悲劇の王妃(2)
1791年6月20日。ついにこの日がやってきた。
みなが寝静まった深夜。わたくしたちは貴族の夫人とその子どもたち、およびその召使に成りすまして城をあとにする。
馬車は極めてゆっくりと進んだ。
「……フェルゼン伯爵でお間違えありませんか?」
外から、男の声が聞こえる。窓からこっそりと顔を出して様子をうかがうと、馬車の周りを、筋骨隆々とした屈強な男たちが取り囲んでいた。
彼らが『特別な用心棒』……?
見た目だけで判断するのはアレだが、ものすごく頼りになりそうに思える。これなら、暴走した市民たちが襲ってきても耐えられるかもしれない。
「オーストリアまでお供いたします。あなたがたのことは、我々が責任を持ってお守りします。どうぞ、大船に乗ったつもりでいてください」
なかなか信用できそうな男たちだ。『話が通じない』と言っていたわりには、言葉遣いも丁寧だし、しっかりしている。これは安心してもよいのではないか?
馬車はゆっくりと進みながらも、四方八方を屈強な男たちに囲まれて、怖いものなしに見えた。
やがて、暴走した市民たちが武器を片手にやってきたが、もう何も恐れることはない。わたくしたちには何と言っても『奥の手』があるのだ。
屈強な男のひとりがパッと前へ進み出ると、暴徒に向かってこう叫んだ。
「おれたちの出す『筋肉クイズ』に勝てなければ、おまえたちを殺す!」
「き、筋肉クイズだと……?」
暴徒のひとりが訊き返すと、その屈強な男、どうやらリーダー格らしいその男は、当然だ、という風に頷いた。
「おまえたちはこの馬車を襲おうとしているのだろう…?だが残念。我々は、この馬車の主から護衛を任されているのだ。言わんとしていることはわかるな?つまり、おれたちを倒してから行け、ということだ」
「なにを……ッ」
別の暴徒が男たちに突っ込んでいくのが見えたが、あっというまに拳でひとひねりされてしまった。
この男たち、強い……。
きっと力では勝てないのだろう。ならば彼らの出す『筋肉クイズ』とやらに挑戦するしかない。
「第1問ッ!」
チャランッ。謎の効果音が鳴った。
「筋肉を構成する栄養素は、次のうちどれ?」
リーダー格の男が言うと、周囲のマッチョたちが重ねるように続ける。
「A. それはもちろんタンパク質だッ!!」
「B. いやいや、炭水化物に決まっているだろうッ!?」
「C. なにを言っている!脂質しかありえないッ!!」
「……そこのおまえ、答えてみろ」
名指しされた暴徒(その1)は、いまだに状況が呑み込めず、明らかに戸惑っていた。
「言え。さもなくば……」
「え、えっと、B!」
「違うッッ!!!」
答えると同時に、拳を振り上げられ、思いっきりぶん殴られた。
「答えはAのタンパク質だ。常識だろうッ!?それで本当に『筋肉』を愛する者の自覚があるのか!?」
あるわけない…。
こやつら、本当に護衛という自覚があるのか?いまのところ、ただ筋肉を自慢したいだけのゴリラにしか思えないのだが…。
「脳筋…」
陛下が、ポツリと言った。
「第2問ッ!」
チャランッ。わたくしたちの戸惑いをよそに、早くも2問目が始まってしまった。
「体幹とは、どの部位のことをいう?」
「A. 腹部、つまりお腹周りのことだな」
「B. 何を言うッ!?胴体すべて含まれているのが体幹じゃないか!」
「C. おれのこの胸筋を見ろッ!この胸こそが体幹なのだッ!」
暴徒(その1)が気絶してしまったので、隣にいた暴徒(その2)が答える。
「え、えっと…じゃあA!」
「違うッッ!!」
ぶん殴られた…。
「答えはBの胴体すべてだ!お腹まわりの筋肉だと勘違いされがちな体幹だが、手足を除いた部分全体のことを指す。体幹の中心部分、横隔膜、腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群は、姿勢の維持や体幹の安定に欠かせない大切な筋肉だ。体幹の筋力が不十分だったり、うまく使えないと、動作がぶれて動きにロスが出たり、思わぬ怪我に繫がることもあるぞ」
なにその筋肉豆知識。いらない。いま絶対にいらない。
「第3問ーッ!」
ここで、ようやく暴徒たちも事の重大さに気付いたらしい。クイズに正解できなければ『殺られる』。ならむやみに挑むより、自信のある者が率先して解答したほうが得策なのではないか。
「お、おれが行く…!」
なかでも屈強な暴徒が、一歩、前に進み出た。
「では第3問。オールアウトとはどのような状態をいう?」
「A. 持っている力をすべて出し切った状態のことだ」
「B. いや、目の前が真っ暗になった状態だ」
「C. ちがうちがう、心拍数が180以上になった状態だぞ」
しばしの沈黙…。
やがて、暴徒は、覚悟を決めたように答えた。
「……Bだ。Bで頼む」
「ファイナルアンサー?」
男が、思わせぶりに微笑む。
「ファ、ファイナルアンサー…」
でろでろでろ。謎の効果音が流れる。さっきから、この効果音、どこから流しているの?
