

「カフェ・オブ・レスト」っていう控えめな看板を見つけて、俺はその前で立ち止まった。


 大きな窓から中を覗いてみると、木のぬくもりを感じるテーブルや椅子が並んでて、店内には優しいオレンジ色の光が漏れている。


「…なんか、思ったよりちゃんとした店だな。」


 いや、むしろオシャレだし、居心地良さそうじゃん?


 俺はちょっとだけホッとして、扉を引いた。


「いらっしゃいませ〜♪」


 ふんわりした声に迎えられて、思わず「おっ?」ってなった。


 カウンターの向こうから出てきたのは、眠たそうな目をした40代くらいの男性。

 アイボリーのエプロンをつけてて、柔らかい笑顔が妙に似合ってる。


「あの、スタッフ募集のチラシを見て来たんですけど…」


「ああ、見てくれたんだね。ありがとう。」


 店長(多分)はふわっとした動きで手を差し出してきた。

 なんだろう、指先まで無駄に優雅だ。


 俺は軽く頭を下げて、その手を握ったんだけど――あれ?


 …え? なんか手、めちゃくちゃあったかいんだけど。


 もはやホカホカを超えて、熱いレベルだ。

 手のひらから「癒やしのオーラ」みたいなのが出てても、全然驚かない感じ。


「どうぞ、奥の席でお話ししましょう。」


 店長?はにこにこしながら、俺をテーブル席に案内してくれた。

 他に客はいないみたいだ。


「改めて、自己紹介をしておこうかな。私は真中まなか。このカフェの店長をしているよ。」


「藤崎拓海です。大学1年生で、バイトは初めてなんですけど…」


「初バイトかぁ、いいねぇ。うちのカフェはアットホームな雰囲気だから、気楽にやってくれれば大丈夫だよ。」


 店長の柔らかな口調に、少し緊張がほぐれる。

 だけど、次の質問で、俺は固まった。


「ところで、拓海くんは何か特殊能力とか持ってるかな?」


「……え?」


「ほら、魔法とか、念動力とか、時空を操れるとか、そういう感じの。」


「いやいやいや、持ってないです! 普通の人間です!」


「そっか、普通かぁ…。まあ、普通でも全然問題ないんだけどね。」


 店長はなぜか少し残念そうにうなずいて、メモ帳に「普通」と大きく書き込んだ。

 いや、何そのメモの取り方。普通ポイントでも貯まるのか?



 やばい、やばい、やばい!

 つい異世界のノリで質問しちゃった!


 俺は店長の真中だ。

 元・魔王軍の総帥にして、今はカフェ「カフェ・オブ・レスト」の店長を務めている。


 異世界で勇者に敗れ、平和になったあの世界で居場所を失った俺は、

 仲間たちと一緒に人間界へ逃げてきた。


 人間界では「普通の人間」として生きていくことに決めて、

 ここでカフェを始めたんだ。


 でも、異世界の常識と人間界の常識って、けっこう違うんだよな…。


「ちなみに、武器の扱いには慣れてる?」


「ぶ、武器!?」


 あ、またやっちゃった。


「うん。剣とか槍とか、もしくは聖剣とか魔剣とか、そういうの。」


「いや、カフェで何と戦うんですか!?」


「戦う? ああ、いやいや、戦うことなんてないよ。うちは平和がモットーだからね。」


 しまった、ツッコミの速さが人間界基準だ!


 拓海くんは明らかに困惑している。

 俺は笑顔をキープしつつ、内心めちゃくちゃ焦った。



 え、なんだこれ。

 この店、普通じゃないのか?


「そ、そんなに忙しくないですよね…?」


「うん、基本的には暇だよ。お客さんもあまり来ないしね。でも、たまに“厨房から黒い霧が漏れてくる”こともあるけど、まあ平気平気。」


「いや、平気じゃないですよね!?」


 平気とかじゃない。

「黒い霧が出るカフェ」って何? それ、保健所的にアウトだろ!


「でも大丈夫、君ならきっとやれるよ。ようこそ、カフェ・オブ・レストへ!」


 店長はにこにこと手を差し出してきて、俺はもう、わけがわからないままその手を握った。


 手はやっぱり暑かったけど、もうどうでもよかった。


 とりあえず…お腹減ったし、まかない目当てで頑張るか…。


 こうして俺は、「俺のバイト先、全員元・魔王軍ですけど!?」という、想定外の日常に足を踏み入れることになったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