part1
皇紀2685年(西暦2024年)、日本国・福岡第二ダンジョン『夕雲』内。
巨大な広場となったダンジョン内の空間で、これまた巨大な蛇のモンスターと戦う4人の男女がいた。
世界大戦後の西暦1920年代、突如として世界中に現れたダンジョン。日本やアメリカなど、世界大戦に於いて大した被害を受けなかった国はともかく、激戦地となったヨーロッパ諸国では大混乱が発生した。特にドイツが酷く、敗戦によって背負わされた莫大な賠償金や破壊し尽くされた国内に加え、ダンジョンの出現である。ダンジョンを放置すると中からモンスターたちが溢れ出し、甚大な被害が発生することが判明した後には、世界中が対処に追われ、国同士で戦争をする余裕など無かったため、ドイツでナチ党が台頭することがなく第二次世界大戦は発生しなかったり、当時のソ連のシベリアに出現した多数のダンジョンに対処するため、各国から義勇軍を募った「シベリア出兵」が行われたりしたのだが、それはまた別のお話。
そしてダンジョン出現から100年以上が経過した今、ダンジョンは金稼ぎの場となっていた。正確には、ダンジョン内に出現するモンスターの魔結晶である。元々は装飾品としての価値しか無かった魔結晶だが、魔結晶からエネルギーを抽出する技術が確立すると、化石燃料に代わり、また原子力よりも安全なエネルギー源として使用されるようになる。この際、魔結晶の入手にはモンスターの討伐が必要になるため、ダンジョンに潜りモンスターを狩る人々は、いつしか「探索者」と呼ばれるようになっていた。そしてそれら探索者を束ね、ダンジョン資源やダンジョンの難易度の設定を行う役目を持つ公的機関として、「迷宮省」が発足、今も設置されている。(当時はダンジョンではなく迷宮と呼ばれており、ダンジョンという呼称に変わったのは国内の動乱が落ち着き海外諸国とやり取りができる程度にまで回復した1940年代中盤からである)
そしてこの場所である福岡第二ダンジョンとは、世界中に存在するダンジョンの1つ。その等級は国ごとに異なるが、日本国内では上から第一・第二と続き、下は第六までである。等級の基準は規模と難易度に沿って決められており、ダンジョンやファンタジーの代名詞たるゴブリンは第四・五ダンジョンに、これまた代名詞たるスライムは第六、そしてオークなどの強力な個体が闊歩するダンジョンが第三以上となっている。
また、国内に無数に存在するダンジョンの区別のため、固有の名称が付けられている。
つまり、このダンジョンは「福岡」が所在地を表し、「第二ダンジョン」がその難易度を。そして『夕雲』はこのダンジョンの固有名となっているのだ。
「ウォッシャラァ〜ィ!」
『GiiSHAaaaa!!!』
筋肉隆々で頭にバンダナを巻いた大男が、その身長よりも大きなハンマーを振り下ろす。相当な硬さを誇る大蛇の鱗が見事にひしゃげ、悲鳴が上がる。
「今だ、澪っ!」
「分かってるって、の!」
白を基調とした和服に身を包む、青の混じった黒髪少女が生じた隙を逃さず吶喊、得物の刀で大蛇の尾を両断する。これにより、大蛇は尻尾によるなぎ払いなどの攻撃能力を失った。
『GiSHAaaaaaaaa!!!!』
痛みに耐えかねた大蛇が目に付いた者を噛み砕かんと顎を広げ──。
「凍りつけ、『アイスバレット』」
白髪の杖を持った少女の放った魔法により、顎を閉じることが不可能となった。さらに、口内に放たれた魔法は大蛇を内部から凍結させ、全身の動きを止めた。
「おっしゃあ、勇呀、決めちまえ!」
「ここまでお膳立てしてあげたんだから、外したら承知しないから!」
「外したら縁切る」
勇呀と呼ばれたその男は、
(おお、うちの女性陣がこわいこわい)
と内心怯えながら──トリガーを引いた。
その銃口から放たれた弾丸は真っ直ぐに大蛇の頭へと向かい・・・頭部を貫通した。
その瞬間、大蛇は弾け飛び、飛び散った肉片はダンジョンに吸収され・・・巨大な真紅の魔結晶が残った。
魔結晶のランクとしては、大きさもさることながら色も関係している。最低ランクは無色透明であり、次いで白、黄色、青、紫、そして赤である。その中でも濁りの無いものは特に品質が良く、よりエネルギーが取り出せるのだとか。
「っふぅ〜!」
「よくやったぜ、勇呀!」
「痛い痛い、博痛いって!」
「ガハハ、悪い悪い」
バシバシと背中を叩く博。男性としては華奢な勇呀には堪えるパワーであった。
「お疲れ、勇呀」
「おつかれさま」
「うん、澪も梓もおつかれ。流石に縁切るって言われた時は冷や汗がでたよ」
「寂しんぼの勇呀にはああいうのが効くと思って」
