悲劇の王妃(3)
邪魔者はいなくなった。
あとはオーストリアに向かうだけだが、なぜか、フェルゼンは馬車を出発させようとはしなかった。
「フェルゼン?どうかしたの?」
堪りかねて訊いてみる。
「いや、あの、それが……」
どうしたのだろう?何か様子がおかしい。窓から身を乗り出して様子を窺うと、馬車の前に、さっきの『特別な用心棒』たちが立ちふさがっているのが見えた。
「あなたたち、そこをどきなさい。馬車が出せないでしょう」
わたくしは男たちに向かってそう言ったが、彼らは、従うどころか、むしろ好戦的な目を向けて言い放った。
「ここを通りたければ、おれたちの出す『筋肉クイズ』に勝ってからにしろ!!」
は……?
意味がわからなかった。
だって、わたくしたちは護衛対象のはずで……それなのに、クイズに勝ってからにしろ、と?
「護衛じゃないのかよ……」
うん。陛下のおっしゃることはもっともだ。彼らはフェルゼンが用意した『護衛』だった。護衛は護衛対象を警護するのが仕事で、決して、護衛対象にクイズを出して行く先を阻むことではないはずだ。
フェルゼンは、やはりこうなったか、と溜息をついて言った。
「言ったでしょう。奴らは『血の気の多いゴリラ』なんです。まともに話の通じる相手じゃない――だが、こうなってしまった以上はしかたがない。引き返しましょう」
「引き返すって、まさか、フランスに戻れというの?」
とんでもない。いまさら、フランスに戻るなんてできない。フランスに戻ればわたくしたちの処刑は免れないだろう。わたくしは、ただただ平穏に生きたいだけなのだ。『一度フランスを捨てた王妃がのこのこ戻ってきた』などと言われて、負い目を感じながら生きるなんて、わたくしはごめんだ。
「……わたくしの故郷のスウェーデンはいかがでしょう。遠回りにはなりますが、いま、ゴリラたちがふさいでいるこの道は通らなくて済みます」
「でも、間に合うの?夜明けまでにフランスを出られなければ意味がないわ」
「それは……ちょっとなんとも言えませんが……」
一度引き返して、遠回りでも別の道を行くべきか。それともこのゴリラたちを倒して、このまま予定通りの道を進むべきか。リスクは避けられない。でも、やるしかない。わたくしは覚悟を決めた。
「クイズに勝てば、通してもらえるのよね?」
「マ、マリー、それは……!」
陛下とフェルゼンは慌てているが、わたくしは構わなかった。筋肉クイズですって?上等じゃないの。
「解答者は……おまえ、ということでいいんだな?」
「ええ。もちろん。望むところですわ」
こうして、わたくし対ゴリラとの『筋肉クイズ第2弾』がはじまった。
絶対に負けない。わたくしだって今後の人生が掛かっているのだ。ほら、陛下だって期待の目でこちらを見ているわ……ねえ、陛下?
「では第1問。筋トレに最も適した時間帯はいつ?」
来たわね。よし。考えるわ。
まず、起床後、というのは外してもいいだろう。起きてすぐはまだ血圧が低く、体も温まっていない。仮にウォーミングアップをする時間があるとすれば問題ないだろうが、そうでない場合は最適とは言えないからだ。
また、筋トレを行うと交感神経が優位になる。
就寝直前に行えば、寝つきが悪くなることも考えられる。これも外していいかもしれない。
これらのことを考えて、総合的に判断すると、一日の仕事が終わったあと、というタイミングがベストのように思える。どうだろうか。
「……ふむ。正解だ」
やったわ!
「とはいえ、一番は、継続しやすいタイミングであることが大切だ。朝しか時間が取れないのであれば、ウォーミングアップをしっかり行えばよいのだし。逆に夜のほうが時間が取りやすいというのなら、睡眠に影響がでないよう、寝る直前を避けて、余裕をもった時間帯に行うのもひとつの方法だ」
わたくし、結構、筋トレの才能があるのかも?なんだかいける気がするわ!
