巌流島の戦い(2)
一方、武蔵の家。
彼が何をしているかというと……寝ていた。そう。『寝ていた』。
「宮本さま!」
小次郎からの使いが慌てた様子でやってくると、ボロっちい、せんべい布団の上に大の字になって寝ている武蔵を見て唖然とした。
こいつがかの宮本武蔵…?信じられない。おとぎ話の『三年寝太郎』じゃないのか。
「あのう……、あの、宮本さま?起きてくださいませ?」
「う、ううん……」
近づいて揺すり起こしてやると、わずかに唸って身体を起こす。武蔵は、眠たい目をこすって、ぼんやりした眼差しで、やってきた使者のほうを見た。
「む?小次郎殿からの使い……?なにかあったのか?」
おまけにこの調子である。
「何かあったのか、じゃないですよ。今日は小次郎さまに稽古をつけていだたくお約束でしょう!?いま、何時だと思っているんですか!」
言われて、慌てて時計を確認する。約束の辰の刻を過ぎ、巳の刻も過ぎ……いまは、午の刻に差し掛かろうとしていた。
「……もしかして、忘れてたんですか?」
もともと血色のいい武蔵の顔色が、みるみるうちに青くなる。
「ご、ごめん……」
なんてしようのない男だ。使者は、今世紀最大の溜息を吐いた。
「もう!小次郎さま、カンカンに怒ってますよ!早く参りましょう!」
すっかり怖気づいてしまった武蔵の尻を叩き、慌てて、船島に向かう。いまの武蔵の姿を小次郎が見たら、きっと幻滅するだろう。それまでになんとか気を取り直してもらわなくては。
武蔵が遅れて到着すると、小次郎は、まだ待ってくれていたが……長時間待たされすぎたことで、もはや『無』の境地に達していた。
とりあえず怒ってはいない。
ただ、明らかに目が死んでいる。
「やっと来た……いままでどこに行ってたの!?まさか、忘れてないよね?忘れてたら怒るよ?」
「すいませんでした~」
武蔵、平謝り。というか、謝ることしかできない。下手に言い訳を述べたところで、いまさら何!?という話になってしまう。その点では、武蔵は正直な男であった。
「……でもまあ、むっちゃんも諸国修行中の身で忙しいだろうから、しかたないね。うん。許す!!」
さすが、待たされすぎて悟りを開いてしまった人間は、そんじょそこらの並の人間とは違う。なんか遅れたけど許された。武蔵は心底ホッとした。
そういえば稽古は?
「なんか稽古とかどうでもよくなっちゃった。おいしいもん食べて帰ろ?」
「そうですね。ごちそうさまです!」
「何言ってんの。むっちゃんが払うんだよ。もとはといえば、遅れてきたむっちゃんが悪いんだからね」
「すいません……以後気をつけます……」
武蔵と小次郎は、肩を並べて舟に乗り、陸に戻っていく。
なんやかんやで仲良くなったふたりは、生涯、良き友になった……という話である。
遅刻したけど許された……という話の元ネタは別にあるのですが、これはまた武蔵の逸話とは別件になりますので、改めて活動報告のほうで取り上げたいと思います。興味がある方は見てね!