「うん、めっちゃ効いた。だからもうやめて?」
うちの女性陣は強かだな、と思う勇呀であった。
彼ら4人、勇呀・博・澪・梓で構成されたパーティはその名を「疾風迅雷」という。
彼らは幼馴染みであり、それぞれの癖や戦い方はお互いに熟知している。そんな彼らは若くして頭角を現し、第二ダンジョンの最年少踏破をたった今成し遂げたのである。
「うし、休憩も済んだし帰ろうぜ」
「そうね。この魔結晶、売ったらいくらになるのかしら」
「六桁は超えて欲しいところ」
「この大きさでこの色で、おまけに濁りがほとんど無いから高くなってくれると思うけどなぁ」
偉業を成し遂げたにも関わらず、事も無げに談笑しながらいそいそと帰る4人。彼らは自分たちのやりたいことをやっているだけで、偉業だなんだというのは外野が勝手に持て囃しているだけだという認識なので、帰りの脳内はどのように報告するかよりも拾った魔結晶の総額がいくらになるかという現金なものだった。
かくして、彼らの帰還の報はダンジョン入り口に屯していた野次馬らによってすぐさま広められ、迷宮省福岡支部に到着する頃にはちょっとした騒ぎになっていた。
ガヤガヤと騒ぐ観衆を抑え、時には押し退け窓口まで到着した4人。
「ただいま、帰りましたよっと!」
「ふふ、皆さんお疲れ様です。そして、無事に帰ってきてくれてありがとう」
「まあ、生命力だけは高いので。それより藤野さん、換金お願いします」
「謙虚ねぇ。若いんだからもっとこう、天狗になってもいいのに」
「天狗になったら奴から死んでいくって言ったの藤野さんじゃないですか」
「そんなこともあったわね。それじゃ、魔結晶をちょうだい。どうせまたすごい量持って帰ってきたんでしょう?」
「いやいや、そんなことないですよ、ほい」
ドシィンッ!
マジックボックス内に収納してあった魔結晶袋を取り出すと、どう考えても軽い訳が無い音が響く。
ちなみにマジックボックスとは、上位寄りの中位魔法で、梓が使える。
「ほら、そんなことないわけなかったじゃない」
「・・・てへっ」
「もう、梓ちゃんもお茶目になったんだから。この量だとけっこう時間かかるから、ご飯でも食べて待ってて」
併設された食堂で食事をとる4人。頼んだものはそれぞれ、勇呀がごぼう天うどん、博が豚骨ラーメン、澪が天ぷら定食、梓が唐揚げ定食という、なんとも地元民なものだった。
「モグモグ・・・それで、この後どうする?またどっか潜るか?」
「ムグムグ・・・ゴクン。それなんだけど、流石に疲れたし、少し休みにしない?」
「賛成。私も魔力ポーションの補充しないとだし」
「なんだお前ら、体力ねえな・・・と言いたいところだが、流石の俺も体力がやべえ」
「流石に第二ダンジョンぶっ続けの攻略は無理があったかなぁ」
「そうだ、みんなで温泉行かない?別府とか、霧島とか」
「お、いいなそれ。温泉浸かってゆっくりするか」
「アリ。温泉地なら良いポーションも売ってそう。勇呀は?」
「ん、僕はみんなが行きたいとこに着いてくぞ?てか、1人で居るのとか無理だし」
「全く、寂しんぼ通り越して大型犬みたいね」
「でも勇呀はそんなに露骨に甘えてこない」
「そうだな。性格的には猫って感じか?」
「見た目も華奢だし、犬っぽい猫ね」
「失礼だにゃあ」
「キッツ・・・くないのズルいだろ、ホント」
食事中でも変わらない4人。勇呀が華奢と言われるのは、彼がいわゆる男の娘であることが関係している。一言で男の娘と言っても、彼の場合は性格が女の子な訳でも、恋愛対象が男な訳でも、女装が好きな訳でもない。ただ顔つきが中性的で、平均的な男性よりも華奢な体つき(細いが筋肉が詰まっていて、見た目の割に力は強い)で、長髪で後ろ髪を1束に纏め、下ろした髪型が好きなだけである。
「やあやあ、少年少女たち。やってくれたみたいじゃないか」
「あ、御門さん」
勇呀の頭にのしかかり話しかける、金髪碧眼の耳の長いエルフの女性。その際、ムニュンっと何やら柔らかな感触がしたが、勇呀は気にしないように努めた。
御門と呼ばれたそのエルフは、見た目こそ勇呀たちとさほど変わらないが、実年齢は2○○歳(検閲済)であり、4人がまだ駆け出しの頃から何かと気にかけている先輩である。
1920年代に出現したのはダンジョンだけではない。世界各地の人の住んでいなかった地(当時の段階)に、エルフなどの亜人や獣人が現れたのだ。彼らの登場は新たな争いの種になる・・・かと思いきや、当時はそんな余裕もなく、種族間戦争をしている暇など無かった。また、彼らもダンジョンに悩まされているという共通点があったため、特に日本では早くから交流や共闘がなされるようになり、今では完全に社会に溶け込んでいる。(一方、白人主義たるヨーロッパやアメリカでは人間側が一方的に攻勢をかけ、争っている間にダンジョンからモンスターが溢れ双方に甚大な被害が発生した事件もあり、協調路線に舵を切るのは1960年代まで待たなければならなかった)