「まさか、うちの妻がこんなに筋肉に詳しかったとは……」
「僭越ながら、わたくしも友人を長くやっておりますが、この事実は初めて知りました。もしかしたら、マリーならば勝てるかもしれません!いえ、絶対に勝てます!がんばって、マリー!!」
夫もフェルゼンも応援してくれている。ますます負けるわけにはいかない。
「第2問ッ!」
「トレーニングの効果を高めるために最適な睡眠時間は?」
「7時間!」
「正解!」
そうよ。睡眠は大事よ。
「第3問ッ!」
「人体はいくつの筋肉で構成されている?」
「600個!」
「では、第4問。腹筋はいくつの筋肉で構成されている?」
「腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋、腹横筋で、4個ね」
「第5問。太もも前部にある筋肉の名前は?」
「大腿四頭筋よ。4つの筋群、大腿直筋、内側広筋、外側広筋、中間広筋を合わせてそう呼ばれているわ」
「第6問。肩から背中の上部にかけて広がっている大きな筋肉の名前は?」
「僧帽筋!」
「第7問。腕を曲げた時にできる『力こぶ』を構成する筋肉の名前は?」
「上腕二頭筋!」
「第8問。上半身の中で一番面積が広い筋肉は?」
「三角筋!」
わたくしの筋トレ知識を舐めないでちょうだい。こんなもの朝飯前だわ。
「すごい…。ここまで全問正解だ…。しかし、このあとはどうかな?」
ゴリラ男は思わせぶりに微笑んでみせるが、わたくしだって、ここであきらめるほどヤワじゃない。バカでもない。
「もちろん正解してみせるわ。さあ、かかっていらっしゃいよ」
「なかなか骨のある王妃さまだ…。では第9問ッ!『チートデイ』の正しい意味はなんだ?」
なるほど。これは難しい。
英語のチート(cheat)は『騙す』『誤魔化す』などと言った意味だが、単に『誤魔化す日』と言っただけでは、意味が通じない。何を誤魔化すのか?
体重? ……違う。
トレーニング量? ……それもたぶん違う。
ほかに筋トレに関連することといえば、食事制限、特にカロリー制限だが……食事制限をする際の注意点として『体に必要な栄養素が不足しがちになる』というものがある。
中でも糖質は、脳の唯一の栄養素でもあり、不足すると、体は省エネモードに入ってしまう。そして、それが、体重が落ちない原因になったりもするのだ。
まさか……意図的に、糖質を摂取する、というのか?
脂肪をつきにくくするために、あえて、摂取を控えていた糖質を?
でも、考えてみれば、おかしなことではない。
確かに摂りすぎはよくないが、摂らなさすぎ、というのも体にとってはよくないのだ。
「……わかったわ。不足した糖質を補うために、一時的に、糖質をたくさん摂取するのね」
「正解だ」
ああ!やっぱりそうなのね!筋トレってなんて奥深いの!師匠……師匠と呼ばせてちょうだい!!
「では第10問。筋トレをすると得られるメリットはなんだ?」
えっ……。
むずかしい!!むずかしいです、師匠!!だって、わたくし、筋トレ初心者なんですもの!!!
筋トレをするメリット?そんなものは知らない。考えたこともなかった。思えば、このマッチョたちは何のために筋トレをしているのだろう?自分のため?それとも誰かのため?一体、何の目的で?
「わ、わからないわ……見当もつかない……」
「マ、マリー!」
わたくしの勝利を信じてくれていた、陛下とフェルゼンが途端に焦りだす。そうよね。わたくしの勝利が、陛下や子どもたちの生活にもかかっているんですもの。でも、こればかりはどうしてもわからないの。
「ごめんなさい、陛下。わたくしは不甲斐のない妻でした……。でもこれだけは言わせて。あなたのことを心から愛しているわ。そして、子どもたち、わたくしがいなくなっても、しっかりやるんですよ。あなたたちのこと、いつまでも愛してるわ。それじゃあ」
――バンッ。
それが、わたくしの、二度目の人生での、最期の言葉となった。
さよなら、ベルサイユ。
さよなら、パリ。
さよなら、フランス。
故郷のオーストリアに帰って、愛する夫と子どもたちと平穏に暮らせたら、なんて思っていたけれど。フランスでの暮らしも、嫌いじゃなかった。人間、多くを望んではいけないものね。それがようくわかったわ。
さあ、覚悟はできていてよ。
地獄の使いでもなんでも、わたくしを連れに来るがいいわ。もう無駄な抵抗はしないから。
参考:
【10問でマスター vol.33】みんなで筋肉Q (QuizKnock)
https://web.quizknock.com/10mas-kinniku
全15問!筋トレ1年生のための「トレーニング超基礎テスト」 (Tarzan)
https://tarzanweb.jp/post-250646
筋肉クイズ (WorKintore)
https://workintore.site/category/interesting/quiz/
筋トレで得られるメリット10選! (WorKintore)
https://workintore.site/benefit-workout/#index_id11
筋トレガチ勢しか解けない #筋トレクイズ (kuizy)
https://kuizy.net/quiz/14508




