表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

悲劇の王妃(1)

 1789年のフランス革命が起きてから、すべては変わってしまった。

『アンシャン・レジーム』と呼ばれるピラミッド型の階級社会のなかで、もっとも低い身分にいた大多数の国民、つまりは農民たちが、自由と平等を掲げて暴動を起こしたのである。

 その後、国民のあいだでも激しい対立が起き、もう、フランスは国王ひとりの手に負えないほどにっちもさっちもいかなくなっていた。

 国王だって王妃だって、ひとりの人間なのだ。行き詰まって、どうしようもなくなったら、逃げ出したいと思うのは自然な流れではないだろうか。


 わたくしたち一家は、わたくしの実家――オーストリアのハプスブルク家を頼って、フランスを逃亡することを決意した。


 王妃マリー・アントワネット。それがわたくしの名前である。


 結果として逃亡は失敗に終わり、わたくしたちは、揃ってパリへ連れ戻されてしまったのだけれど。

 夫、ルイ16世は処刑された。

 そして、その数ヶ月後……王妃であるわたくしも、とうとうギロチンにかけられ、国民たちの目の前で処刑されることになった。

 1793年10月16日。わたくしは37歳の若さでこの世を去ったのだ。



 オーストリアの皇女として生まれ、15歳でフランスに嫁いだわたくし。

 夫との仲も極めて良好だった……と思う。

 それなりに幸せだったけれど、もし、ひとつだけやり直せるとしたら……あのとき逃亡に成功していたら、どうなっていたかしら。

 フランスを捨てた王妃だと嘲笑あざわらわれてもいい。

 ただ、わたくしは、ひとりの女性として、夫と、愛する子どもたちと、平穏に生きてみたかった。


 もしも『あの日』に戻れたら。


 わたくしは……。



 **


 気付いたときには、わたくしたちがパリから逃亡を図った『ヴァレンヌ事件』の直前に戻されていた。

 忘れもしない。1791年6月20日。

 わたくしの大切な友人、フェルゼン伯爵(世間では『愛人』だなんて言われているみたいですけど、決して、やましい関係ではございませんのよ)が周到に準備してくれたおかげで、ようやく出発できた。日付が変わる頃、こっそり馬車を出して宮殿を抜け出したのだ。

 御者の役はフェルゼンその人である。子どもたちの教育係を貴族の夫人へと変装させ、その子どもとして王子ルイ・シャルル、王女マリー・テレーズを付き添わせた。旅行介添人(かいぞえにん)には王妹のエリザベート。国王は従僕の扮装を、わたくしは侍女の恰好をして、脱出を試みた。

 結果として、それは失敗に終わったのだけれど。

「ですから、王妃さまのおっしゃるあの馬車では、馬力ばりきが弱すぎます。オーストリアに着くまでに時間もかかるでしょうし、衛兵に見つかる確率もより高くなるでしょう。わたくしはもっと馬力のある馬車を勧めたのですが」

 フェルゼンはまた細かいことを言う。確率がなんだと言うの。たかが数パーセントの確率の違いで、馬車を変えるなんてバカげているわ。

「でも、わたくし、あの馬車は嫌いなの。揺れるんですもの」

「ですが……」

「とにかく却下。馬車はあのままで行くわ。もちろんあなたが操縦してね」

「わかりました」

 続いて、フェルゼンは、目眩ましのために、国王と王妃は別々に行動したほうが良い、と言った。とんでもない!わたくしたち家族の平穏のために逃亡を図るのよ。わたくしとルイ、そして子どもたちは何があっても一緒だ。それだけは譲れない。

「……わかりました」

「ほかにはないの?もっとこう、手っ取り早くて、わたくしたち家族の幸せも犠牲にしない、そんな方法は?」

 しびれを切らしてそう訊くと、フェルゼンは、少し迷ったような素振りも見せたが、やがて覚悟を決めて話し始めた。

「これは、奥の手として、できれば最後まで取っておきたかったのですが……」

「なんなの。それは?」

 フェルゼンの用意していた『奥の手』。

 それは裏ルートでしか取引のできない特別な護衛で、どんな敵をも倒してしまう、凄腕の用心棒がいる、という話だった。

「すごいじゃないの。どうしてそんなすごい用心棒の話を黙っていたの!」

「それが……彼らは、腕は確かなのですが、なんというか、その……かなり『危険』な奴らでして……」

「危険?どう危険だと言うの?」

 フェルゼンの話では、彼らはかなり血の気が多く、下手をすれば国王や王妃ですらぶん殴ってしまうかもしれない、という。わたくしたちは護衛の対象のはずでは?護衛に回るはずが、護衛対象をぶん殴るとは意味がわからない。

「ですから、本当はあまりおすすめしたくなかったのです。意味がわかりませんよね?わたくしも意味がわかりません。とにかく奴らは血の気の多いゴリラなんです。力だけは強いが、まともに話の通じる相手じゃない。正直に言えば普通の護衛を雇ったほうが安心で安全です。そうです、普通の護衛にしましょう」

 血の気の多いゴリラ――ね。いいじゃない。気に入ったわ。

「いいえ、ここは奥の手を使いましょう。構わないわ。それに、わたくし、こう見えて猛獣の扱いには慣れていてよ」

 計画は定まった。

 今度こそ、確実に逃亡を成功させてみせるわ。

参考:


宝塚歌劇 上演作品より

『ベルサイユのばら-フェルゼン編-』

『ベルサイユのばら-フェルゼンとマリー・アントワネット編-』

『1789-バスティーユの恋人たち-』

『ルパン三世-王妃の首飾りを追え!-』


NHK高校講座

https://www.nhk.or.jp/kokokoza/?lib=on

 →世界史 第24回「アメリカ独立とフランス革命」(2024年度放送)


世界史の窓

https://www.y-history.net/appendix/appendix-list.html


検閲だらけのマリー・アントワネットの手紙、初めて解読 何が書かれていたのか (G LOBE+)

https://globe.asahi.com/article/14468500

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