人間と亜人・獣人との間の壁がほぼ無くなっている現代においては、御門のように人間社会の中で生活している者も多く、そんな者の為に日本式の戸籍変更サービスなども存在しており、日本語名を持つ者も多い。
「全く、君たちと出会ったのがつい昨日のことのように感じるというのに、もう私の手の届かないところに行ってしまうとはね」
「そんなことないですって。御門さんのおかげでここまで来れたんですから」
「はて?私はそんなに感謝されるようなことをしたつもりはないんだけどね」
「何言ってんすか。当時大盾でゴリ押そうとしてた俺にスピードを磨けって言ったのは誰でしたっけ?」
「ハハ、そんなこともあったっけかね。それにほら、今となっては君たちを慕う者までいるんだ。そら来たぞ」
5人のもとにやって来る1組の男女。
「先輩方、おめでとうございます!」
「流石です、先輩方!」
「おう、ありがとな御神楽」
「八坂ちゃんもありがとう」
4人を先輩と呼ぶのは、男の方が「御神楽繁樹」、そして女の方が「八坂光莉」。2人とも、勇呀たちには届かないまでも、かなりの実力者である。
「あ〜、早く先輩達と並んで戦いたいぜ!」
「そんなこと言ったって、私たちパーティ組むのに人数足りてないじゃない」
パーティを組むのには4人が必要だが、彼らはまだ2人である。
「分かってるって。流石の俺も2人でダンジョン潜るとかは言わないさ」
「あんたの場合平気で言いそうなのが怖いのよ・・・」
痴話喧嘩が始まったのを暖かい目で見守る5人。そこに、
『疾風迅雷の皆さん、応接間までお願いします』
という事務連絡のアナウンスがあり、4人は他の面子と別れ応接間へ。待っていたのは藤野と、福岡支部長である稗田だった。
「おお、来てくれたか。まずはおめでとう。これは支部長としての言葉だ。そして、無事に帰ってきてくれてありがとう。これは稗田個人としての感謝だ」
稗田はその立場上、特定のパーティを優遇することが出来ないのでこのように面倒な言い回しを使う。
「さて、まずは魔結晶の金額からだな。いやはや、儂も長年魔結晶に関わっているが、あれほど澄んだ魔結晶を見たのは久々だ。全部合わせて、340万といったところか。振り込みはいつもの口座でいいかな?」
「はい、構いません。・・・澪、落ち着いて」
「・・・はっ、失礼しました」
「はは、良い良い。むしろ金銭感覚がおかしくなっていないことが分かって安心さ。それで、勿論ただこの話をするためだけに呼んだ訳ではないことは分かっているだろう?」
瞬間、空気がピリッと張る。
「乙級パーティ、『疾風迅雷』。結野勇呀、西宮博、上村澪、宮田梓。貴殿らの功績を評価し、甲級パーティ及び探索者に格上げする」
稗田の口から語られたそれは、よく言えば昇進、悪く言えば新たな責任の発生だった。
現在の日本におけるパーティの格は、したらか戊級・丁級・丙級・乙級・甲級と区分されている。戊級は探索者なりたてのルーキーたちが、丁級には慣れてはいるがまだ危ない橋を渡らせられない程度、丙級は1人前、乙級は実力者が、そして甲級は乙級の中でも特に強いパーティや探索者が選出される。御門や御神楽・八坂たちは丙級探索者であり、勇呀たちの実力が伺える。
「!ありがとうございます」
「まあ、甲級になったからと言っていきなり第一ダンジョンを攻略せよとは言わんさ。ただ、有事の際に真っ先に招集がかかるがな」
「それはもちろん。もしもの時に誰かが戦えないと、守れるものも守れませんから」
「うむ、その通りだ。しかし、その正義に呑まれてはならんぞ。誰かを守る事は大事だが、自分自身を大切にな」
「はは、気をつけます」
しかし、後にその教えが守られることはなかった。
「さて!集まって貰ってやることは以上だ。これからの健闘を祈る。そして、全員の無事もな」
「了解です」
その後、数日の休息の後に4人は別府へと温泉旅行に向かう。久しぶりの旅行にウキウキしていた4人だが、その平穏が破られることになるとは、今は誰も知る由もない──。
数ヶ月の修行(色んな小説を読んだりしての世界づくり・文章力の養成)を経て、復活致しました。これからもモチベの続く限り書き続け、モチベが消滅したらまた音沙汰もなくなるかもしれませんが、なが〜くお付き合い頂けたらと思いますm(_ _)m