ちゃらら~ん。「残念ッッ!!」男は、あからさまに残念そうな顔をした。
「答えはA……持っている力をすべて出し切った状態のことだ。鍛えたい部位の筋肉に負荷をかけ続け、もう無理だ、と感じたところから、さらに振り絞った先に待っているもの。そこにあるのは達成感!!達成感こそ筋肉の喜び!!ただし、過度な追い込みは、心理的な疲労や怪我のリスク増加にも繫がるから注意するんだぞ」
屈強な暴徒は、マッチョたちの手によって、あっという間にボコボコにされてしまった。
「ここからはペースアップしていくぞ。第4問!」
いつのまにか、暴徒たちの手に、それぞれボタンのようなものが握られている。これは…早押しボタン…?いや早押しボタンとはなんだ。わたくしもとうとうおかしくなってしまったかしら。
「さまざまな筋肉を同時に鍛えられることから『筋トレBIG3』とも呼ばれるトレーニングはなんだ?」
ピコン。ボタンのひとつが赤く光る。
「これは知っているぞ!ベンチプレス、デッドリフト、スクワットの3つだ!」
ピンポンピンポ~ン。どうやら正解したらしい。
「おお!正解だ!おまえ、なかなかやるな」
正解した暴徒は、満更でもなさそうな顔をしている。
「ちなみに、ベンチプレスは胸や肩、上腕三頭筋を、デッドリフトは僧帽筋を含めた背中全体を、スクワットは足を全体的に鍛えられるぞ。この3種類だけで全身の筋肉のほぼ全てを鍛えられる。筋トレ初心者は積極的に取り入れたい種目だな」
「第5問ッ!」
早くも次の問題がはじまる。暴徒たちが、一斉に早押しボタンに手を掛けた。
「ホエイプロテインの原材料はなんだ?」
「はい!牛乳!」
ピンポンピンポ~ン。またしても正解だ。
「ホエイとは、牛乳からカゼインや脂肪分を除いたもののことだ。日本語では乳清という。ヨーグルトにできる、白っぽい上澄みの液体があるだろう?あれが乳清だ」
「ちなみに、大豆から精製されるのはソイプロテインだ!!」
まさかの2問連続正解…。
これはちょっとまずいかもしれない。がんばれ筋肉!おまえならできる!!
「第6問ッ!」
「ホエイプロテインは吸収までにどれくらい時間がかかる?」
ピコン。「12時間!」ブー。
ピコン。「24時間!」ブー。
ピコン。「6時間!」ブー。
「もういい。時間切れだ。正解は1時間30分。ホエイプロテインの魅力は吸収が早いことだ。24時間なんて、そんなわけがないだろうッ!!」
誤答した暴徒たちは、3人まとめてぶん殴られるはめになった。
「第7問ッ!」
「人間の筋肉で、唯一、魚の名前がつけられている筋肉は?」
ピコン。おっと早かった!さて答えは!?
「マグロ筋!」
ブブーッ。残念!不正解!
ピコン。「ヒラメ筋!」ピンポンピンポ~ン。正解だ!
「その名のとおり、形がヒラメに似ているからだ!では第8問。そのヒラメ筋はどこの筋肉?」
ピコン。
「ふくらはぎ!」
ピンポンピンポ~ン。またしても正解!
「第9問ッ!」
「たくましい筋肉を作ることが目的のボディビルディング。ボディビルともいうが、では、そのボディビルの世界一を決める大会はなんだ?」
大会…?いまは18世紀だったはず。この時代、筋肉を作るための大会なんて開催されていたかしら?
「ボディビル???」
陛下が、あきらかに不審そうに眉をひそめた。
「たぶん我々が生きている世界よりもずっと先の未来の話かと……」
フェルゼンが見透かしたように言う。なんだか、タイムマシンにでも乗って、わたくしたちの知らない遠い未来を実際に見てきたみたい。タイムマシンなんて、存在するかも怪しいのだけど。
でも、それが本当なら、いつか、肉体を鍛えて『ボディビル』とやらを競う男たち、そして女たちが現れる日が来るのかも。その世界一を決める大会が、きっと、このクイズの答えなのだ。
「え、えっと……筋肉大会!」
「違うッ!!」
「プロテイン大会!」
「それも違う!ふざけているのか!?」
「わかった!ボディビル・チャンピオンシップだ!」
「そんなわけがないだろうッ!!」
案の定、不正解者が続出し、そのたびにバタバタと死人が出た。いつのまにか、辺りは、暴徒たちの死体だらけになっていた。
「ほかに答えられる奴はいないか!?」
「隊長ッ!もう誰もいません!」
「なにッ!誰もいないだと!」
現在、解答権のある暴徒はゼロ人。それはすなわち、彼らがすべての暴徒を排除したことを意味する。
やったのだ。わたくしたちはついに。これでオーストリアに行ける……!
――そう思ったのは、まだツメが甘かったかもしれない。
「……まだだ。まだ、おれがいる!」
暴徒がひとり、たったひとりだけ、生き残っていた。
「おう!それでこそ張り合いがあるってもんだ!だったらいくぞ!第10問!」
「望むところだ!」
「元ボディビルダーという経歴を持つ、『コマンドー』などの映画に主演した筋肉自慢の俳優は誰?」
暴徒は、ふらふらになりながら(一体、このクイズのどこにふらふらになる要素があるのかわからないが)必死になって答えた。
「……アーノルド・シュワルツネッガーだ」
「ファイナルアンサー?」
「ファ、ファイナルアンサー……」
でろでろでろ。またこの効果音。ちゃらら〜ん。「残念!」
「ば、馬鹿な!どう考えてもシュワルツネッガーだろ!それしかありえない!」
暴徒は慌てて弁解をはじめたが、男は、それさえもお見通し、と言うようにほくそ笑んだ。
「惜しかったな。正解は、アーノルド・シュワルツェネッガーだ。シュワルツネッガー、ではない、シュワルツェネッガー、だ!!馬鹿者!!!」
暴徒は、思いきり正面からぶん殴られ、それから、周囲のマッチョたちにボコボコにされて命を落とした。
「『コマンドー』のほかにも、『ターミネーター』『プレデター』などの代表作を持つアーノルドだが、俳優になる前は、ボディビルダーとして活動していたんだ。世界最高峰とされるボディビルの大会『ミスター・オリンピア』で6連覇を達成したこともある。すべてのトレーニーにとって憧れの存在、まさしく神!!そんな神の名前を間違えるなど言語道断!!逝ってよし!!!」
さっきから何を言っているんだ、こいつは。
「あ。シュワちゃんのこと、アーノルドって呼ぶ奴いるんだ……」
陛下も何を言っているの?まったく意味がわからないよ?
とにかく、暴徒たちは倒した。
あとはオーストリアに向かうだけだ。
第1話の雰囲気とは一転、第2話からいきなりふざけてしまってすいません^^;
しかも長いっ!
すいません。もう少し続きます。
参考:
【10問でマスター vol.33】みんなで筋肉Q (QuizKnock)
https://web.quizknock.com/10mas-kinniku
全15問!筋トレ1年生のための「トレーニング超基礎テスト」 (Tarzan)
https://tarzanweb.jp/post-250646
筋肉クイズ (WorKintore)
https://workintore.site/category/interesting/quiz/




